英雄の権利
あれ……なにここ。
高級ホテル?
……いや、病室だ。
デジャブかと思った。
なんで俺、病室にいるんだっけ。
確か――ライナとかいう頭のおかしなやつに襲われた、気がする。
ゆっくり視線を巡らせて、気づく。
自分の身体が、包帯とギプスでぐるぐる巻きだ。
ミイラ人間状態。しかも、まったく動かない。
「……ん?」
誰かいる。
少し起き上がって前を見ると、白い髪の女性の後ろ姿が目に入った。
……美女だ。たぶん。
転生した時も、最初に美女が現れたんだよな。
あの時はミーナで、夢だと思ってビンタ頼んだっけ。
その隣には青髪の男。
軍服姿で、腰に剣を二本携えている。
二人とも、俺の向かいのベッドを見ていた。
相部屋か。お見舞いだな。
じゃあ、前の病人にも挨拶しとくか。
そう思って前のベッドを見る。
俺と同じく、包帯ぐるぐるのミイラ男。
可哀想に。誰にやられたんだろう。
俺は頭のおかしいやつにやられたけどな。
ミイラ仲間だ。すぐ友達になれそう。
金髪で、体格がいい。
……。
……ライナじゃん。
ライナは上半身を起こし、俺を睨むように見ていた。
その瞬間、全部思い出した。
炎。焼かれる感覚。
豚の丸焼きの気持ちが、ちょっと分かった。
体が震える。
――いや、それどころじゃない。
なんでライナと相部屋なんだよ!
俺、こいつと殺し合ったんだけど!?
この世界、頭おかしいのか?
しかも、さっきの二人は誰だ。
ライナの仲間……?
……やばい。
俺、負けた?
軟禁状態?
今から殺される?
考え始めた瞬間、汗が止まらなくなった。
「……アビル、そろそろ行くか」
ライナが青髪の男に言った。
アビル。名前が分かった。
聞いたことがある気がする。
そう考えていると、白髪の女性が振り返った。
――やっぱり、めちゃくちゃ美人だった。
ミーナより上かもしれない。
転生前なら、どんな職業でも
「美人すぎる〇〇」って付けられるやつだ。
……ずっと俺を見てないか?
冷たい目。うつろで、感情がない。
白髪の女性は何かを小さく呟いて、視線を落とした。
え?
その瞬間――
バリン!
窓ガラスが割れる音。
俺の目の前を、回転する大鎌が通過した。
「うわっ!」
反射的に仰け反り、ベッドに倒れる。
鎌は旋回し、俺の頭の上を通り過ぎた。
……今の、倒れてなかったら死んでたよな?
割れた窓から赤髪の男が飛び込んでくる。
戻ってきた大鎌を手に収めた。
頬に鎌の入れ墨。
死神……?
「ライナさん……俺は、あんたを救う」
魔道具店で見た、あの赤髪だ。
ライナの顔が、驚きと焦りに歪む。
「……なんで来た、アヴァン」
状況が、まったく分からない。
アビルが静かに剣を抜いた。
白髪の美女は、アビルの後ろに下がる。
「ライナ。このガキは斬る。
暴れない条件だったはずだ」
冷たく鋭い言葉が、ライナへ突き刺さった。
その前に、ちょっと待ってくれ。
……戦うなら、ちゃんと俺も守ってくれよ。
ここ病室だぞ。
俺とライナのベッドを挟んで、アヴァンがアビルを睨む。
アビルの表情は変わらない。
「うおおお!」
アヴァンが雄叫びを上げ、突撃。
大鎌が床を削り、高い音を立てる。
――だが。
鎌はアビルの顔の前で止まり、突風が吹いて弾かれた。
次の瞬間、アビルが一歩踏み出し、剣を突き刺した。
「がっ……!」
アビルが剣を引き抜く。
アヴァンが膝をつき、血が床に落ちた。
「やめろ、アビル!」
ライナが叫び、吐血する。
ベッドから転げ落ち、這いながら前に出た。
「頼む……俺が巻き込んだ……!
アヴァンは関係ねぇ!」
――土下座だった。
アビルが、静かに言う。
「……情けないな、ライナ」
その声は、どこか悲しそうだった。
……人は立場で変わる。
俺が戦ったライナは鬼だった。
だが今のライナは、か弱い人間だった。
アヴァンの首に、アビルの剣の刃がかけられる。
「……命、軽いなぁ」
気づいたら、口から漏れていた。
アビルが俺を見る。
「どういう意味だ」
……あ。すいません、つい。
でも――引っ込められなかった。
死ななくていい命なら、助かるべきだと思う。
「命は……重い」
怖くて、それ以上は言えなかった。
「自分の立場が分かっているのか。
英雄の中の英雄。それが答えでいいんだな」
……立場? 英雄? 関係あんのか。
命が重いって当たり前だろ。
なんでそんな簡単なことが分からない。
腹が立った。
「それが答えだが……なんだ」
今までで一番、バスタル力を出して凄んだ。
アビルと睨み合う。
内心ビビりながら、目だけは逸らさない。
「ふっ……直せ」
アビルが白髪の美女に命じる。
彼女がアヴァンに触れると、傷がみるみる塞がっていった。
……そんな簡単に治るのか。
それ俺にもやってほしい。
「行くぞ、ライナ」
「……頼む。少しだけ話す時間をくれ」
アビルは一度ライナを見て、扉へ向かった。
白髪の美女は俺のほうへ寄り、耳元まで顔を近づける。
心臓の音がうるさい。
……確かに、さっきの俺。
ちょっとかっこよかったかもしれない。
愛の告白かも?
