労働の始まり?
魔獣の討伐は終わった。
依頼も無事片づいたので、俺はデルの家へ向かって歩いている。もちろん、休むためだ。
退院後はデルの家に住み続けていた。ギルドはこの町にある。わざわざ屋敷に戻るより、デルの家のほうが都合が良かった。
デルの家のすぐそばには、焼け野原が広がっていた。
円形に、半径およそ百メートル。
この街にはあまりにも不釣り合いな光景だ。
「……なんで、こんなことになってるんだか」
もちろん冗談だ。理由は知っている。
というか――元凶は俺だ。
ライナとの戦いのとき、俺は初めて魔法を使った。
この世界では珍しい、詠唱魔法。
円形に火柱が立ち上がり、俺自身を巻き込みながら、すべてを焼き尽くした。
街の一角は跡形もなく消え、結果としてここは焼け野原になった。
今でも脳裏に焼きついている。
俺は敵を倒した英雄であると同時に、自分の魔法の被害者でもあった。
正直、二度と使いたくない。あんな魔法。
唯一の救いは、周囲が空き家ばかりだったことだ。
ライナと俺の戦いは、奇跡的に死者を出さずに終わった。
この焦げた大地を通るたび、俺は無言で眺めてしまう。
そして――ため息が漏れる。
そんな俺の横で、ミーナが感心したように頷いた。
「……さすがです、バスタル様。
バスタル様の魔法は“魔力災害”と呼ばれているらしいですよ」
前にも聞いた台詞だ。確かに俺にとっては災害でしかない。それにしてもよく飽きないもんだ。
ミーナにとってここは“バスタル伝説の地”。
俺にとってはただのトラウマスポットだ。
リオンもこの焦土を見るたび、悔しそうな顔でぶつぶつ何かを呟いている。最近は火柱を作る魔法を練習しているらしい。
時々俺に見せてくるが、納得できないようで何度も付き合わされた。
火柱が上がるたび、背中が微かに震えた。
見るたびに思う。俺は忘れたいし、二度とあんな魔法は使いたくない。
「はぁ……」
またため息が出た。最近、明らかに回数が増えている。
俺がなぜこんなにため息をつくようになったのか。
そしてなぜギルドから依頼を受け始めたのか。
話は――病院を退院した日に遡る。
* * *
ライナとの戦いの怪我が治り、退院の日だった。
正直、退院などしたくなかった。入院生活は快適すぎたのだ。
寝ていれば飯が出てくる。
こんな素晴らしい生活を失いたくないと思った。
だが、今日で終わりだ。
異世界で得られた安らぎは、このベッドとの一週間だけだった。
俺はベッドの縁に手を置き、感謝を込めて呟いた。
「ありがとうな、相棒」
“相棒”と呼んでもいい存在だった。できれば持って帰りたい。
そう思った瞬間、病室の扉が開いた。
ガラララ――
ミーナたちかと思ったが、声が違った。
「……何してる」
女の声。聞いたことのない声だ。
よりによってベッドと会話しているところを見られた。恥ずかしい。しかし内面は隠す。
振り向くと、紫髪のショートヘアに大きな瞳。肩の出たラフな服装。今にもはみ出しそうな胸。
俺の第一印象はこうだった。
――昔ヤンチャしてた女。元レディース。
うん、今すぐ逃げたい。
だが、俺はバスタル。追い払ってみせよう。
「誰だ。病室を間違えてるぞ」
女は無表情で返す。
「……喧嘩を売っているのか、バスタル」
誰?
どうやらバスタルの知り合いらしい。
それにしても英雄バスタルにこの言い草。何者だ。
女はズカズカと歩き、胸が震えた。
俺は視線を悟られないように逸らす。
女は俺の胸ぐらを掴み、顔を近づけてきた。
表情は完全に威圧。なるほど、これがカツアゲというやつか。
金を払ってでも逃げたい気持ちが分かった。手汗が止まらない。
扉の向こうに人影が現れる。金髪の美女――ミーナだ。
(ミーナ様助けて! カツアゲされてます!)
心の中でSOSを連打する。
「なにをしているんですか」
ミーナは状況に困惑したように言う。
(やっちまえ、ミーナ)と心の中で思った。
「オルビナ様」
……様?
女――オルビナはミーナに視線を向けた。
「ああ、ミーナ嬢か。こいつが私に喧嘩を売ってきてな。ライナを倒したあと調子に乗って、私とも戦いたいらしい」
……は?
「ま、まさかバスタル様……英雄狩りを?」
英雄狩り?なにそれ、俺狩られてる側だよ。
俺は一言も言っていないのに、ミーナが勝手に解釈していく。
オルビナはニヤッと笑う。
「面白い。英雄狩り、か。私も引けん。表に出ろ、バスタル」
会話が勝手に膨らんでいく。
俺は怖くて黙っていただけなのに。
というか、この女も七英雄の一人か?
俺はそれを確かめた。
「お前も英雄なのか?」
オルビナの目がカッと見開かれた。
「……お前、私を舐めてるな。下に見たな。上等だ。陰気野郎」
なんでそうなる。
オルビナは俺の胸ぐらを揺らす。
殴られるのではないかと恐怖で汗が垂れた。
ミーナが慌てて止めに入る。
「オルビナ様、抑えてください!
バスタル様も喧嘩を売るのはやめてください!」
オルビナがキレたのはお前のせいだと言ってやりたい。
ミーナが英雄狩りなどという訳のわからないことを言ったからだ。
ミーナはさらに続けた。
「これ以上“英雄の戦い”で被害が出ると、私も借金の面倒を見きれません!」
……ん?
今、聞き捨てならない単語があった。
「借金って言ったか」
「はい。……え? オルビナ様、まだ伝えてなかったんですか?」
オルビナは面倒くさそうに、胸の谷間から紙を取り出した。
「伝える前に喧嘩を売られてな」
紙を受け取る。数字がずらりと並んでいる。読むのは面倒なので、ゼロの多さだけ数える。
一、十、百、千、万、億——
三十億ゼーノ。
「……は?」
オルビナは淡々と説明した。
「ライナとの戦いで焦土になった土地の被害額だ。ギルドが肩代わりしている」
さらに続ける。
「デール家が十億。王都の名家が十八億援助した。残りの二億は、お前が稼げ」
二億。二億。二億。
「はぁーーーーーー!?!?」
叫ばずにはいられなかった。
オルビナは肩をすくめ、笑う。
「お前なら楽勝だろ。借金返済のため、ギルドの依頼を受けてもらう。私の手足としてな」
ミーナも真剣な顔で俺を励ます。
「バスタル様、頑張りましょう!」
こうして俺は——二億の借金を背負った。
とんでもない額のカツアゲだった。
納得いかねぇ。断固抗議――したいが、そんな勇気はない。
街を救った英雄が借金を背負う。
理不尽にもほどがある。あれはライナのせいだ。ライナに請求しろよ。というかライナどこ行った。
こうして俺の労働生活が始まった。
ギルドの依頼を受け、情けない姿を隠しながら生きていく生活が始まった。
いつになれば借金はなくなるのか。
そう考えるだけで引きこもりたくなる。
本音を言えば——
誰かが借金を払ってくれるなら、英雄という名前なんて今すぐ捨ててどこかへ逃げたい。




