プライドの戦い?
グラッドと少女の決闘は――すでに始まっていた。
ありえない。
グラッドは心の中で、そうつぶやいた。
気づいた時には、喉元に剣があった。
冷たい刃が、皮膚すれすれで止まっている。
一歩でも動けば、終わりだ。
(……なんだ、今のは)
理解できない。
剣を合わせたはずだった。
一撃。
たった一度、打ち合っただけだ。
それなのに。
気づけば剣は逸らされ、体勢は崩れ、膝をついていた。
そして――首に剣。
少女は、まっすぐな目でグラッドを見下ろしている。
揺らぎが、一切ない。
(俺は……強いはずだ)
アルカニア王都。
武神祭――優勝。
その事実は変わらない。
なのに。
(なんで、こんな……)
汗が、ぽたりと床に落ちた。
最初は、軽く勝つつもりだった。
手加減して、注意してやる。
「気をつけろ」と。
そして、自分の強さを分からせる。
それで終わるはずだった。
――それだけで、よかった。
(……手加減しすぎたか)
グラッドは小さく笑う。
「くくく……なるほどな」
顔を上げ、少女を睨みつけた。
「おい……お前は俺を怒らせた」
一目惚れした女の前で。
無様な姿を晒した。
もう、手加減はできない。
グラッドは、首元の剣を弾いた。
体を起こし、立ち上がる。
「ここからが本番だ……がははは」
少女は、わずかに一歩下がり、構え直す。
だが――
そこに恐れはない。
呼吸も、視線も、何一つ乱れていない。
(……なんだよ、それ)
グラッドは歯を食いしばり、踏み込んだ。
剣を振り上げる。
全力。
躊躇はない。
「さっきまでは遊びだぜ!!」
大剣が、振り下ろされる。
空気が裂ける。
当たれば終わりだ。
骨ごと、砕ける。
――だが。
少女の剣が、わずかに動いた。
触れる。
その瞬間。
力が、抜けた。
(――は?)
弾かれたのではない。
押し返されたのでもない。
ただ、流された。
大剣の軌道が、ほんの僅かに逸れる。
それだけで。
グラッドの体は前に崩れた。
重心が消える。
踏ん張りが効かない。
足が、ついてこない。
視界が揺れる。
次の瞬間――
膝が床に落ちていた。
そして。
再び、首に剣。
まったく同じ形だった。
「……っ」
声が出ない。
(なんだ、これ……)
グラッドの心臓が、嫌な音を立てる。
(この女……)
汗が止まらない。
(めちゃくちゃ、強い)
完全に、格上だ。
それでも――
負けるわけにはいかなかった。
灰狼団副団長としての誇りがある。
(……逃げられるかよ)
女のことは、もう頭にない。
ここからは――自分の問題だ。
プライドの戦いだった。
※
ミーナの圧勝か。
俺は呑気にステーキを切りながら、そう思った。
グラッドのやつ、「本気を出す」とか言っていたが――結果は同じだ。
安心して見ていられる戦いだった。
グラッドには悪いが、ショーとしては上出来だと思う。
周囲の客たちも、いつの間にか食事を再開している。
さっきまでの緊張が嘘みたいだ。
グラッドはミーナに剣を突きつけられ、肩で息をしている。
(俺なら逃げるな)
素人の俺から見ても、差は歴然だった。
さすがにグラッドも理解しているはずだが――
「ぐ……ありえない、ありえない……!」
レストランに響く大声。
(え、まだやる気?)
ミーナは一歩下がり、静かに構え直す。
「あなたが満足するまでやりましょう」
「私は構いませんよ」
(うわぁ……)
ミーナ、容赦ないな。
グラッドのプライドはもうボロボロのはずだ。
グラッドは興奮した様子で叫ぶ。
「俺は……俺はあのライナにも勝った男だ!」
(いや、それは嘘だろ)
「そして武神祭でも優勝した!」
「王都の学園では、あのアビルとワンダにも目をかけられていた!」
「そんな俺が、お前なんかに負けるわけないだろうが!」
ああ……さっき女にしてた自慢、全部大声で言ってる。
顔はトマトみたいに真っ赤だ。
実際、経歴だけ見ればすごいのかもしれないが――
「それは本当ですか?」
ミーナの声が、変わった。
目が細くなる。
剣先がわずかに震え、カタカタと音を立てる。
グラッドが一歩、たじろいだ。
「あ、ああ……本当だ」
「でしたら、証明してください」
ミーナは一切目を逸らさない。
「私の尊敬する方の名を使って、虚言を述べていないと」
「立ってください」
「……え? あ、はい」
グラッドは慌てて立ち上がり、剣を構える。
「いきますよ」
再び対峙する二人。
(……ああ)
分かる。
あれは――本気で怒っている目だ。
グラッドが剣を振り下ろす。
今度は流さない。
ミーナは真正面から受けた。
体格も剣も、明らかにミーナの方が小さい。
――なのに。
吹き飛んだのは、グラッドだった。
床に叩きつけられ、尻もちをつく。
「ワンダ・スコットに目をかけられたんですよね」
ミーナの声は、冷静だった。
「それにしては、魔力操作が甘いですね」
「“纏”ができていません」
「本当に、指導を受けたのですか?」
グラッドは何も言えない。
それでも、ミーナは止まらない。
「騎士団に所属していたのですよね?」
「魔剣士の意味、理解していますか?」
「なぜ剣ではなく、肉体にだけ魔力を纏っているのですか?」
(やめてあげて……)
グラッドのライフはもうゼロだ。
周囲の視線が、完全に変わっている。
さっきまでの“強い男”を見る目じゃない。
疑いと、失望。
ナンパされていた女も、ため息をついてその場を離れていった。
(……うわぁ)
さすがに、ちょっと可哀想だ。
グラッドは頭を下げたまま、動かない。
亀みたいに縮こまっている。
ミーナはしばらく鋭い視線を向けていたが、やがて踵を返した。
そのまま、こちらへ戻ってくる。
レストランの客たちの視線が、一斉にミーナに集まる。
ミーナは何事もなかったかのように椅子に座り――
にこりと笑った。
「美味しそうですね、このステーキ」
「ああ……そうだな」
俺の顔は、少し引きつっていた。
この短時間で、一つだけはっきり分かった。
――ミーナは、怒らせると怖い。
グラッドのおかげで、それがよく理解できた。




