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04 『女性は強し』

 いつにもましてスノーの部屋は寒かった。


 レンガとコンクリ、鉄筋で組み立てられたこの部屋は元々外気の温度を部屋に通しやすい。特に冬が近くなるとその寒さは増す訳だが、今この空気も中々耐え難い寒さだ。


 「――――はぁ・・・」


 その元凶たる少女は、オレが少し引くほど手紙を睨みつけ、やがてしかめっ面のまま手紙から目を離す。


 「す、スノー。どうするんですか・・・?」


 「どうして丁寧語・・・。まぁ、私としてはよく分からないんだよね」


 ジト目でこちらを見つつ、軽く伸びをするスノーは元気そうな声とは裏腹に中々一筋縄ではいかない問題を抱えている。


 学校からの入学の誘いだ。


 ローレンス聖女学院。カーリア聖国の真ん中に位置する聖女養成学校だ。国内随一の大きさと歴史の長さを誇るこの学校の初代理事長は伝説に名を遺した大聖女だ。今はその臣下が理事長を引き継ぎ、他の臣下と共に運営をしている。学習面でも優秀な研究者を輩出し、教会を任されるシスターもいるのだという。


 簡単に言えば、オレが入っちゃまずいタイプの場所からの誘いだ。


 しかしスノーはそこを気にしているわけではない。


 この世界は日本と違って、幼稚園・保育園、小中高校、大学、大学院というような教育形式も、義務教育に準じた法もない。生まれた子は環境に縛られ、勉強をする家庭、しない家庭とバラバラだ。スノーの場合は知りたがり屋なところから勉学に取り組み始めたわけだが、スノーは三女。家を継ぐ必要が無いため、勉学を一切しなかったという運命すらもあり得た。


 だから、「学校に通う」ということがどんなことなのかを想像できないのだ。


 「行きたいのかなぁ・・・。勉強するところってなら家でも出来るし、なんか印象ないんだよねぇ・・・」


 「オレは一応あっちでは大学生だったわけだけど、聞かないのな」


 「魔界に学校なんてあるわけないでしょ。聞くだけ無駄。今はアストラの戯言に付き合ってられないよ」


 「ひどくない!? 戯言は流石にひどくない!?」


 情け容赦のないスノーの言葉にオレのメンタルが一刀両断される。半泣きになりそうだがここはぐっとこらえて、恨めしそうにスノーを見据える。これには流石のスノーも慌て顔になりながら息を吐く。


 「そ、そんな落ち込まなくてもいいじゃん。わ、分かったよ。アストラの行ってた学校はどんな感じだったの? 面白いの?」


 「いや、あそこは馴れ合いと騙し合いと内輪ノリが蔓延った愚者の巣窟だ。友人の皮を被った蹴落とし合い、人は資源として見る合理性の化け物の住処、如何にして先生の気を引き、皆から注目の的となるか、はみ出し者は摘み取られ、中身のない規則を脳死で強制され、社会の使い捨て歯車となるように洗脳される。反吐が出ることを面白いと心から思わせる。そんな学校だった」


 「悲観的すぎる!? 嘘じゃないの!? 目がガチなんだけど!?」


 オレの心からの言葉にスノーが戦慄する。


 「オレは幼稚園でヴィジャ盤やって、小学校でオカルト博士って呼ばれて、中学校と高校は出席日数ギリギリになるまで日本と海外の有名な心霊スポットとか悪魔スポットとか散策して、浪人ギリギリで大学生になった身だ。当然だがクラス内じゃ浮いた。しかも陽の者ではなくガチ陰だ。学校の闇深さを直で味合わされる立場だったんだ」


 しみじみと思い出されるのは中学校高校といじめられてきた経験だ。奴らは総じて陰湿な方法でいじめをしてくる。鍛えていたので暴力こそはなかったものの、弁当を捨てられたり上履き隠されたり、ロッカーを破壊されて中に泥を入れられたり・・・。面白がって動画を取って投稿サイトに出していたのを先生に言えば「君にもその責任がある。これは罰だからもっと嚙み締めなさい」と言われる始末。警察に連絡すれば校長室に呼び出されて「学校の風紀を乱した」と謝罪を強要、断ったせいで本来決まっていた大学の内定を取り消された。


 こんなのでもグレなかったオレは褒められてもいい。

 

