俺は英雄?
俺は、去ろうとする美女を慌てて追いかけ、引き止めた。
その瞬間――彼女が泣いていることに気づく。
……あれ。
俺、何かしたか?
胸の奥が、ちくりと痛んだ。
女の人を泣かせるなんて、最悪だ。
しかも理由も分からないまま、だ。
彼女を引き止めたことで、俺はようやく確信する。
玄関の扉の先に広がる景色。
どう見ても、現代日本じゃない。
古代ローマみたいな柱が並び、
空には――飛んでいる人間までいる。
ああ、これはもう言い逃れできない。
異世界だ。
なぜ来たのかは分からない。
どうやって来たのかも分からない。
でも、まずは状況確認だ。
俺は彼女を屋敷の食堂へ案内し、
長い机を挟んで向かい合って座った。
……さて。どう聞く?
いきなり核心を突くのはまずい。
彼女はまだ、目元が赤い。
パワハラ、セクハラ、異世界でもアウトだろう。
ここは安全な質問からいこう。
「……お名前は?」
「ミーナ・スコットです」
即答だった。
姿勢も正しい。
……なんだこれ。
完全に面接じゃないか。
「出身は?」
「アルカニア帝国、王都です」
「ご、自分の長所は……?」
「諦めないところと、まっすぐなところだと思います」
――完全に面接だ。
俺が固くなっているのが、自分でも分かる。
ミーナさんも、どこか緊張している。
「あの……」
そう切り出した瞬間、
ミーナさんがすっと手を挙げた。
「質問、よろしいでしょうか」
「も、もちろんです」
「……なぜ、今日は敬語なんですか?」
ぐさっときた。
「……いつもは、違うんですか?」
「……はい」
困惑が、はっきりと顔に出ていた。
そりゃそうだ。
急にキャラ変したら、怖いよな。
まずい。
このままだと完全に怪しまれる。
「あ、じゃあ……その……
ここはどこで、俺は誰ですか?」
――言ってしまった。
ああ、これが噂の「記憶喪失ムーブ」か。
創作でよく見るやつ。
ミーナさんは、黙り込んだ。
白かった顔が、みるみる青白くなる。
……やばい。
これは滑ったとかいうレベルじゃない。
「……これは、何かの試練でしょうか」
「い、いえ、その……記憶の混同が――」
俺の言葉を遮るように、
ミーナさんは机を叩いて立ち上がった。
「まさか……魔力の使いすぎですか!?」
え、魔力?
「バスタル様に何かあっては……!
私は……私は、自分を許せません!」
完全にパニックだ。
「医療魔導師のところへ行きましょう!」
待って。
話がどんどん進んでいく。
でも、これだけは分かった。
・俺の名前は バスタル
・この屋敷の主は 俺
・国は アルカニア帝国
・俺は 英雄
・しかも寡黙で、背中で語るタイプ
……いや、語ってないよね?
これ以上墓穴を掘る前に、
俺は口を閉じることにした。
どうやら俺は――
英雄バスタルとして、異世界で生きていくらしい。




