ライナ
王都へ向かう魔導車の中で、
ライナはアビルに語っていた。
ライナの表情は、どこか哀しげだった。
思いを打ち明けるように、過去を一つひとつ吐き出していく。
それを、アビルは黙って聞いていたが――
やがて、静かに口を開いた。
「……いつになったら、アズールの話が出てくる」
「……あ」
ライナは間の抜けた声を漏らした。
「忘れてた。
自分語りに夢中になってたもんでな」
「お前の話はもういい。
早く、アズールの話をしろ」
相変わらず、冷たい男だ。
ライナは苦笑しながら言った。
「ほんと、変わらないな……」
そう言ってから、
ライナは再び語り始めた。
回想
屋敷は、荒れ放題だった。
割れたガラス。
壊れた棚、扉。
壁には、怒りをぶつけた痕跡が残っている。
アヴァンは、黙って屋敷の中を片付けていた。
何も言わず、ただ淡々と。
ライナは暖炉の前に座り、
炎を見つめる時間が増えていた。
無気力で、
何も考えない時間。
一日中、ただ火を眺めているだけの日も珍しくなかった。
そんなある日――
魔道具の営業だと言って、屋敷を訪ねてきた者がいた。
アヴァンが玄関へ向かい、その人物を迎え入れる。
緑髪で、気品ある佇まいの男。
「ドルジ・アルマと申します」
そう名乗った男は、
暖炉の前で座り込むライナを見つけると、すぐに駆け寄り、
手にしていたケースを開いた。
中に入っていたのは、指輪型の魔道具。
ドルジは、穏やかで優しい声で語りかける。
「この指輪があれば、
どんな願いでも叶えられます」
ライナは、興味を示さなかった。
話を聞く気もなかった。
ドルジは構わず説明を続けたが、
その言葉のほとんどは、ライナの耳を素通りしていく。
――最後の言葉までは。
「……バスタル・ヘタリクスを、
殺したくはないか?」
その瞬間、
ドルジの声は低く、威圧感を帯びたものに変わった。
ライナは、ゆっくりと振り向いた。
(……バスタルを、殺す?)
何のために――
そう思った。
ドルジは、ライナの表情を見て、口角を上げた。
「バスタルは、英雄の“基準”を勝手に作った」
「お前は、その被害者だ」
「おかしいと思わないか?」
「お前は、
勝手に生まれた英雄思想に苦しみ、悩んでいる」
「なのに――
その思想を生み出したバスタルは、
国民に崇められて生きている」
ライナは、ドルジの言葉を聞き入っていた。
すんなりと、胸の奥に入り込んでくる。
――正しい。
そう思えてしまった。
(俺が憧れた英雄は……
バスタルに、汚された)
ドルジは畳みかける。
「ならば、上書きすればいい」
「バスタルを殺し、
お前が“基準”になればいい」
「新たな世界の英雄になりたくはないか」
ライナは、即答した。
「なりたい」
「俺が、本物の英雄になる」
二人は、硬く握手を交わした。
その後、
ライナは屋敷を出た。
「ついてくるな」
そう言ったが、
アヴァンは黙って、後を追ってきた。
ライナはドルジに連れられ、
“仲間”を紹介された。
青い髪。
端正な顔立ち。
冷たい瞳。
腰に剣を携えた男。
「……アズール」
思わず、声が漏れた。
アズール・エレノーラ。
――アビルの弟。
ライナは、もちろん彼を知っていた。
人に興味がなさそうなアビルが、
弟の話になると饒舌になることを思い出す。
「アビルが、お前を探している」
ライナはそう伝えた。
アズールは、表情を変えず、
沈黙のあと、たった一言だけ返した。
「興味がない」
その言葉に、
ライナは激しい怒りを覚えた。
アビルが、
どれほどアズールを大切に思っているか、
昔から知っていたからだ。
それなのに――
本人は、それを一言で切り捨てた。
気づけば、
ライナの身体から魔力が溢れていた。
右手に、剣を創造する。
「……お前は、
家族を何だと思っている」
「……無意味な存在だ」