 「まぁあの学校は最終的にオレが卒業した後色々事件が起こって廃校になったからぶっちゃけザマァ!って気分だけど」


 一番よく知ってる話では突然の大人数の生徒が消失して、一か月後大量の腐乱死体が学校の所有する体育倉庫から出てきたことか。当時の生徒指導教員と教頭が疑われて一家心中、夜逃げと辿った末路は様々。結局犯人は見つからず仕舞いだったが、冤罪で世を去った人は数知れずだ。


 気づけば椅子に座ったスノーは身じろぎしてこちらを見ていた。「うわぁ」とその目が言っている。


 「なんか、いつもただの戯言だと思ってたのにその話だけ信憑性あり過ぎて怖いんだけど」


 「信憑性ってか、事実だぜ。悲しいことに」


 オレだって真面な青春時代を送りたかったと思っている。彼女は無理でもせめて友人一人くらいは欲しかった。無論、叶う前に死んだわけだが。


 度々人の身体が恋しくなる。スノー以外に見えないというのは、逆に言えばスノーが無視すれば誰にも存在を認められないということである。誰にでも見えていたあの身体が懐かしい。


 腕を組みながら昔を想うオレにスノーの反応はなんとも言えない。手紙と再びにらめっこをしているが少しの進展もなくまたすぐに目を逸らす。


 「アストラの行く学校、魔界に学校がある事初めて知ったけど絶対にアストラが異常なだけだったと思うし、そこまで学校が尊厳なき畜生を作る場所なわけがないし・・・」


 「尊厳なき畜生ってオレより例え方がひどいな・・・」


 毒舌というか、語彙が豊富というか。


 しかしあながち間違っていないのでオレは否定の言葉は述べない。


 スノーは手紙とにらめっこを繰り返しているが、すぐに目を背けるあたり全戦全敗なのだろう。「あ゛ー!」とパニックホラー顔負けの奇声を上げている。


 「無理! 決められない! アストラh、・・・参考にならない。論外!」


 「ひどくない!? 契約者に対してひどくない!? 泣くぞオレは」


 「嘘、心から愛してる」


 「おうおうオレも愛してるよ。それよりさっさと決めなさいや」


 「うーん、適当だぁ」


 すでに何度も聞いた言葉にオレは棒読みで用意された答えを提示する。面倒くささマックスなのがバレているのか本人からは呻くような声が聞こえた。


 「そんな机に突っ伏してんなら気分転換でもしようぜ。筋トレと体術の研鑽は必ず答えてくれる」


 「私のほしい答えじゃない・・・。でも気分転換か・・・」


 まるで屍の如き様相でピクリとも動かないスノーがゆっくりと目を瞑る。


 少しの沈黙、後にゆっくりと起き上がり―――、


 「じゃぁ散歩行こう」


 「ん、ええよ。山? それとも村?」


 「今はなるだけ人と会いたくないし山で」


 「了解、虫刺されに気を付けるよう長袖長ズボン必須だぞ」


 本棚にもたれかかり、魔法構造論がかかれた本を読んでいると復活したスノーから散歩のお誘いが来る。しなしな昆布みたいなさっきの体たらくとは打って変わり、今は水分を含んで元気になったワカメみたいだ。


 オレが同行の意思を示すと、スノーはこれ見よがしに喜びながらクローゼットを漁り始める。そのまま流れるように引っ張り出した服を抱えて更衣室へと消えていく。


 外見年齢を日本の基準に当てはめると大体中学三年生か高校一年生くらいだというのに、そのはしゃぎっぷりは出会った頃と何も変わっていない。


 「あれから七年強か・・・、この笑顔と元気はいつまでたっても変わらねぇな」


 「―――? 何か言ったアストラ?」


 「何も。それより下着姿で出てくんな服を着ろ、服を」


 ひょっこりと顔を出すスノーにオレはしっしと手を振る。ここまで長い付き合いをしていると下着姿だろうが何だろうが興奮しなくなってきた。というかオレのデフォルトが服を着ていないので羞恥心とかもなくなっている訳だが。


 それでも貴族の令嬢として下着姿で部屋をうろうろするのはよくないし、オレは過去にそれで風邪をひいたことがあるのでここは念入りに釘をさしておく。


 しばらくして更衣室から長袖長ズボンに着替えたスノーが顔を出す。外出用のワンピなのだろう、スカートが付けられており、その下からは白く細い脚が伸びている。麦わら帽子が似合いそうだ。


