英雄の敵?
デルと二人で、魔道具店に向かった。
目的は単純だ。
デルを強化するため。
――もっとも、あまり期待はしていない。
戦闘用の魔道具は売られていないらしいからだ。
まあ、俺自身も魔道具には興味があった。
ノエルの研究所でいくつか見たが、世の中にはまだまだ種類があるらしい。
街で一番大きな魔道具店に入る。
中にはいくつものショーケースが並び、
その中に置かれているのは、すべて模倣品だった。
魔道具は高価だ。
盗難防止のため、実物は奥に保管し、
購入時は引換券を持っていく仕組みらしい。
合理的だな。
デルは真剣な顔で、ショーケースを眺めていた。
――これで、ミーナやリオンに勝てるか。
そんなことを考えているのだろう。
……そして、なぜか包丁を見ている。
いや、待て。
リオンやミーナを殺す気じゃないよな?
変な想像が頭をよぎり、汗が滲む。
俺の人生、サスペンスドラマにはならないよな?
「勝てない」
俺は、先に答えておいた。
一応の予防線だ。
それからも、店内を回る。
やはり、並んでいるのは生活用の魔道具ばかりだった。
そして数時間後。
興奮した様子のデルが、俺を一つのショーケースの前へ引っ張っていく。
「英雄殿……これを買おうと思うんだが、どう思う?」
俺は、思わず息を呑んだ。
デルが指さしているのは――剣だった。
ネームプレートには、こう書かれている。
《魔道剣》
(……あれ?)
ミーナは言っていた。
戦争が終わってから、武器の製造は国によって禁止されたと。
それなのに、剣?
ここは違法魔道具店なのか?
嫌な予感がした。
「デル。店を出る」 「あ、うん……」
俺は入口へ向かい、ふと振り返った。
――そこに、二人の男が立っていた。
一人は、俺と同じくらいの身長。
体格のいい金髪で、サングラスをかけている。
その後ろに、もう一人。
赤髪で眼鏡をかけた男。
頬には、はっきりと鎌の入れ墨があった。
金髪の男が、やけに馴れ馴れしく声をかけてくる。
「旦那。剣が置いてあるのが、気になるか?」
「ああ」
「こいつは模倣剣だ。訓練用に使うもんでな」 「普通の剣より重いが、刃はない」
……なるほど。
訓練用。
武器扱いではない、というわけか。
確かに、実戦でわざわざ重い剣を使うやつはいない。
「助かった」
「構わねぇよ、旦那」
金髪の男は、にやりと笑った。
「それより驚いたぜ。
旦那が魔道具に興味を持つとはな」
――やばい。
知り合いか?
俺は反射的に答えた。
「人は、変わる」
「ああ……そうだな」
金髪の口角が、ゆっくりと上がる。
「人が変わるなら、世界も変わると思うか? 旦那」
……頼むから、それ以上話しかけるな。
俺はお前を知らない。
「ああ」
短く答える。
「そろそろ行った方がいいっすよ」
今度は、赤髪の男が静かに言った。
「お、もうそんな時間か」
金髪の男は歩き出し、振り返りながら言う。
「じゃあな、旦那」 「世界は変わる」 「そして……俺は、英雄の在り方を変える」
一瞬、立ち止まり、サングラスを下ろす。
「……また会うだろ」 「あんたは、俺の“壁”だからな」
鋭い視線が、俺を射抜いた。
二人は、そのまま店を出ていった。
……なんだったんだ、今の。
俺が考え込んでいると、
デルが小さく呟き、震えていた。
「……ライナ」
ライナ?
