プロローグ
いつも通りの屋敷生活。
快適だ。
俺の名前はバスタル・ヘタリクス。
聞いて驚け、俺は英雄だ。
しかも伝説級魔道士。
英雄。
英雄、英雄、英雄……。
はぁ。
英雄って、なんだろうな。
俺は、英雄になったら楽だと思っていた。
強くて、尊敬されて、好きに生きられる。
そんな存在だと思っていた。
だが今は――
英雄から、逃げたい。
辛い。
しんどい。
責任が重い。
三重苦だ。
俺は転生者だった。
生まれつき英雄だったわけじゃない。
ある日突然、英雄になっただけだ。
一週間前、異世界に来たばかりの頃は、正直嬉しかった。
だが、その気持ちは長くは続かなかった。
――ここからは、転生前の話だ。
無駄のない家具。
何の特徴もないワンルーム。
そこに一人の男がいた。
茂木 英雄。
二十九歳。
無職の引きこもりである。
二日前まで会社で働いていたが、
ある出来事をきっかけに退職届を出した。
今はソファに三角座りをして、テレビを眺めている。
観ているのは、B級映画。
仕事を辞めてから、これが日課だった。
B級映画のいいところは、何も考えなくていいところにある。
特に英雄譚はそうだ。
主人公は失敗しない。
いつも世界を救う。
英雄は逃げない。
そして必ず成功し、崇められる。
結果が決まっている物語を観ながら、
茂木はいつも同じことを思っていた。
――楽そうだよなぁ。
茂木は、できるだけ楽に生きたいと思っていた。
ブラック企業に勤め、
何度も「辞めたい」と思いながら五年間働いた。
結局、一度も成功も達成感も味わえないまま、会社を辞めた。
だから、英雄譚の映画を観るたびに思う。
俺も、そっち側なら楽そうなのに。
今日も、同じ一日だ。
茂木は袋から一本のDVDを取り出した。
『伝説級?英雄伝説』
いかにもB級だ。
今日、気になって購入した新作らしい。
名前はチープだが、まあいい。
どうせ、何も考えずに観られる映画だ。
そう思い、DVDをドライブに入れて再生した。
画面に映ったのは、巨大な国家の説明だった。
アルカニア帝国。
それに対抗するため、世界で連合が組まれる。
世界規模の戦争。
背景は黒、文字は白。
ほとんどナレーションだけの地味な映像。
「へぇ……どうせ英雄が救うんだろ」
そう思った瞬間、映像が切り替わる。
緑の長髪の女。
花を模した杖。
植物が戦場を覆い尽くす。
《民のために、私はこの力を使う》
次のカット。
隻眼の剣士が、剣を抜く。
《面白いねぇ。世界最強を斬るとするか》
次々と映し出される人物たち。
七人いた。
最後に現れたのは、黒いフードの魔道士。
赤い目。
《英雄とは、自己犠牲を顧みず、見返りを求めない。
そして、すべての責任を背負うものだ》
「あ、こいつ主人公だな」
茂木はそう思った。
そして――
映像は、そこで終わった。
再び黒背景に白文字。
ナレーションが流れる。
――勝利したのはアルカニア帝国。
活躍した者たちは七英雄と呼ばれ、
その中でもバスタルという魔道士は称えられ、
屋敷を得て、静かに幸せに暮らしました。
《END》
大きな白文字。
「……は?」
茂木は声を出した。
「……これ、PVじゃねぇか」
三千円のDVD。
再生時間は、十分にも満たなかった。
詐欺だろ。
クオリティの高い映像だった分、余計に腹が立つ。
「バスタルって……どれだよ」
キャラの名前は、一つも出てこなかった。
「……もう寝るか」
茂木はテレビを消し、
もやもやしたままベッドに倒れ込んだ。
――この時は、まだ知らなかった。
自分が、その“バスタル”になることを。
そして、
英雄が、こんなにも逃げたくなる存在だということを。