 「どう? 似合う?」


 「あぁ、世界一可愛いよ」


 「うわーテキトーだぁ」


 「スノーは大体なんでも似合うからな。感想が被るのはしゃーなし」


 多分だが和服も似合うのではなかろうか。


 元々が割と伝承でよく見る雪女に似ているからなのかもしれない。と、目の前で一回転二回転しその可愛らしい外用服を見せるスノーに日本古来の思いを馳せる。


 そうして言葉にし難い感情に目を伏せていると、おもいきり腕を引っ張られる感覚が脳に響いた。


 「何寝てるの、行くよ!」


 「あぁ、せやな」


 どこから来るのかその怪力は。


 オレは返事したもののそのままスノーに引っ張られる形で部屋を出た。




 ☆★☆ ☆★☆ ☆★☆




 相変わらず森の中は鬱蒼としており、木々の香りが鼻をくすぐる。嗅覚や聴覚が生前よりずっと高くなったせいもあり、一層自然の臭さを感じる。


 「はいはい、寄り道してないで行くよアストラ!」


 「犬みたいな気分だ・・・」


 オレの見ている景色はつい最近切り開かれたものだ。テレジア家が今では辺境の山奥(洪水や津波の多かった当時では重要な役割があった)にあるここは昔は日差しが全く当たらないじめじめした場所だった。しかしスノーパパが切り開いたためか、山頂にしては暖かい。


 テレジア家が山の中腹にあるわけだが、中腹・麓の村までの道のりはすでに舗装されており、その石造りの道筋は万里の長城を思い起こす。家のある山はそこまで大きいわけでもないので万里の長城に似てるとはいえは末端は見える。


 スノーとの散歩は高確率で舗装された山道を歩き回るコースになる。


 「身体を動かせって言ったのアストラなのに、言った本人が動かないとはどういうこと?」


 「若者には分からんかもだが、こうした景色を見ることによってその空間の自我を省みるのさ」


 「性格がおじいちゃんになってない? 私と契約した時から考えると明らかにおじいちゃん」


 「好きなものはみたらし団子に梅干し、酢昆布なオレだが中身はピッチピチの十九歳だぜ?」


 「知らない食べ物ばかり・・・。まぁ悪魔は寿命が無いから本人は十九のつもりなんだろうね」


 「えぇ・・・、本当のことなんだけどな・・・」


 「言葉では取り繕ってても身体は正直なのに~、アストラ爺さんや」


 「そういう君はよく肩が凝ってるじゃないか。もう身体にガタが来てるんじゃないか? スノー婆sアバランチュッッ!!??」


 脇腹を突きながらオレを爺さん呼びするスノーに、オレは冗談返しにスノーを婆さん呼びする。すると刹那、視界が明滅した。


 気づけばオレはその場に倒れ伏していた。反射的に出た断末魔。頬をさすると若干痛い。


 目を上に向けると、ニコニコ笑顔のスノーがおり、血管の浮き出た拳からは煙が出ている。


 殴られたと気づくまでにそう時間はかからなかった。


 そして―――、


 「最低! 最低じゃない!? デリカシーないの!? ・・・元から無かったな。いくら身内同士でも言っていいことと悪いことがあるでしょう!?」


 みるみる顔が赤くなり、笑顔が般若になる。


 「そんなに「婆さん」呼びがいけなかったのか・・・?」


 「そこじゃない!」


 女性が年齢と体重を気にするというのはよく聞く話。それを忘れて「婆さん」呼びしたことが不味かったと思ったが、どうやらそうではない様子。困惑しながら立ち上がると更に脛も蹴られた。ちょっと痛い。理不尽。


 「まぁいいか。悪魔に言っても分からないだろうし。・・・ちょっと強めに殴っちゃったけど大丈夫そ?」


 「そこまで痛くなかったから大丈b、・・・どうしてオレの足を踏むんだい?」


 「知りません!」


 ぎりぎりと踏みつけるスノーの足を見ながら、オレはついさっきまでこちらを心配そうに窺うスノーの表情とかけ離れた現状に大きく息を吐く。


 「何ですかそのため息は! 女性の胸見て「はぁ~」って何ですか! 誰のせいだと思ってるんですかねぇ!」


 「・・・・」


 実は物理的な攻撃はほぼ効きませんとは言えず、なおかつ今はオレの吐く言葉全てが要らん口出しに当たるためその踏みしめには何も言わない。彼女なりの罰として甘んじて受けるのが正解だ。