どこかで聞いたことがあるような名前だ。
バスタルの知り合い――だろう。
屋敷に戻ったら、詳しく聞いてみるか。
デルはそれきり黙り込み、俯いたままだった。
さっきまで見ていた剣も、結局買わなかった。
入れ墨男が怖くて、動揺しているのかもしれない。
……まあ、気持ちは分かる。
だが、怖がる必要はないだろう。
なにせお前は――
七英雄の一人と、同じ屋敷で暮らしているんだから。
――中身は、偽物だけど。
屋敷に戻ると、ミーナは夕食の準備をしていた。
リオンはいつもの暖炉の部屋で、だらっとくつろいでいる。
デルも俺も戻り、全員が席についた。
夕食が始まる。
……ちょうどいい。
そろそろ聞きたいことがあった。
なぜ、ノエルに護衛を頼む必要があったのか。
本来、貴族の護衛は兵士がつく。
それを「信用できない」と言った。
――やばい理由があるのか?
考えすぎると、逃げたくなる。
そんな俺の思考を遮るように、デルが口を開いた。
「あの……護衛の件なんだけど……もう大丈夫」
は?
「別の護衛が見つかったので……」
はぁ?
急な解雇通告。
どういうこと? 何があった?
今日の買い物がつまらなすぎた?
俺との二人きりが地獄だった?
……いや、確かに帰り道、デルは暗かった気がする。
年齢差も倍くらいあるし、ジェネレーションギャップもある。
俺も結構頑張ったぞ。
転生前は無職の引きこもりだ。
期待する方がおかしい。
「ん? 俺もクビ?」
リオンが不思議そうに言った。
なぜ自分だけクビじゃないと思ったのか分からない。
「俺もクビなの? サインもあげたのに」
俺もあげたけどな。
「凡人・茂木英雄」が書いたバスタルのサイン。
無価値の極み。
「いきなり解雇はどうかと思います。説明してください」
ミーナが真面目に詰める。
そうだ。理由を言え。
バスタルの口が臭いとかなら、魔道具で解決できるかもしれない。
デルは俯いたまま、絞り出すように言った。
「ぼ、ぼくは……君たちとは……いられないから!」
……君たち。
俺だけじゃないのか。
なぜか少しホッとする。
ということは、帰り道が静かだったのは別件だ。
ミーナやリオンのせいでもある――ってことだよな。
近い世代の天才二人に挟まれて、
才能を見せつけられて。
そりゃ、一緒にいたくもない。
「なんでですか!」
「なんで? 俺はいてもいいよね?」
何度も質問され、デルは沈黙したままだ。
ミーナとリオンがしつこい。
特にリオンは、全部自分中心だ。
……俺は大人だ。
デルの気持ちが分かる。
「……分かった」
低い声で言うと、ミーナとリオンが驚いた顔で俺を見る。
「分かった、とは……どういうことですか、バスタル様」
「そうだよ師匠!」
「デルにも事情がある」
できるだけ“バスタル力”を込めて言った。
二人は何も言えず、沈黙した。
「……英雄殿……ありがとう……」
デルは泣きながら言った。
……なんで泣いてる?
バスタル力、出しすぎたか?
「デル。一つだけ、いいか」
「……うん……」
デルは少し怯えた。
俺にも、譲れないものがある。
「今日だけは、泊まらせてくれ」
「あ……うん。大丈夫……」
よし。今日の宿は確保。
今から隣町まで歩くのは、さすがにきつい。
その日の夕食は、今までで一番静かだった。
静かに解散し、それぞれ部屋へ戻る。
俺はリオンと同室だ。
ベッドに座ると、リオンが口を開いた。
「なぁ師匠。おかしくねぇか」
「ああ」
さすがに急すぎる。
デルも納得したうえで教わろうとしていたはずだ。
才能の差なんて、わかっていただろう
それなのに、解雇?
