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第1話 『婚約破棄と追放─それは、わたしの自由宣言でした』

王都・神聖教会の大広間。

 高く厳かな天井と、磨かれた大理石の床。その中心に立つ私は、まるで罪人のように皆の視線を浴びていた。


 「アメリア=ルクレール。王家付き聖女の資格を剥奪し、王都からの追放を命じる」


 王子・リオネルの冷たい声が響いた。

 彼は私の元婚約者。幼い頃から共に育ち、未来を誓ったはずの人。


 でも、もう終わった。


 私は何も言わなかった。ただ、静かに頭を下げる。

 泣きもしない。縋りもしない。……もう、そんな気力すら残っていなかった。


 「お前の“回復魔法”は使い物にならない。実戦で負傷した兵士を治せず、ただ時間がかかるだけの中途半端な魔法。王都には不要だ」


 ざわめく貴族たち。

 そう……この世界では、“即時回復”できる者が重宝される。私の癒しの魔法はゆるやかに回復させるだけで、即効性はなかった。


 でも、その“穏やかに癒す”という力に、本当の価値があるなんて──誰も気づいていなかった。

 いや、気づこうとしなかっただけかもしれない。


 (……これで、ようやく自由になれる)


 私は荷物も持たずに神殿を出た。

 振り返らず、涙も流さず。ただひとつの小さな種を、ポケットにしまって。


 それは、子供の頃、村で拾った薬草の種だった。

 まだ、土のにおいを知っていた頃の、私の宝物。



 それから三日。

 私は王都から遠く離れた、山と川に囲まれた辺境の村にいた。


 「おや、あんたがあの“追放された聖女”さんかね?」

 「ちょっと不便だけど、のんびりするにはいい場所だよ」


 村人たちは、王都のような陰湿な噂を囁くこともなく、あたたかく迎えてくれた。

 私は廃屋になっていた小屋を借りて、自給自足の生活を始めることにした。


 ――そして、第一歩として始めたのが、「薬草畑づくり」だった。



 翌朝。


 私は小屋の裏で、小さな畑に種をまいていた。

 懐かしい薬草の香りに、胸がほんのりあたたかくなる。


 そして、そっと指先を種にかざし、静かに魔法を紡ぐ。


 「……《神癒の息吹しんゆのいぶき》」


 光は、ふんわりと柔らかく土を包んだ。

 すると……種から、芽が伸び、あっという間に茎を伸ばし、つぼみが開いた。


 「……咲いた……」


 わずか数秒。薬草は完全に成熟し、香り高い花をつけていた。

 この魔法は“即時回復”には向かないけれど……

 細胞を活性化させ、癒し、成長を促す。


 “死にかけた人間を瞬時に救う”ことはできなくても──

 “人を元気に戻し、病を根から癒す”ことなら、誰にも負けない。


 王都では「効果が出るのが遅すぎる」と言われたこの魔法。

 けれど今、ここでそれは……最強の“命の魔法”になった。


◇ ◇ ◇


 数日後。

 私の作った薬草を使った薬で、長年病気に悩んでいた村の子どもが回復した。


 「ありがとう、アメリアお姉ちゃん!」


 その声に、私はようやく笑うことができた。

 ああ、ここが……私の居場所なんだ。


 その夜。


 村の酒場に、鎧を着た騎士が駆け込んできた。


 「聖女様は……ここにいらっしゃいますか!? 王国第一王子が、ご病気なのです! 聖女様の力が必要で──!」


 私は、黙って薬草の乾燥棚を見上げた。


 王子? 今さら、何を言っているの。

 ──その顔を、もう一度見る日が来るなんてね。


 「……すみません。今は“野菜の世話”で忙しいんです」


 静かに告げて、私は畑へと向かった。

 満天の星の下、薬草たちは風にそよぎ、柔らかな香りを放っていた。

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