「あなたは……誰?」
その一言だけ残し、部屋を出ていった。
……なんなんだ。
二人が出ていったあと、病室は静まり返った。
二人きりにしないでほしい。
俺は今でもライナが怖い。
沈黙の中、ライナが口を開く。
「英雄って……なんだ」
そのあと、少し話をした。ほんの短時間だ。
俺はとりあえず、思いついたことを答えた。
ライナが欲しかった答えかは分からない。
でもライナは泣いて、感謝しているように見えた。
本心は分からないけど。
その後ライナはアヴァンに肩を借り、
スッキリしたような顔で部屋を出ていった。
それから二日。
誰も見舞いには来なかった。
……正体、バレた?
英雄生活、終了か。
いや、終わってよかったのかもしれない。
もう、あんな危険はごめんだ。
そう思って天井を見ていると――
バン!
勢いよく扉が開いた。
「師匠、元気そうじゃん」
「バスタル様! 大丈夫ですか!」
リオンは呑気で、ミーナは慌てて駆け寄ってくる。
デルだけが、扉の前で俯いていた。
……ああ。気にしなくていいのに。
目が腫れて、泣き疲れた顔を見れば、すぐ分かった。
後悔してるんだ。
「デル」
声をかけると、震えながら返事をする。
「……はい」
「頑張ったな」
俺がデルの立場なら、多分とっくに逃げ出している。
だからこの言葉は、俺の本心だった。
デルは泣きながら、すべてを話した。
……話を全部聞いて驚いた。
俺が来たせいで、ライナに脅されたらしい。
俺のせいじゃん。
それはカッコ悪いから、黙っておこう。
その後はリオンの自慢話。
「俺が救った」
「俺が勝った」
「俺は天才」
要約すると、そんな感じ。
死にかけたのに、みんなで笑って話している。
……変な世界だ。
俺は思った。
英雄がいなくても、世界って――
案外まともなんじゃないか。
だから
俺はこれからも異世界で
英雄という役割からの
正しい逃げ方を学んでいく
※ライナ視点
俺は、ずっと英雄に憧れていた。
だが、いつからか怖くなった。
英雄という役割が。
そして――それを背負える器が、自分にはないと自覚することが。
だから俺は、ある男を殺そうとした。
この世界の「英雄の基準」を作った男。
その男を殺せば、俺は英雄でいられる。
そう思い込んだ。
その男が、今、目の前にいる。
なぜか――俺を助けた。
英雄――バスタル・ヘタリクス。
俺は、あいつを殺そうとした。
それなのに、アビルがアヴァンを殺そうとした時、
バスタルは敵である俺のために怒った。
それが、何より信じられなかった。
バスタルとは分かり合えない。
俺は、ずっとそう思っていた。
なのに、なぜだ。
気になって仕方がなかった。
目覚めたあと、俺はアビルに告げられた。
王都で裁かれる予定だ、と。
当然だと思った。
だが、それでも――その前に、どうしてもバスタルと話したかった。
アビルは冷たい目をしていたが、断らなかった。
そういうところは、昔から変わらない。
その後、白髪の女がバスタルに何かを告げ、部屋を出た。
病室には、俺とバスタルだけが残る。
沈黙が重い。
……何を話す。
世間話か?
結婚する気はあるのか、とか?
――違う。
やっぱり、これしかない。
「英雄とは……なんだ」
この質問に意味がないことは分かっていた。
バスタルなら、どう答えるか分かっていたからだ。
「英雄とは、
自己犠牲を顧みず、
見返りを求めず、
すべての責任を背負うもの」
ほらな。
思った通りだ。
それが英雄なら――
俺には無理だ。
諦めるしかない。
そう思った、その時だった。
「でも……」
バスタルの言葉が、続いた。
「英雄でも、逃げる権利はある」
……逃げる、権利?
一瞬、理解できなかった。
――そうか。
バスタルは、伝えたかったのか。
英雄だからといって、
責任を背負い続ける必要はない。
たまには、息を抜け、と。
……こいつは。
英雄でありながら、
英雄という存在を一番考えているのかもしれない。
そんなことも知らず、俺は――
責任を背負うのが怖くなり、
“新しい英雄”を名乗って世界を変えようとした。
英雄の基準そのものを歪めて、
俺が英雄であり続けようとしたんだ。
まるで――偽りの英雄だ。
こいつは違う。
すべてを背負ったまま、英雄で居続けている。
それだけじゃない。
逃げてもいい、と言えるだけの強さを持っている。
どうすれば、そんな男になれる。
「俺も……変われるのか」
「……分からない」
少しの沈黙。
ふと見ると、バスタルは尋常じゃないほど汗をかいていた。
そんなに、俺のことを考えてくれたのだろうか。
考え抜いた末の「分からない」。
その重さは、俺にも分かった。
「俺は……あんたみたいになれるか」
「……たぶん」
思わず、笑ってしまった。
本物の英雄ですら、
確信を持てずに戦っている。
それなのに俺は自分が正しいと決めつけて
他の英雄のため言い訳をし、
自分のためだけに英雄を変えようとした。
バスタルは、今も戦っているのかもしれない。
責任という名の重圧と。
そして、勝ち続けている。
――俺には、できなかったことだ。
悔しいな。
涙が溢れてきた。
俺は、戦う前から負けていたのかもしれない。
英雄という存在に憧れていただけに
自分が英雄でないことを認めたくなかった。
だから八つ当たりをした。
責任を負うのが怖くて逃げ、
バスタルに勝てば、
自分が英雄でいられると思い込んだ。
それにしても――
逃げる、という選択か。
弱さを理解しようとしなかった俺は、
まだ英雄ではなかったらしい。
……ありがとう、バスタル。
学ばせてくれて。




