三年
ぼうっとしてると、日が暮れる。
寝太郎はそんな三年間を過ごしていた。世の中の様々な流行事は、彼の関心の外だった。
勿論もともとの自分の名というものはあった筈だが、周りの者が彼を寝太郎といい、彼も自分を言い表すのに、これほどしっくりとくる語もなさそうに思われて、寝太郎という名はいつとも知れずに定着していった。
「さて、何をやったものだろうか」
ある日、寝太郎は平生の彼にも似ず、物を考えているようだった。
あまりにものんびりとしていた彼は、そののんびりしているということに対していくらかの申し訳なさを持つようになっていた。
これは大変な出来事であった。これまで誰に何を言われようと一向に響かぬ様子であった彼の内側に、確かな変化が起こっていた。
とはいえそれは確かに一大事だったが、周りの者から見れば寝太郎は相も変わらずの寝太郎であって、誰一人としてこの男に変化を期待してはいなかった。
「なあ」
寝太郎は、手始めに通りがかりの村人へ声をかけた。
村人の内心驚いたことは言うまでもない。今までこの村人は、寝太郎が自分から他人に話しかけた姿を見たことがなかった。大抵の場合、彼から発せられる言葉は「ああ」とか「うん」といった生返事ばかりであり、近頃は彼に話しかける人間もいなかったので、村人は初めて寝太郎の声を聞くような心地さえしていた。
「寝太郎、どうかしたかい」
村人は物珍しい出来事に遭遇した思いで、この男に応じた。
寝太郎が、体を村人の方に向ける。
「俺は、何をしたらいい」
寝太郎は馬鹿のように相手の顔を見つめ、こう問いかけた。
村人は不意をつかれたようで、一瞬ものが言えなくなった。
「何をしたらいいって、お前さん、何かをしたいのかい」
「うん」
そう言ったっきり、寝太郎はしばらく黙ってしまった。
「俺は、何をしたらいい」
ようやく口を開いても、寝太郎は同じことを繰り返した。
これは妙なことになった、と村人は思った。いままで何もやってこなかったこの男に、何事かが出来るとはあまり想像しにくかった。
とはいえ村人を見つめる寝太郎の表情は愚鈍ながらも純粋な気持ちが表れている。村人はこの男のために、何かをしてやろうという気持ちになった。
「よし、寝太郎」
村人は寝太郎の前に座り込んだ。
「何かをやろうというのは、いいことだ。おれもお前のために考えてやろう。きっといいことが出来るぞ」
そう言って、村人は寝太郎に笑いかけた。