第4話:王都への一夜限りの帰還──そして、毒の涙
王都へ向かう馬車の中、私は乾いた薬草束を握りしめていた。
懐かしい風景が、車窓の外を流れていく。
──ここへ帰るのは、追放されて以来、ちょうど三十日ぶりだった。
けれど、懐かしさはなかった。
この都は、私を“役立たず”と切り捨てた場所。
ただ、いま私が向かうのは――“癒し”の力を必要としている人のもと。それだけだ。
神殿は静まり返っていた。
煌びやかだったはずの白い石の壁はひび割れ、天井のステンドグラスもひとつ割れている。
まるで、ここに流れていた神の気配すら、壊れてしまったようだった。
私は案内役の騎士とともに、奥の寝室に入った。
王──ローデリヒ三世が、そこに横たわっていた。
「高熱と、体の衰弱……。通常の魔法は、確かに効かないみたいですね」
私は枕元に座り、そっと手をかざした。
王の身体には、魔力の乱れに似た違和感があった。
これはただの病ではない。……意図的に“与えられた毒”だ。
(──誰かが、王に呪詛を?)
私はバッグから薬草の束を取り出し、儀式に使う蒸留水と混ぜ、香気を立てながら《神癒の息吹》を詠唱した。
ふわりとした光が、王の身体を包む。
その瞬間──
「……ん……アメリア……?」
かすかに目を開けた王は、私の名を呼んだ。
その声は震え、涙が滲んでいた。
「……私は……お前を……」
私はゆっくりと首を振った。
「もう、謝らないでください。今は、“癒す”ことだけに集中します」
光が収まり、王の体から毒素が抜けていく。
全身から冷や汗が吹き出し、血色がわずかに戻っていく。
王の回復を確認した私は、神殿を出ようとした。
──けれど、廊下の先で、思いがけない人物が立っていた。
「……アメリア」
それは、王子リオネル。
だが、彼の顔は苦悩に満ち、もはや“王子”という威厳はどこにもなかった。
「……なぜ、何も言わない? なぜ、責めない? 私に言いたいことは山ほどあるだろうに……!」
彼の瞳が赤く濡れていた。
その涙は、今さら流されるべきものではない。
「私にはもう、あなたに費やす“感情”が残っていません」
私は静かに答える。
「涙は、癒しのためにあるものです。あなたの涙は、誰かを癒すものでしょうか?」
リオネルはその場に立ち尽くした。
それが、彼なりの“ざまぁ”だったのかもしれない。
その夜、私は神殿の屋上で空を見上げていた。
すると、背後から気配がする。
「……あなたでしたか、レヴァルトさん」
「無理は、するな」
竜の青年・レヴァルトが、静かに言った。
「王都の空気は、お前には合わない。お前の癒しは、もっと素朴で、あたたかな場所にあるべきだ」
「……そうですね。私、やっぱり村が好きです。土の匂いと、薬草と、笑顔のある生活が」
ふたりで並んで夜空を見上げる。
満月が、王都の空にも、静かに優しく輝いていた。