1 無の天使とナーガの関連
少年は、特異な血の持ち主だった。
父親と母親は蛇人族、蛇と人、両方の姿を持ち合わせる生き物だった。
そもそも蛇人族とは、太古の昔世界の創造にかかわった蛇神の一族、ナーガ族と人との混血児から始まった。
蛇神ナーガ族は、複数の頭を持つ蛇や、人の上半身を持つ蛇として描かれる。
もともとは蛇の化け物の一種だったが、世界創造にかかわった功績を認められて神になったという。
ナーガと人との混血は、長い時を経て、やがて人の領域で暮らすようになって来た。
ナーガの、神の領域は人の血の入った混血にはあまりにもつらすぎたのだ。
そして今、蛇人族は人の領域からも独立し、蛇人族の領域をつくって暮らしている。
しかし、時たまに血が濃くなるなどのハプニングが起こると、その血はまれに、先祖帰りを起こす。
人の血のほうがわずかにまだ濃いものの、ほかの蛇人族よりもナーガに近い存在。
言ってみれば、初代の蛇人、ナーガと人の初めての混血児と同じような血の配分をもった子が生まれるのだ。
少年は奇しくもそのパターンに当てはまり、ナーガにこの世で一番近い人間となった。
しかしナーガの血が中途半端に強いため、彼には恐ろしい能力がふたつほど備わった。
一つ目は、人に殺意を抱かせる力。被殺害性因子を、生まれた時から保持していたのだ。
彼を認知した人間の大部分は、彼に殺意を抱き、彼を殺害しようとした。
彼はいわば幼いころ遊んだシャボン玉のような存在なのだ。
はかなく、綺麗だから、つい無償に壊したくなる。
いや、それは実行に移され、彼は何度も壊されてきた。
しかし皮肉にも、ここで第二の力が役に立つ。
肉体が殺されると、蛇の能力をもった人間に身を転じる力。
蛇の身体を持つことと、蛇の能力を持つことには、段違いな差がある。
前者は蛇であって、たとえ人の心を持っていたとしても蛇なのである。考えるのも、何をするのも、蛇の脳なのだから。
しかし、蛇の能力を持つことは、人+蛇という事だ。
両方のよいところを掛け合わせ、しかも格段に身体能力が上がる。
そして傷の治りも速くなる。
言い換えれば、彼にとって自分を殺した奴の一人や二人、瞬時に復活してしっぺ返しを食らわすなんて簡単だ。と言うことなのだ。
まあ、そういった欠点から、蛇人族の祖先は人の社会と縁を切ったのだが……。
蛇人族にもいつしか人の血が少しずつ混ざり、その力も薄れた……。
普通の人間とほぼ同じになった蛇人族の中に突如生まれた少年は。
小さな村の中、家族を除いた全ての蛇人族から迫害されるようになった。
例えば、近所の子供ら。友人たちでさえその血に惑わされ、少年に包丁を突き立てて遊んでいたと言う。
はじめはさほどではなかったが、少年はいつの間にか友人の中でのペット、奴隷、……いや、玩具に成り下がっていた。友人らにはいじめをしているという意識は無かった。どれだけ刺しても姿を変えてよみがえる人形で遊んでいる感覚。
そして決まり文句。「化け物め。」
痛みは感じる。死ぬ。蛇人になる。しかし、蛇人になる前から彼の身体は縄で縛られており、全くの無抵抗状態。
家に帰るころには人に戻り、当然のように傷は癒えているので、長い間気付かれることは無かった。
やがて、彼の顔からは表情が消えていったと言う。
しかしもうそれは手遅れの合図であり、その日、それは起こった。毎日毎日虐められていた少年は、そして少年の中のナーガは、成長していたのだ。それこそ、とうとう縄を素手で千切れるほどに。
少年が理性を取り戻したとき、そこには元友人たちが累々と横たわっており、命の息吹などは全く感じられなかったと言う。
鮮血の中、少年は狂ったように叫び、叫び続けて、のどがかれてもなお叫び続け、そして駆けつけた蛇人族たちに、有無を言わさずもう一度殺された。
彼らは、いじめっ子たちの親だった。
そのうち、蛇人族の都からたくさんの役人やら研究者やらが駆け付け、村から少年を連れて行った。
少年はもうすぐ十歳の誕生日を迎えようとしていた。