戦いの始まり?
ミーナ視点
バスタル様は、去る前にこう言った。
「デルを頼む」
その言葉は、命令ではなかった。
けれど、私にとっては絶対だった。
私は、デルさんを命をかけて守らなければならない。
憧れの人の言葉を守ること。
それが、私が英雄になるための、大切な道だと思っている。
部屋の電気はつけていない。
暖炉だけが、静かに揺れている。
私はソファに座り、隣で泣いているデルさんを慰めていた。
デルさんは、本当に後悔している。
きっと騙されただけだ。
以前のデルさんなら、許せなかったかもしれない。
でも今のデルさんは違う。
自分の立場だけでなく、周囲を見ようとしている。
私は、今のデルさんを――
心の底から守りたい。
「大丈夫ですよ。すぐ、元通りになります」
バスタル様も、リオンさんも、優しい人です。
そう言えば、少しは楽になると思った。
……それでも、デルさんは泣き止まない。
私は、その顔を胸に引き寄せた。
「いたいです……ミーナさん」
――その瞬間、背筋が凍った。
「……誰?」
暖炉の横。
壁にもたれて立つ男。
さっきまで、そこには誰もいなかった。
気配が、まったくない。
目が合った瞬間、男が動いた。
ガキンッ。
男の腰の剣と、私が創造魔法で作った剣がぶつかり、火花を散らす。
近くで見た顔。
青い髪。端正な顔立ち。
そして――暗く、静かな目。
「……アズールさん」
アズール・エレノーラ。
幼い頃、共に過ごした人。
けれど、アズールさんは何の反応も示さない。
剣が振り抜かれる。
私は、ソファごと吹き飛ばされ、床に転がった。
「デルさん……逃げて!」
これは、絶対だ。
バスタル様の頼みは、何よりも優先される。
私は立ち上がり、今度はこちらから仕掛ける。
床を蹴り、最短距離で剣を振る。
――流された。
体勢が崩れ、再び床に叩きつけられる。
……勝てない。
デルさんは、助けるべきか迷っている。
その迷いが、命取りになる。
私はこの時に理解した。
ライナさんの仲間の一人が、アズールさんだということを。
実力も、昔から有名だった。
誇張なしに、英雄クラス。
ライナさん、アズールさん、そして残りの二人も同格かもしれない。
そう考えた瞬間、背筋が冷えた。
――バスタル様でも、危険かもしれない。
それでも、私には役目がある。
「デルさん! 早く逃げなさい!」
あなたには、逃げる責任がある。
「早く! 足手まといなんです!」
心を抉る言葉を、あえて投げた。
デルさんは泣きながら、扉を押し開けて走り去る。
……よかった。
これで、デルさんは大丈夫。
私は、ゆっくり立ち上がった。
少し、ムカつく。
「アズールさん。随分、余裕ですね」
「倒れている時に攻めないなんて」
怒りを隠さず言う。
それでもアズールさんは、何も答えない。
ただ、私を見ている。
――まるで、眼中にない。
「……なめないでください」
私は、一番近くで英雄の背中を見てきた。
だから、負けられない。
再び踏み込む。
学んできた流派の歩法。
剣のタイミングをずらす。
ガキン、ガキン。
剣と剣がぶつかる。
魔法よりも、剣に集中する。
壁を蹴り、床を蹴る。
三次元の戦い。
クッションが裂け、中身が舞う。
それでも、剣は止まらない。
――今だ。
床を蹴り、渾身の一撃。
アズールさんの体が、壁に叩きつけられる。
全身から汗が噴き出す。
死と、隣り合わせだった。
でも、この一撃で――いける。
私は、ほんの少しだけ笑った。
「なるほど……」
「剣は一流……」
低い声。
「……魔法は、二流だな」
「……え?」
気づいた時には、遅かった。
床が、沼のように変わる。
足が沈み、動かない。
アズールさんの剣に、異常な魔力が集まっていく。
――まずい。
死ぬ。
そう、はっきり分かった。
私は、死ねない。
姉のためにも。
必死に足を引き抜こうとするが、動かない。
アズールさんが剣を構える。
横薙ぎの構え。
私は、目を閉じた。
「……ごめん、お姉ちゃん」
英雄になって、証明したかった。
「……バスタル様」
ありがとうございました。
――ズガン。
衝撃音。
「イクスには、まだ届かないか」
その声が部屋を響いた後
恐る恐る目を開ける。
首に触れる。
……切られていない。
顔を上げると、アズールさんはいなかった。
屋敷の壁が、私の頭の少し上から、真っ二つに切り裂かれている。
――なぜ、殺さなかった?
……違う。
今は、それどころじゃない。
「デルさん……!」
私は屋敷を飛び出し、デルさんを追った。