「俺がクビなのは納得できねぇ」
……ここで真面目に考えた俺が馬鹿だった。
こいつは基本、自分中心だ。
そういえば――
今日はライナの話を聞くのを忘れていた。
「リオン。ライナ、わかるか」
「ライナ? 、、、、七英雄の魔剣士だよ」
「ライナ・ガードナー、、、
三又槍のライナとも言われたっけ」
ライナ・ガードナー
三又槍。
七英雄。
魔剣士。
あ、特訓のときについた嘘――
「金髪の七英雄」。
あれがライナだったのか。
ノエルも、ライナがどうとか言ってた気がする。
色々、繋がってきた。
「他は?」
リオンは腕を組んで考える。
「……じいちゃんが、気をつけろって言ってた気がしなくもない」 「……いや、言ってないかも」 「俺、他人に興味ないし」
いや、どっちだ。
今日会ったけど、入れ墨の男と一緒だったし。
英雄のヤクザみたいなものかもしれない。
あり得る。
魔剣士=剣使い。
ヤクザも剣を使う。
転生前の映画で見た。
だからデルも震えてたのか。
そう思ったら、俺まで震えてきた。
「寒いのか、師匠?」
「だ、大丈夫だ……」
いや、大丈夫じゃないかもしれない。
あのライナってやつ、後ろからついてきてないよな。
先に出ていったし、大丈夫だよな。
……でも最後、意味深なこと言ってた。
バスタルがどうとか。
壁がどうとか。
――バン。
扉の前で、何かがぶつかる音。
リオンが立ち上がり、扉を開ける。
床に、手紙が落ちていた。
少しの沈黙。
リオンは手紙を拾い、目を通した瞬間
――走り出した。
「勝手に読むな!」
と突っ込んだのは、リオンが消えたあとだった。
数分待っても、戻ってこない。
嫌な予感がして、ミーナのところへ向かう。
途中、暖炉のある部屋を通ると――
ミーナとデルがいた。
デルが泣いている。
またミーナに怒られたのか?
「すまない……英雄殿……僕は馬鹿だ……」
……ん?
なんで分かる。
俺、デルの後ろにいるのに。
デルは泣きながら続けた。
「僕は……ライナに脅されていて……」 「護衛して守ってもらおうとしたんだ……」
嫌な予感が、確信に変わる。
「でも……英雄殿を連れてこいと言われた……」 「手紙を渡せって……」
……は?
「手紙を渡せば……助かると思って……」 「両親みたいに死にたくなかった……」
声が、震える。
「ミーナさんや天才殿を巻き込みたくなくて……護衛は解雇した……」 「英雄殿なら勝てる可能性があると思った……」
「……騙したのは事実だ……」
……は?(二回目)
「目的地に着けば……英雄殿は殺されているかもしれない」 「相手は四人……」 「ライナだけじゃない……」 「全員、ミーナさんたち以上の手練れだ……」
デルは、自分を責めるように言った。
「もう一度会えるなら……謝りたい……」
……俺、騙されてたのか。
「バスタル様なら大丈夫です」 「相手が英雄だろうと、何人いようと負けません」
ミーナが、当たり前のように言う。
俺に気づかず、デルの告白を受け止めている。
そこで、ミーナが俺の目があった。
「バスタル様……!」
デルも、泣いた顔で俺を見る。
今、俺どんな顔したらいいんだろう。
「じゃあ……さっきの扉の音は……」
「リオンだ」
「天才殿が……!」 「天才殿が殺される……僕のせいで……!」
デルは頭を抱えた。
……リオンはダメで、俺ならいいのか。
ツッコミたいが、それどころじゃない。
リオンがヤバい。
「ミーナ。デルを頼む」
反射で言い、俺は扉を飛び出した。
街を駆ける。
リオンを止めなきゃいけない。
……待て。目的地はどこだ。
手紙はリオンが持っている。
どこにいけばいいか戻って聞く時間は――ない。
それに戻ってきくのはさすがにカッコ悪い
そもそも、知ってたとして俺は追いつけるのか?
考えながら、それでも走った。
リオンが着けば、四人の手練れがいる。
リオンやミーナで勝てないなら、俺が勝てるわけがない。
……分かってる。
逃げ方なら、いくらでも知ってる。
それでも、このときだけは――
「逃げる」という言葉が、頭に浮かばなかった




