いいかげん
「おい、お前…いい加減すぎやしないか!」
ぼんやりと空を見ていたら、突然、中年の男が…にじり寄ってきた。
やや疲れた様相の、パッとしない感じの…、すすけたおっさん。
なんとなく親近感を感じないでもないが…、見覚えはない。
……気さくに詰め寄られるような関係性はないはずだが。
「なんの事だい」
いきなり凄まれても、僕には何の事なんだか…さっぱり分からない。
「なんでこんな適当な結末にしたんだ!俺は確か…生まれた時には、この時代を席巻して終わるはずだった!!どうして全部自滅して終わるんだよ?!ふざけんな!フラグも匂わせもぜんぶチャラとかナメてんのか!!そもそもマイハケオ王国の…」
このおっさんは…、僕が先日発表した異世界ものの小説の主人公のようだ。
僕は、小説を書くことを生業としている。
今までに書いた物語はおよそ300、いずれも鳴かず飛ばずの出来で、大ヒット作には恵まれていないがそこそこ知名度があるような作家としてこの界隈では認識されており……。
「おい!!聞いてんのか!!俺の人生を玩んだ極悪人め!!覚悟しやがれ!!」
凄んで詰め寄ったところで、たかが自分が書いた物語の世界の人物でしかないらしい。やけに希薄な存在感、覇気のない声、凄みのない燃えカスのような…なんだ、こいつ、こんなに華のない感じの人だったのか。こんなボンヤリした人の物語を5万字もかけて書いてあげたとか、僕って結構…優しいな。
「いや、まあ…、書いてるうちになんかわかんないけど、思ってたのと違う感じになってさ。完結だけはさせないと気持ち悪いなって思ったもんだから、最後は適当に着地させたんだよ。あはは」
「あははで済むかっ!!!今すぐ書き直せ!!!俺はこんなクソヘボい物語の主人公でいるつもりはない!!!盛り上がりもないし見せ場もない、これじゃただの凡人の愚痴吐き&恥さらしじゃないか!!俺はもっとできたはずなんだ、それをオマエが適当に!!!」
なんだこの…『お前のせいで俺の良いところが丸つぶれ』的な訴えは。
僕はちゃんと年代から見た目に性格まできちんと設定してやったのに、あらゆる場面でしちめんどくさい凝り固まった発想をしてつまんない台詞をだらだらと吐き続けて…全部台無しにしたのはそっちじゃないか、えらそうに。
「…もう完結しちゃったし無理だよ。なんていうか、もう物語にさ、熱が無くなっちゃったんだよね。書き直すぐらいなら、もっとイキイキとしたキャラを主人公に据えたいな」
「はあ?!あんなにプロット作り込んだのに?!あれは俺じゃなきゃ解決できない案件だろ?!さえないオヤジがモテモテになって、斜に構えた発想ありきの解決法で!!あれだけハーレム展開の構想を練って、現地に赴いて泡の立て方を研究して…お前、どれだけ取材に金かけたか忘れたの?!センボウキョウの感激を100万字で心行くまで表現するってお姉ちゃんに誓ったあの瞬間の出来事を…忘れたとは言わせねえぞ!!!」
こっちが穏やかに済ませようとしてんのに…いらぬ過去をほじくり返してきやがる…。
こういうとこなんだよ、アンタが溌剌とした魅力ある主人公になれなかったところはさ。
……あー、次の主人公は明るくてポジティブなバカにしよう。変に考察してこじらせる、過去の出来事をしっかりデータとして残すような神経質なキャラはこりごりだ。
「そんなこと言われてもね。だいたいさあ、自分の書いた話の中の登場人物に説教されて続き書くやつなんかいないでしょ。そういうスキルを持ってるキャラならまだしも、ただのエロいだけのおっさんなんだし、完全にキャパオーバーっていうか…無謀?」
「じゃあ、新たに物語を書けよう!!まずは若返りを図って、あと知力も倍増しにしよう、でもって見た目をイケメンにしてもちろん下半身も強化するだろ、イケボで魔力もちでエロいメイド召喚するスキルを持ってて、TSぐせのある俺に書き直せば…グフフ……」
……頭悪いなあ、そんなことしたらその時点で新しい主人公が爆誕するだけってなんでわかんないのかね。クソつまんねえ物語の中の主人公に生まれたんだから、別の物語の主人公にはなれないっての…。
うん、なんかいろいろと残念だったね。
ないわー、完全に黒歴史化決定だな。
僕が心底呆れかえると、何やらぶつくさ言っているおっさんはじょじょに薄っぺらくなって…、消えてしまった。
…うん?
なんだ、地面にゴミクズが…いや、これは……文字だ。
ハハ~ン、なるほど、完全に執筆意欲を失ったから、物語がただの文字の塊になって地に落ちたのか。
あーあ、こんな風にはなりたくないものだ。
おかしな完璧主義なんて……持つもんじゃないな。
きっちり書かないといけない、見せ場は盛り上げないといけない、起承転結を意識してメリハリのある物語にしないといけない……ホントめんどくさいことこの上ない。
そもそも物語というのは、自由に書いていいものなんだから自由に書けばいい話じゃないか。別にすべての人に認められるような世界を生み出す必要はないわけで、ぬるい設定で起も承も転も結もない、とぼけた物語だっていいわけでさ。
頭の中に浮かんだネタを文字を用いて文章化されるだけでもすごい事なのに、物語として世界に放流されるなんて…、はっきり言って奇跡だと思うよ?
とびきりの小説家に生み出してもらえなかったのは、おっさんが一般人の脳みそに浮かぶレベルのネタでしかなかったという事であって、物語を書いた作者に不平不満をブウたれるなんて…完全に筋違いであって。
僕に文句を言われても……困ってしまうよ。
神様に対して文句を言う、登場人物の心情ってやつなのかね?
……僕にはよくわかんないな。
僕は、細かい事を突き詰めて考えようというモチベーションを持ち合わせていない。適当なところで納得して、次のシーンに移りたいタイプなんだよね。
几帳面に事象を追及して、謎を解き明かしてご満悦になる要員は…僕じゃなくてもいいわけで。多分、この世には、そういうしちメンドクサイ事を得意とする人は五万といるはずだし…わざわざ僕が出て行かなくてもね。
適当なのが一番いいんだよ、うん。
僕は、こういう自分、わりと好きだな。
おそらくだけど…、僕がこんなにいい加減な人間になってしまったのは、たぶん。
僕を生み出した誰かが……こういう感じで書いてしまったからなんだろうね。
僕には、この物語の結末がわからないけれど……、おそらく、いいかげんな感じに終わるのだと思うよ。
ま、それもいいんじゃないかなってね。
あはは……