英雄のおつかい?
転生前――
「はじめてのおつかい」という番組があった。
三歳くらいの子どもが一人で買い物に行き、
周囲をハラハラさせ、最後には感動を呼ぶ大人気番組だ。
そして今。
二十九歳の俺は、異世界で
**「はじめてのおつかい」**をしている。
……なんでこうなった。
事の発端は、ミーナが一度、俺の屋敷に荷物を取りに戻ったことだった。
ミーナがいなくなった瞬間、デルは調子に乗ったように本性を現した。
「……あのガキ。顎で使いやがって」
英雄をお使いに使うとは、何を考えているんだ。
――まあ本当は、ただの凡人無職なんだけどな。
それにしてもムカつく。
貴族どもの「俺はすごい人間だ」という盛大な勘違いは。
デルは夕食にカレーが食べたいと言い出した。
どうやら護衛だけでなく、生活の世話まで含まれているらしい。
俺は一人暮らしをしていたし、カレーくらいなら作れる。
ただ――この異世界のカレーは、なぜか白い。
ミーナが作ってくれたことはあるが、
何が入っているのかは知らない。
今、俺とリオンは街の商店街で具材を買い込んでいた。
……それにしても、周囲の視線が痛い。
英雄が珍しいのか。
バスタルが珍しいのか。
それとも、こんな強面が買い物をしているのが珍しいのか。
まあ、見られるのは慣れた。
「リオン。カレーに何入れる?」 「なんでもいいんじゃない? 食えば一緒だよ」
相変わらず雑だ。
魔法に関しては精密で天才的なのに、
それ以外は本当にどうでもいいらしい。
確かに、食えば一緒か。
……でも白いカレーって、どうやって作るんだ?
普通に作ったら茶色くならないか?
まあいい。
俺の世界のカレーを披露しよう。
味は、そこまで変わらないはずだ。
見慣れた具材を買い、屋敷に戻る。
――屋敷に入ると、デルが正座していた。
その正面には、ミーナ。
「……どうした、ミーナ」 「いえ。英雄を軽く扱っていましたので、少し説教しました」
少し?
デルの顔を見る。
……どう見ても、少しじゃない。
もちろんミーナが暴力を振るったとは思わない。
だが――ズボンが、びしょ濡れだった。
……水をこぼした、とかだよな。
触れないでおこう。
「デル……漏らしたのか」
リオンだった。
悪気はないが、致命的だ。
デルは何も言わず、俯いたまま自分の部屋へ戻っていった。
……あの年で漏らすのは、きつい。
引きこもりになったら、
俺のおすすめのB級映画DVDをプレゼントしよう。
俺にはそれぐらいしかできない。
その後、ミーナは濡れたカーペットを拭いていた。
「ミーナ。なぜ?」 「それは……英雄を軽く扱うからです」
上流階級にはよくある話だと、ミーナは言う。
自分たちが本気を出せば英雄になれる。
生まれたときから人より上なのは必然。
本当は自分たちの方が強く、偉い――という勘違い。
「そういう思い違いは、正さなければなりません」
……勘違いを正す、か。
ミーナも、俺を盛大に勘違いしている。
そっちのほうが大問題だが――
まあ、それは置いておこう。
「ミーナ。デルに、優しくしてやれ」 「……バスタル様がそう仰るなら。精進します」
数時間後。
俺のカレーは完成した。
ミーナにデルを呼んできてもらうと、
デルはまあまあ元気を取り戻していた。
全員が席につく。
「食え。俺が作った」
茶色いカレー。
俺の世界のカレーだ。
匂いも見た目も、正直自信はあった。
――三人の顔が、同時に青ざめた。
「師匠……これ、うんこじゃん」 「庶民はこんなものを食べるのか……可哀想に」 「バスタル様……これも試練ですか……厳しい試練ですね」
……ムカつく。
三者三様に馬鹿にされた。
無理やり一口、食べさせた。
結果。
全員おかわり。
カレーは完売した。
ミーナは少しデルに優しくなり、
デルの性格も、なんとなく分かった。
護衛任務は、なんとかなりそうだ。
あとは――
なぜ護衛が必要なのか。
ノエルが俺に振るほどの任務だ。
危険な可能性は高い。
……もし、死ぬほど危険だったら。
英雄を廃業して、カレー屋を開こう。
よし。
逃げる準備は、万端だ。




