第7話:堕ちた聖女と、癒しの対話
毒の霧に満ちた谷を救ってから数日。
村人たちは徐々に元の生活を取り戻し始めていた。
アメリアは谷の再生を手伝いながらも、泉の奥にある“封じられた神殿”が気になっていた。
ノエリアの話によると、そこはかつて「癒しの源泉」として、代々の聖女たちが祈りを捧げていた場所。
そして……その奥には、もう一人の“聖女”が今なお封じられているという。
その神殿の扉をくぐった瞬間、冷たい風が頬を撫でた。
石造りの通路の先、光の射さない中央の祭壇に、それはいた。
──聖女リュシエナ。ノエリアの祖先であり、かつて“癒しの奇跡”と讃えられた者。
だが、歴史から抹消された彼女の記録には、こう残されている。
『癒しの力に溺れ、神を否定し、禁忌に触れた者』
けれどアメリアは、それを信じていなかった。
癒しとは、そもそも誰かのための祈りだ。
その力が“罪”と呼ばれるなら──きっと、そこには別の“真実”があるはずだ。
「アメリア……ルクレール……」
石棺の前に立った瞬間、かすかな声が響く。
まるで意識の底から誰かが語りかけるように。
「あなたは……何のために癒しているの?」
「誰かに求められたから? それとも……認めてほしいから?」
──違う。私はもう、誰かに認めてもらいたくて癒しているんじゃない。
“癒し”は、ただそこに在るもの。必要な人に、必要なときに、手を差し伸べるだけ。
私は目を閉じ、石棺にそっと手を置いた。
「あなたはきっと、癒しても癒しても、救えない命があって──それで、壊れてしまったんですね」
しばらくの沈黙のあと、ふわりと石棺のふたが揺れた。
そして、光の中にひとりの女性の姿が現れた。
髪は雪のように白く、目は深い琥珀色。
その顔は驚くほど穏やかで、でもどこか寂しげだった。
「……私は“癒せなかった”。
王も、民も、戦で傷ついた人々も……癒しても癒しても、また新たな血が流れていった。
それで、私は“癒しそのもの”を拒んだの……」
アメリアはゆっくりと近づく。
そして、彼女の手を取った。
「間違ってなんかいません。
癒しは、一度失敗したからって、全部無意味になるわけじゃない。
あなたが残した祈りがあったから、いま私たちはここにいます」
光が溢れ、神殿の壁に張りついていた“瘴気”がすべて払われていく。
リュシエナの瞳に、初めて涙が浮かんだ。
「……ありがとう。あなたの中に、“本物の癒し”を見た気がします」
リュシエナの魂は光に包まれ、静かに昇華していった。
そのあとに残されたのは、ひと粒の“涙の結晶”だった。
それは、かつて彼女が癒せなかった命に、最後に捧げた祈りの結晶。
いまやそれは、アメリアの魔力に反応し、新たな癒しの核として生まれ変わっていた。
「……あなたの想い、確かに受け取りました」
アメリアはその結晶を胸に抱き、神殿を後にする。
そして、谷を見渡す高台から、静かに誓った。
「次は私が、この力で“未来”を癒します」