伝説級の依頼?
俺は英雄バスタル・ヘタリクス。
伝説級魔道士だ。
ライナというイカれた英雄に勝ち、
ほんの少しだけ自信を得た転生者。
元はただの引きこもり無職だけど。
そんな俺は今、
ギルドから依頼を受け、魔獣討伐の任務をこなしている。
俺に相応しい、伝説級の依頼だ。
――森の中で、目の前に巨大な魔獣が現れていた。
討伐対象だ。
見せてやる。
英雄の力を。
俺の魔法を――
……
…………
そんなわけはなかった。
俺が受けた依頼は、
羊のような魔獣の討伐。
羊毛が高値で売れるらしく、
倒して持ち帰れば報酬が出る。
実に平和で、庶民的な依頼だ。
そして俺は今、
そのパーンに全力で追いかけられている。
身長は二メートルほど。
見た目は可愛い。
もふもふだ。
最初は勝てると思った。
これは余裕だろ、と。
一発、殴った。
拳が――
ぼよん、と弾き返された。
……うん、これ無理だわ。
というわけで、
俺は森の中を全力疾走している。
とりあえず手を振り、足を動かす。
パーンがすごい勢いで追いかけてくる。
誰か、助けてくれ。
アルプスの上の少年とか、どこかにいないだろうか。
……あ、あれヤギか。
羊じゃないな。
そんなことを考えながら逃げる
闇の魔道士っぽい見た目の男が、
もふもふに追い詰められている。
我ながら、
はたから見たら相当シュールだと思う。
――森を抜けた丘に、人影が見えた。
金髪の美女と、
ツンツンした赤髪の少年。
ミーナとリオンだ。
依頼は三人で受けたが、
俺は「一人で行く」と言って森に入った。
もちろん理由がある。
報酬を独り占めしようとしたわけじゃない。
……決して、ない。
二人は丘で俺を待っていたらしい。
(たすけて)
心の中で、全力で叫ぶ。
もちろん、声には出せない。
俺はバスタル。英雄だ。
英雄が、
「でかい羊に勝てません」
なんて言えるわけがない。
リオンが、走ってくる俺に手を振り、
大声で言った。
「師匠! 楽しそうだな!」
……煽ってるよな?
完全に煽ってるよな?
だが、もうすぐだ。
ミーナたちのところまで行けば、
巻き込んで倒してくれるはず。
走れ、英雄。
討伐が終われば、報酬がもらえる。
俺はどうしても金が必要なんだ。
――ミーナたちまで、あと十メートル。
その瞬間。
背後からパーンにぶつかられ、
俺は吹き飛ばされた。
二人の頭上を越え、
地面に叩きつけられる。
「バスタル様っ!」
……パーンがもふもふでよかった。
衝撃はかなり緩和され、ほぼ無傷だ。
なるほど。
……あんまり痛くない。
俺は立ち上がり、つぶやいた。
「……決着、つけるか」
魔獣パーンと戦う覚悟を決める。
今の衝撃で、一つ分かった。
この魔獣、ぶつかっても痛くない。
つまり――
俺でも勝てるかもしれない。
そして倒せば、
報酬を独り占めできる。
「ミーナ……見ておけ。英雄の勇姿を」
参加されると、
俺より先に倒されそうだからだ。
「流石です、バスタル様」
ミーナの目が輝く。
俺はパーンに向かって走り出した。
頭の中では、
かっこいいバスタルが完成していた。
イメージは完璧だ。
――その瞬間。
「ぎゃああああっ!!」
俺とパーンの上に、雷が落ちた。
俺はうつ伏せで倒れ、
パーンは気を失っている。
……焦げた匂いがした。
俺から。
「あ、ごめん師匠。退屈だったからさ」
リオンが悪気なく謝る。
「でも師匠なら大丈夫だよな?」
……殴りたい。
だが喧嘩したら完敗するので我慢する。
ミーナが無表情で近づいてきた。
「バスタル様……」
やばい。
その顔、どっちだ。
「流石です」
「なにが?」
ミーナの目が、完全に輝いている。
「魔法を使わず魔獣と戦い、
それを私たちに見せるため、
囮としてここまで連れてきたのですね」
……解釈がぶっ飛んでいる。
普通に逃げていただけなのに。
「私にはできません。
私なら、すぐ倒してしまいますから」
あ、そう。
なら俺は君に教えられることは何もない。
「でもさ、魔法なしで戦う意味あんの?」
「さぁ……それは英雄にしか分からないのでは」
英雄にしか分からないなら、
俺には一生分からない。
俺は英雄と真逆の存在だ。
魔法を使わずに戦う意味なんて、あるわけがない。
俺はただ、
普通の魔法が使えないだけだ。
……まあいい。
とりあえず、英雄っぽいことを言っておこう。
「無駄なことこそ、英雄への近道だ」
自分でも意味は分からない。
「へぇ、かっこいいねぇ」
「さすがです、バスタル様」
こうして、俺たちは
なんとか依頼を終えた。
今日も上手くいかない。
多分、明日も明後日も。
……はぁ。
英雄から、逃げたい。
だが――
逃げられない理由が、俺にはある。
俺は、金に困っている。




