表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/10

第7話:堕ちた聖女と、癒しの対話

毒の霧に満ちたセレファを救ってから数日。

 村人たちは徐々に元の生活を取り戻し始めていた。

 アメリアは谷の再生を手伝いながらも、泉の奥にある“封じられた神殿”が気になっていた。


 ノエリアの話によると、そこはかつて「癒しの源泉」として、代々の聖女たちが祈りを捧げていた場所。

 そして……その奥には、もう一人の“聖女”が今なお封じられているという。



 その神殿の扉をくぐった瞬間、冷たい風が頬を撫でた。

 石造りの通路の先、光の射さない中央の祭壇に、それはいた。


 ──聖女リュシエナ。ノエリアの祖先であり、かつて“癒しの奇跡”と讃えられた者。

 だが、歴史から抹消された彼女の記録には、こう残されている。


 『癒しの力に溺れ、神を否定し、禁忌に触れた者』


 けれどアメリアは、それを信じていなかった。

 癒しとは、そもそも誰かのための祈りだ。

 その力が“罪”と呼ばれるなら──きっと、そこには別の“真実”があるはずだ。


 「アメリア……ルクレール……」


 石棺の前に立った瞬間、かすかな声が響く。

 まるで意識の底から誰かが語りかけるように。


 「あなたは……何のために癒しているの?」

 「誰かに求められたから? それとも……認めてほしいから?」


 ──違う。私はもう、誰かに認めてもらいたくて癒しているんじゃない。

 “癒し”は、ただそこに在るもの。必要な人に、必要なときに、手を差し伸べるだけ。


 私は目を閉じ、石棺にそっと手を置いた。


 「あなたはきっと、癒しても癒しても、救えない命があって──それで、壊れてしまったんですね」


 しばらくの沈黙のあと、ふわりと石棺のふたが揺れた。

 そして、光の中にひとりの女性の姿が現れた。


 髪は雪のように白く、目は深い琥珀色。

 その顔は驚くほど穏やかで、でもどこか寂しげだった。


 「……私は“癒せなかった”。

 王も、民も、戦で傷ついた人々も……癒しても癒しても、また新たな血が流れていった。

 それで、私は“癒しそのもの”を拒んだの……」


 アメリアはゆっくりと近づく。

 そして、彼女の手を取った。


 「間違ってなんかいません。

 癒しは、一度失敗したからって、全部無意味になるわけじゃない。

 あなたが残した祈りがあったから、いま私たちはここにいます」


 光が溢れ、神殿の壁に張りついていた“瘴気”がすべて払われていく。

 リュシエナの瞳に、初めて涙が浮かんだ。


 「……ありがとう。あなたの中に、“本物の癒し”を見た気がします」



 リュシエナの魂は光に包まれ、静かに昇華していった。

 そのあとに残されたのは、ひと粒の“涙の結晶”だった。


 それは、かつて彼女が癒せなかった命に、最後に捧げた祈りの結晶。

 いまやそれは、アメリアの魔力に反応し、新たな癒しの核として生まれ変わっていた。


 「……あなたの想い、確かに受け取りました」


 アメリアはその結晶を胸に抱き、神殿を後にする。

 そして、谷を見渡す高台から、静かに誓った。


 「次は私が、この力で“未来”を癒します」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