1.浜辺の宴
「美世ちゃ〜ん、もう一杯! おかわりっ!」
「はいはいはーい。只今、お持ち致しますね〜」
閑散とした砂浜。夜の海辺。一人佇むと、昼間の賑やかなオジサンたちの声を思い出す。
「はぁ~。日曜日だってのに駆り出されて、嫌んなっちゃう。もう夜やんか」
月明かりの空が綺麗だ。サンダルを脱ぐと、少しヒンヤリとした砂の感覚が足の裏に伝わる。波の音が静かに心地よく耳もとに響く。
(ザザーン……ザザーン)
海辺の民宿旅館。それが、私の実家だ。
部活行ったり、遊びに行ったり……。学校で友だちやクラスメイトの話が聞こえるたび、羨ましく思う。夏場は忙しいし、シーズンオフでも法事やら婚礼関係の宴会とかで、特に日曜は今月も予約で一杯だ。
「ありがたや〜、ありがたや。盛況、盛況。良いことだけど、娘の私の青春は何処へやら。新学期だし? 来週にはテスト始まるし? 彼氏も居ないし? 進路、進路って……。ハァ。旅館の跡取り娘……もう決まってるやんか」
春の夜風が吹く。少し冷たいような温かいような。スカートの裾が擦れて、素肌に触れる。
後ろ髪引かれる想い──、未練が残るだなんて今更。背中の長い髪が揺れてる。
「はぁ……。あと、一年。皆、離れ離れになっちゃうよな。地元居残り組が確定なのは私だけ。皆、何処へ行っちゃうんだろう。実家を継ぐだなんて重すぎるよ……。呪い? 因縁? 家系的な? 私の夢は? 目標は? うぅ……もぅ! いい加減、受け入れなアカンのんかな……」
一人娘の私には荷が重い。親の顔見てると、どうしても察してしまう。俯いても涙なんて出ない。出るのは溜め息だけ。ずっと、ずっと……この目の前に広がる海と砂浜と、一緒にいるのかな。
(ザザーン……ザザーン)
「海って広いよね。あぁ、私も何処かへ行ってみたいな。行ってみたいな他所の国……なんて。私は此処に居るよ?……なんて。地縛霊みたいじゃない? あぁ、誰か私を幸せにして、成仏させて……て、私、病んでない? ヤバくない? こんな十代って居る? 嘆かわしや、恨めしや……。独り言、多すぎ」
月明かり──。波打ち際を見つめていると、砂浜に波の白い泡が染み込んで黒い跡を残していた。儚い……。けど、綺麗さっぱり私も消えちゃえれば、どんなに楽だろうか。そんなに?──って思われるかも知れないけど。顔を上げると、夜空に真ん丸のお月さまが見えた。
「綺麗……凄く光ってる」
お月さまを見上げた私の頬に、春の夜風が触れた。何かが、くっついたような。そっと触れてみると、その何かが広げた手のひらの上に見えた。
「桜? 花びら……。あぁ、もうそんな時期だっけ」
──岬公園。私が住んでいる地域……瀬戸内海に面した青い海と山の桜の対比が美しい。四月……。そろそろ、岬さくら祭りが始まる頃だ。近くの神社には、同じ学校のアイツの家があって、私の実家の民宿とは目と鼻の先。
(ターン……タターン)
ピアノの音──。聴こえる。大樹が弾いてる。男のくせに、ピアノが上手い。それは小さな頃から。誰が聴いたって惚れちゃうって? 見た目は地味で運動も得意な方じゃないけれど、よく見ればイケメンなんだから。って、何想ってんだろ……私。あぁ、大樹って、そっち系の音楽女子たちにチラホラ噂されてるような。何だかな……。
それにしても、夜の浜辺にお月さまに大樹の弾くピアノって。凄く良い感じだよね。贅沢。幸せ者。一人で聴くのは切ないけれど。
「大樹も何処かへ行っちゃうのかな。音大? 神社の跡取り、どうするんだろ。そう言えば、そんな話……全然、大樹としてなかったっけ。最後に大樹と同じクラスに……なれるのかな」
俯いたまま夜の砂浜を見つめていると、無性に走りたくなった。裸足に砂をつけたまま、ザッザッと湿った浜辺に線を引いた。スタートライン。この場所から駆け出すための。
「ヨーイ、ドン!」
何やってるんだろうか、私。そのままサンダル持って、髪を振り乱して──。誰にも見られたくない姿で、息を切らせて走って走って。それから、グッタリと妙に疲れて……。家の玄関まで辿り着いた。
(ガラガラ……)
「ただいまぁ。誰も居らんの?」
誰も返事しない。それは、そうか。まだ昼間の宴会とかの後片付けとか、何だかんだで忙しいのは分かってたけど。やっぱり、何だかな……。
「ハァ……。寝よ寝よ。お風呂に入って、寝よ」
私は、もちろんお風呂をキャンセルすることなく、パジャマに着替えつつお布団へと潜り込んだ。けれど、髪先にほんのりと潮の香りが残ってる。
「嫌だな……」
そんな風に想いながら、天井からぶら下がる趣きのある古い和式の照明を……カッチカッチと二回、紐を引っ張る。
その晩──、寝付きが凄く悪かった。おまけに、砂浜を全力で走ったせいか足が攣った。けれど、それは、どうやら急激に走ったせいでは無かったらしい。それは、それは──。金縛り?
「ぐっ……身体が重い。お、お布団に沈められる……」
「あ、あの……」
「え?」
何だか、さっき切った照明の影に私を見下ろすように立つ誰かが居た。
「キャーッ!!」
「ワァーッ!!」
共に悲鳴を上げた誰かと私。それが、この世の人じゃないなんて。霊感なんて今まで全く無かった私にとっては、初めての出来事だった。それも、どうやら私と同い年の女の子みたいだったなんて……今は知る由もなかった。