その瞬間、
ライナの中で、何かが切れる音がした。
ライナは、アズールに襲いかかった。
アズールも、静かに剣を抜く。
刃と刃がぶつかり合い、
甲高い音と衝撃が走る。
剣が交差するたび、
二人の魔力は高まっていった。
何度も繰り返される攻防戦。
地面が揺れる。
それを、ドルジは黙って見ていた。
「おおおおっ!」
雄叫びを上げ、
ライナは剣を振るう。
だが、アズールはすべてを受け流す。
剣術では勝負がつかないと悟り、
ライナは距離を取った。
地面に片手をつく。
大量の魔力が流れ込み、
巨大な三叉槍が地面から創造された。
槍は、アズールの身体を貫いた。
――だが、血は流れない。
身体は水のように崩れ、
透明な水たまりが地面に広がった。
次の瞬間。
ライナの首元に、冷たい鉄の感触。
背後に立つアズールが、
剣を突きつけていた。
「そこまでだ、アズール」
ドルジの声が響く。
アズールは剣を腰に戻し、
静かに言った。
「兄に興味はない」
「俺が興味があるのは――剣の道だ」
「イクスを超え、最強になることだ」
その表情は、
何かに取り憑かれたようだった。
※
ライナの話を聞いても、
アビルの表情は変わらなかった。
何を考えているのか、分からない。
ライナの話は、その後も続いた。
アズールたちと共に貴族の屋敷を襲い、
その過程で、デール家にバスタルが護衛として入ったと知る。
運が良かったのは、
デール家の両親が亡くなった直後で、
息子が当主になったばかりだったことだ。
脅すのは、容易だった。
そして――
バスタルとの戦いに至った。
ライナは、その経緯をすべて語った。
隠すことなく。
「アビル。はっきり言うが、
アズールはお前に興味がない」
「お前を――」
言いかけたところで、
アビルが遮る。
「だから、どうした」
「どうあっても、家族の縁は切れない」
「俺は、アズールを連れ戻す」
それ以上、ライナは言わなかった。
アビルには、相応の覚悟がある。
そう感じたからだ。
やがて――
魔導車が目的地に到着し、ブレーキ音が響く。
「ライナ。降りろ」
「ああ……そうだな」
悟ったような笑顔を浮かべ、
ライナは立ち上がった。
セシル、アビル、ライナの順で魔導車を降りる。
外には、多くの兵士が待ち構えていた。
棒を使い、ライナを取り押さえる。
本来なら、簡単に振りほどける。
だが、ライナは抵抗しなかった。
黙って、手錠をはめられる。
一人の兵士がアビルに敬礼する。
アビルは兵士を見ず、
手錠をつながれたライナだけを見ていた。
ライナは、そんなアビルを見て、笑う。
「アビル。
ワンダの妹――ミーナは、覚えているか」
「ああ」
「強くなってた。それと
……謝っといてくれ」
「自分でやれ」
「無理言うなよ」
ライナは、悲しそうな笑顔で言った。
「アビル。
俺は先に、ワンダのところへ行く」
「また会えたら……
次は酒でも奢ってくれ」
「ははは」
アビルは、何も言わず俯いた。
ライナの作ったような満面の笑みを、
見ることはなかった。
「……あと、バスタルに――
いや、いいか」
「じゃあな、アビル」
アビルは、俯いたまま答えない。
ライナが背を向けた、その瞬間――
アビルの目から、
一筋の涙がこぼれ落ちた。
ライナは兵士に連れて行かれる。
歩きながら、
最後に伝えるべきだったことを思い出していた。
ドルジの背後にいる“超大物”。
七怪と呼ばれる、世界最強の七人。
その一人――
ノヴァ・アダムスが、
バスタルを狙っていること。
伝えるべきだったかもしれない。
だが、アビルの顔を見て、ライナは話すのをやめた
それにバスタルは
――俺を救った本物の英雄だから。
心配いらないだろ。
ライナは、そう独り言をつぶやいた。
バスタルと戦闘後、会話したことで
英雄に対してのわだかまりは消えていた




