第3話:病に倒れた王子と、薬草を育てる聖女の条件
その日は、雲ひとつない青空だった。
畑に並ぶ薬草たちは、太陽の光を浴びて元気に葉を伸ばしている。
私は土の香りに包まれながら、今日も静かに種を植えていた。
そんな穏やかな時間を裂くように、またしても村の入口が騒がしくなる。
今度は騎士団の一団だった。
「聖女アメリア殿を……いえ、“聖女様”をお連れ願いたい」
膝をついて頭を下げたのは、王国直属の第一騎士団長。
背後には見慣れた顔があった。
──リオネル。私を追放した、あの王子だった。
「……私に何の用ですか?」
私は畑の隅で手についた土を拭いながら、淡々と尋ねた。
リオネルは以前とは違い、やつれた顔をしていた。
その口から出た言葉は、想像以上に情けないものだった。
「アメリア……頼む。助けてくれ。父王が病に倒れ、次いで母上も高熱を──
だが、どんな回復魔法も効かない。
……君の力だけが、希望なんだ」
その瞬間、私ははっきりと理解した。
──これは、天罰だ。
かつて私の“癒し”を切り捨てた者たちが、今、それを必要としている。
それも、跪いて、懇願するほどに。
「都合がいいですね。役立たずと蔑み、捨てておいて……今さら“聖女様”ですか?」
村の子どもたちが、私の背後に集まり始めた。
皆、薬で元気になった子たちだ。
私に微笑みかけるその瞳は、王都の誰よりも真っ直ぐだった。
リオネルは歯を食いしばりながら、ゆっくりと頭を下げた。
「謝罪する……。すべて私の不明だった。だから、どうか力を──」
──けれど、私はすぐには頷かなかった。
私は、薬草を乾燥棚に並べながら告げた。
「助けてもいいですよ。でも、ひとつだけ条件があります」
「条件……?」
「今後、王都に“聖女”を必要とする制度は必要ありません。
“役職”でも、“称号”でもなく──“癒し”は誰の中にもある。
だから、それを一部の人間だけに押し付けるようなやり方は、もうやめてください」
沈黙が流れる。
私の言葉は、まるで王国の根本に突きつけるような“宣戦布告”だった。
だが、騎士団長がゆっくりと頭を垂れた。
「……承知いたしました。聖女殿のお言葉、王に伝えましょう」
そして、リオネルも──小さく、震えながら頭を下げた。
以前のような傲慢さは、もはやどこにもなかった。
夜、私は焚き火の前で薬草の束を編んでいた。
その隣には、竜の青年・レヴァルトが座っていた。
「……お前の“癒し”は、ただ命を救うだけではないのだな」
「ええ。きっと、心とか……仕組みそのものも、少しずつ変えられると信じてます」
火がぱちりと弾け、煙の中にほのかに薬草の香りが漂った。
レヴァルトは焚き火を見つめながら、ぽつりと呟く。
「……王子の顔を見たとき、お前は泣きも怒りもしなかったな」
「怒るほどの力も、泣くほどの価値も、もうあの人には残っていなかったからです」
私は静かに笑って、草束をくるくると巻いた。
これは、明日の朝、村の子に渡すお守り。
──癒すべき命は、王族なんかじゃない。ここにいる、小さな命たちだ。