 しかしスノーが怒った原因はなんとなく察した。彼女が「胸の話」をした辺りから、物事を連結して考えたところ、まぁ、そういうことなのだろう。ちなみに個人的主観で計ると年頃にしては大きいと思われる。そりゃぁ方も凝る事だろう。本人もそこにはコンプレックスがあるのかもしれないので今後は触れないのが吉か。


 「何しみじみしてるの!? も、もしかして踏まれるのが癖になっちゃったタイプ・・・」


 「おうおう、誰がドMじゃ! 後踏んでおいて慄くな! オレはノーマルだ!」


 自身の身体を抱いて後ずさるスノーにオレは目を剥いて叫ぶ。


 ――――。


 叫んで気づいた。


 「ん・・・?」


 何らかの違和感がオレの耳をくすぐる。森のざわめきはいつものこと。鳥や獣の声が聞こえるのは山の中あるあるだが、そこではない。


 風の音。風が木々葉々を叩く音。そこに何か金属的な異音が混ざっている。しかもこのなんとも言えない気配は―――、


 「スノー、オレの後ろに隠れろ。藪から何か来ている」


 「え」


 自身の身体、その掌に意識を込め、その形を禍々しい様相の爪に変貌させる。身体全身を硬質化させ、どんな攻撃を受けても吹き飛ばないように脚に力を入れる。


 スノーの前に立ち、音のなる方向へと目を向ける。数は”三人”。金属音からして武装をしているのは明らかだ。


 「即戦即決、あっちがもしも武器を向けてくるなり攻撃の意思が見えたらすぐさま鎮圧する」

 

 こちとら悪魔だ。生身の人間が武器を持とうともオレには勝てないし、契約者以外からは見えない。


 どんどん近づいてくる足音。息遣いも聞こえ始め、今藪から人影が見える。


 「アストラ・・・」


 「大丈夫だ。こちとら害獣駆除はよくやってるし生前より罪悪感が超薄れてる。スノーに血を見せないで片せる」


 「いやそうじゃなくて・・・」


 「うん?」


 オレが首をかしげていると、前を向けとスノーが顎で指示してくる。そのまま前を向くとそこには部族でも盗賊団でもない、シスターのような姿見をした女性とその後ろから続いてくる男女の姿があった。


 一目で協会の人間だと分かる彼らは壁と手すりを軽々と乗り越えて舗装された道に足を踏み入れる。


 「シスター、ここに来た形跡はないっぽいですよ」


 「舗装された道だわ。新しく、年月も経ってないからひび割れもしていない。一種の防壁になってるってことかしら」


 「全く若い子ぉらは年寄りの扱いがなっとらん。ふー、ありがとねラシエル。助かったよ」


 二人は軽々と、もう一人のおばあさんは不自然な挙動で手すりを乗り越え、虚空に向かって礼を言っている。


 どういうこっちゃと思っていると、オレの横まで来ていたスノーがまじまじとおばあさんが礼を言っていた虚空を見ている。


 「すごい、大きな鳥・・・」


 「鳥? どこに居るんだ?」


 「え? 見えないの?」


 びっくりするスノーにオレはゆるゆると首を振る。スノーの言う大きな鳥が見えない。


 オレもスノート同じくまじまじと虚空を見ていると、ふと道筋に立った執事服の男がこちらを見た。


 「げ、見られた」


 実際は見られていないが、なんとなくこっちを見てきた気がしたのだ。


 瞬間だった。


 「シスター、女の子がいます!」


 「え?」


 「およ?」


 発見、そして周囲に情報伝達。そしてすたすたとオレ等に近づき、スノーの前で跪く。敵意が無かったので止める手が反射的に出なかったのが悔やまれる。


 「なんと美しい女性、慎ましく高貴なお方に出会えたのは非常に喜ばしいことです。ですがお嬢さん、ここは場所が悪い。ぜひとも場所を変えてhぶへらッッ!!!??」


 跪いた男は金髪に金色の目をした美少年だ。その男が自然かつ素早くスノーの掌を持ち上げた瞬間、スノーの持ち上げられた掌が拳の形をとり、男の横面を弾き飛ばす。


 鈍い音が響き、男が半回転して地面に落ちる。


 ぐったりとする男の「うぉふ・・・」という汚い声にハッと目が覚める。殴り飛ばすまで完全に意識が上の空だった。


 慌てて横を振り向くと殴り飛ばした当の本人は、


 「触んな」


 まるで蛆虫を見るかのような目で、その不審者を見下ろしていた。



 

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