ヒロイン登場?
とある大きな屋敷で働く、金髪で碧い瞳の女性がいた。
名を、ミーナ・スコット。
ミーナは朝の光が差し込む回廊を、いつも通り黙々と掃除していた。
屋敷は広く、柱が多い、無駄に静かだ。
けれどこの場所を、ミーナは嫌いではなかった。
この屋敷に仕える者は、彼女一人。
それは命じられたからではない。
ミーナ自身が、そうしたかったからだ。
理由は単純だった。
――英雄に、憧れていた。
恋ではない。
魔道士として、魔剣士として。
「英雄」という在り方、そのものに。
この屋敷に住む人物は、
英雄の中の英雄。
伝説級魔道士と呼ばれる存在。
バスタル・ヘタリクス。
ミーナはその助手であり、使用人であり、
そして――志願者だった。
英雄の助手は誰でもなれるものではない
英雄を補佐にする値する選りすぐりの
魔道士である必要があった
早朝の仕事を終え、次は一日の中で最も緊張する役目。
バスタルを起こす時間だ。
とん、とん。
扉をノックし、いつもの言葉を口にする。
「失礼します、バスタル様。
おはようございます。今日もいい天気ですね」
扉を開けると、ベッドの上に彼はいた。
「あのー、すいません」
他人行儀な返答が返ってくる
……様子が、おかしい。
ミーナはすぐに気づいた。
英雄は、困った顔などしない。
なのに、今日は視線が定まっていない。
「あの……どうなされたのですか?」
問いかけると、バスタルはなぜか服装を確認し、
ゆっくりとこちらを見た。
そして、静かに言った。
「……ビンタ、お願いします」
一瞬、思考が止まった。
――敬語。
――意味不明な要求。
ミーナの中で、嫌な予感が形を持つ。
(……そう、いうことですか)
ミーナは脳内をフル回転させて
そして、察した
英雄は優しい。
だからこそ、直接言わない。
遠回しな敬語。
遠回しな命令。
これは――解雇の合図。
ミーナは悔して拳を握りしめた。
胸の奥が、ぎゅっと痛む。
それでも、確認はしなければならない。
「あの……私を、クビにしたいんですか」
バスタルは何か言おうとした。
だが、その前に、ミーナは一歩踏み出した。
直接言われると心が壊れてしまう可能性があったからだ
「……そういうこと、ですよね」
英雄を殴れというのは、
最後に怒りをぶつけろということ。
それが、彼なりの優しさだと受け取った。
「分かりました」
ミーナは深く息を吸った。
「力不足で、申し訳ありません」
そして、最後の願いを口にする。
「でしたら……最後の思い出に。
ビンタ、させてください」
魔力は使わない。
けれど、想いだけは込めた。
――いつか、あなたの隣に立てるように。
――私も、英雄になります。
「いきます」
乾いた音が、部屋に響いた。
バスタルの身体が大げさに揺れる。
……きっと、痛がる演技までしてくれたのだろう。
いい思い出になった
なんて、優しい人なのだろう。
ミーナは涙をこらえ、扉の前で立ち止まった。
「今まで、ありがとうございました。
バスタル様」
精一杯、綺麗なお辞儀をする。
それが、未熟な自分にできる、最後の敬意だった。
扉を閉め、廊下を駆け出す。
胸が苦しい。
けれど、後悔はなかった。
(きっと、あれは試練)
英雄になる者に与えられる、試験。
今は分からない。
でも、いつか――
英雄になれたなら。
この人の真意も、理解できるはずだ。
だから私は、前を向く。
英雄の助手として。
英雄を目指す者として。
それが、今の私にできるすべてなのだから。




