英雄の教え?
特訓を始めて、すぐ。
「……わかんないよ」
中庭に、弱々しい声が響いた。
俺の声じゃない。デルの声だ。
自慢じゃないが――
俺は自分が「何を分かっていて、何を分かっていないか」だけは分かっている。
本当に自慢ではない。
今、デルは魔法の応用特訓をしている。
魔法には四つの系統があるらしい。
赤魔道士。
青魔道士。
黄魔道士。
白魔道士。
何が違うのか?
……知らん。
ミーナが説明を割愛したからだ。
とりあえず分かったのは、
赤・青・黄は多数派。
白は希少。
それだけ。
デルは黄魔道士で、ミーナと同じ系統らしい。
黄魔道士は「創造魔法」が得意で、
今やっているのは――
一度創造した剣を、可変させる訓練だった。
「デルさん、こうです」
ミーナは剣を振る。
剣が伸びた。
次の瞬間、縮んだ。
さらに硬さが変わり、鞭のようにしなる。
……俺もやりてぇ。
「わかんないよ……」
デルが、また呟く。
「形を変えようとすると、硬質化が解けて……
紙みたいになるんだ」
確かに。
今のデルの剣は、ペラペラだった。
……あれなら、俺でも勝てそうだ。
いや、勝てるかな?
「難しいですね……」
ミーナは首を傾げる。
「私は一度でできたんですが……
なぜでしょう?」
悪気はない。
それは分かる。
でも、その一言で――
デルの顔は、一気に曇った。
地面に、ぺたりと座り込む。
……どの世界でも、
天才に凡人の気持ちは分からない。
転生前、俺がいたブラック企業にもいた。
俺の三倍仕事ができるやつ。
比べると、死にたくなる。
デルにも、こう言ってやりたかった。
――諦めろ。
……いや、英雄らしくないな。
そう思った瞬間、
嫌な予感がした。
この流れ――
あいつが来る。
「なにやってんの? 俺も混ぜてよ」
やっぱり来た。
目立つ赤髪。
中庭の外から、楽しそうに覗いている。
リオンだ。
俺は断るべきだと思ったが――
「あ、リオンさん。少し手伝ってくれますか」
ミーナが、呼んでしまった。
……ああ、もう。
「黄系統の創造魔法の可変をやっているのですが、
デルさんが上手くいかなくて」
「え? 黄? 俺、青魔道士だけど」
「あ……確かにそうですね」
……よし。
意外とリオンもできないかもしれない。
「でも、一回やってみせてよ」
できないでいてくれ、と俺は祈った。
「わかりました。では、一からいきますね」
黄色い魔力が流れ、剣が創造される。
ミーナは横薙ぎに振る。
剣が伸び、
本来届かないはずの草を切り裂いた。
「これが、創造から可変です」
「ふーん」
リオンは軽くそう言って、同じ動作をする。
青い魔力が溢れ、剣を形作る。
横薙ぎ。
――伸びた。
「ん?」
リオンは自分の剣を見て、不思議そうに呟く。
「初めてやったけど、簡単じゃん」
……この才能マンめ。
「すごいですね。適正は青なのに、
黄系統の魔法も使えるんですね」
「うん。あと赤もできるよ。
じいちゃんの魔法、真似したことあるし」
「……ほわー」
天才ってやつだ。
ミーナは感心し、
デルは、さらに沈んだ。
……比べるな。
生まれ持ったやつは、いる。
どの世界にも。
俺は、デルに言いたかった。
「比べると、死にたくなるぞ」って。
――諦めろ。
……やっぱり違う。
少し考える。
やれるだけやって、自己満足しろ。
これだ。
自分に期待しない。
目標を低くする。
満足できれば、それでいい。
一番、楽な生き方だ。
魔法は教えられないが、
心を楽にする方法なら教えられる。
そう思って、デルのところへ向かおうとした――その時。
「……英結殿」
デルが、俺の前に立っていた。
リオンとミーナに聞こえないよう、
小さな声で。
「……あの二人に、勝てるようにしてよ」
――泣いていた。
大声じゃない。
静かに、必死に、泣いていた。
……その顔を見て、言えるか。
「諦めろ」だの、
「自己満足でいい」だの。
少年を、これ以上傷つける勇気はなかった。
どうする。
どうすればいい。
「下には下がいる」と教えるか?
目の前に、誰より下の俺がいると教えるか?
……違う。
俺が追い詰められたとき、
最後に辿り着いた答えは――
魔道具店だった。
ものに頼ろう。
才能じゃない。
道具だ。
貴族の財力で、二人を超えればいい。
情けないと思いながら、
教えている二人に顔を向けられず、俺は踵を返した。
玄関へ向かう。
ちらっと振り返ると、
泣きながらデルがついてきていた。
……大人として、これでいいのか?
分からない。
でも、俺が教えられるのは、
才能の超え方じゃない。
才能からの――
逃げ方だ。
できるだけ楽に生きる。
逃げれば、なんとかなる。
デルには、それを教えるつもりだ。
少しの罪悪感を、胸に抱えながら。




