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7内なる声とナーガの力

話は、数分前にさかのぼる。

 少年は、コアンと名乗る盗賊が対峙する人物を見た。同じ蛇人族のようだが……。

 これまでの兵士たちも十分恐怖に値していたが、この人間は、それ以上の恐怖を少年に与えた。いや、本能的な嫌悪といったほうが正しいかもしれない。

 戦慄を覚える、死んだような眼をしている。自分と同じ眼。自分はあのように、見えるのか……。なんて、気味が悪い――。

 その人物は、どうやら女性のようだった。彼女とコアンは、二言三言話した。

 場の空気が、ぴんと張り詰める。

 ふと、コアンの手が、自分に向かって『しっしっ』とやっているのに気がついた。

 離れていろ、という事らしい。

 これまでの、大男たちとの対決では、こんな事は無かった。よほど相手が強いのだろう。

 不安が襲ってきたが、それを不安と理解できぬまま、少年は、ゆっくりとコアンから遠ざかる。後ろ向きに、一歩、二歩……。

 あの女性がこちらを向きはしないか、気にかかった。

 ようやく、十歩離れたそのときに、女性がコアンに飛び掛った。

 負けないで!!声に出して叫びたい。しかし、場の空気がそれを邪魔する。「あ……。」例によって、口から漏れたのはその一言だけだった。

 コアンは、槍を突き出して応戦した。しかし、女性は空中で変異した。

 黒い服と、人の皮が、つま先から破れて言った。そして現れるのは、美しい模様の鱗。桜の花びらが散るように、皮が破け、錦織の紅葉の様な、色の乱舞が現れる。


 綺麗。


 つい、アナンタは思った。思ってしまった。

 皮の下から現れたのは、一匹の蛇だった。少年のような半端者ではない。一本のラインを描く、艶かしい鱗の集合体。つややかな白い腹。

 本物の、しかし巨大な蛇が、そこに居た。

 蛇は、コアンに巻きついた。駆け寄りたい衝動がこみ上げる。しかし出来なかった。

 もう、その蛇は少年の視界を一杯一杯に埋め尽くしていた。少年は、自分以外の蛇人族が蛇になるところを見るのは、初めてだった。ドキドキした。凄く、懐かしかった。

 ああなりたい、そう思った。

 蛇はコアンに噛み付く。赤い血。舐め取っている。綺麗。綺麗。赤が、綺麗。

 本来恐怖を与えるべき、その姿。しかし裏には、完璧という名の美しさが潜んでいた。

 しかし。

 どう考えても、コアンは劣勢だった。必死に何かを言っているが、聞き入れられる様子はない。

 少年は、コアンの事が好きだった。初めて出会った、家族以外に、自分を殺そうとしない人物。気遣い、守り、助けてくれた人。勝手にはめられた、『無の天使』という鎖から、自分を解放しようとしてくれる人。

 少年は、コアンに居なくなって欲しくなかった。ずっと一緒に居たかった。それこそ、本物の家族のように。心なしか、少年の父親にコアンは似ている。

 対する蛇は、綺麗だった。憧れた。先ほど感じた本能的嫌悪は、自分の変異した姿から来る劣等感なのだろう、漠然と思った。

 とめなくてはいけない。しかし、どちらかを殺しでもしなければ止まらないのだろう、きっと。

 守ってくれる人が居なくなっては、悲しい。

 綺麗なものは、心に刻んでしまえば、もう二度と忘れない。それだけで終わりだ。


 しかし、死んでしまえば二度と会えない事実は、同じ。


「・・・・・・・・。ぼくはいま、なにを考えていたんだろう。」

 アナンタは呟いた。声に出して呟いた。

「死んでしまえば? 二人のうち、どちらかを殺すの? ぼくが? できるわけ、無いのに?」

 自問の群れ。向こうでは、コアンと蛇がもみ合っている。その気配は分かる。しかし、そのとき。

 内なる何かが、そっと、少年に呼びかけた。

《お前になら、出来るだろう。選んだどちらかを殺すことが。》

「誰……? で、できないよ! ぼくには力がない。それに、ぼくはだれかを殺したいなんておもわないから!」

《力がない。殺したくない。おまえが? ・・・・・・ははっ! 嘘も大概にしろ! お前には有る。力がある。眠っている力があるではないか。それに、その力は復讐を望んでいるぞ? お前でも分かるだろう? 力の願う復讐が。いままで、何人の奴らに傷つけられた? 何人の奴らに殺された? 何人の奴らの見世物になり、何人の奴らの金儲けの道具になり、何人の奴らに見下された? 哀れみも、優越感のうちだぞ! あの盗賊だってそうだ。真っ先に攻撃しなければならないお前を無視するあの女もな! 皆皆皆皆皆皆皆、お前の敵だ。》

 声は、響く。脳の中核の、自分以外が決して触れてはいけない場所を、揺さぶる。

「みんなが、敵、なの? でも、それだけで殺さなきゃいけないって事にはならないだろ?」

《甘いな。そこまでして、お前は他人を生かしたいか。恨まぬというのか。傷つけぬというのか。甘い。甘すぎる。》

 声は、浸透する。脳の中核の、自分以外が決して触れてはいけない場所を、浸す。

「甘くても、良いよ。それに、コアンの事は、ぼく、信じるよ?」

《信じる! 「信じたい」だけではないのか? もう、自分の本心を隠す必要なんて無いのだ。殺せば良い、望んでいるのだろう? それだけだ。》

 声は、変革する。脳の中核の、自分以外が決して触れてはいけない場所を、組み替える。

「バ、バカを言うな…。お前のほうを、ぼ、ぼくは信じない……」

《私の言う事を信じたくないのなら、それで良いだろう。だがな、現実を見てみろ。お前が信じたいというあの盗賊は、あと少しで死ぬぞ。》

「え……。」


 ――その時、声は、少年と同化した。


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