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28 『小さくて、大きな戦い』

 心地よい朝日が昇り、聖女としての一日が始まる。


 眠そうな目をこすりながら聖女達が寮から出て食堂へと向かっていく。生暖かい空気が流れる中、大半の聖女達が食堂に集まっていく中、少し遅れてスノーが入ってくる。皆がぼうっとした目で朝ご飯を食べる中、スノーは朝のランニングとラジオ体操を済ませ、完全に覚醒している状態だ。


 「今日もアストラもエルちゃんもルーちゃんも元気でご飯が美味い!」


 初日は美しい所作で食事をしていたスノーだが、今ではがっつくように食べている。それでもナイフとフォークの使い方はしっかりしている為、食べる速度が速いのだろうか。


 ルノーも元気だが、スノーほどではない。若干眠そうな目でパンをかじっている。


 今日の朝ご飯はパンと牛乳、昆布の吸い物に蛙肉(と記載されているが蛙の味ではない)の唐揚げと卵サラダだ。聖職者として脂ものはどうかとも思ったが、地球の宗教とこの世界は違うのだから良いのだろう。


 そんな一部ゲテモノのある朝食をもりもりと食べるスノーはまさに粗大ごみを粉砕する機械のように、大きめの唐揚げをごりごりと音を立てながら粉砕、咀嚼している。


 「まさか骨食ってるのか?」


 「柔らかいよね。お酢とかにつけてたのかなぁ」


 屑鉄をスクラップする時に出そうな音だが、スノーはうまそうに唐揚げを食う。足の部位なので骨付きな訳だが、他二人は綺麗に骨を残している。どうやらスノーの歯と顎が頑丈なだけのようだ。


 「あれ、ルーちゃんとエルちゃん骨残してるじゃん。この骨柔らかいよ~」


 メキベキョゴリゴリブッっと、そんな異音が見えるような気がした。


 骨を噛みちぎり、全てを糧にする勢いでカルシウムの塊りを砕き、ごくりと飲み込む。不思議と艶めかしいとは微塵も思わなかった。そして信じられないようなものを見るエルソーとルノーを見回し、こてりと首をかしげる。


 「どうしたの? なにか変なことでもあったみたいな」


 変なのはお前だ! と心の中で叫んだがどうしようもない。栄養にはなるのでやめろともいえないのが保護者の辛いところだ。


 スノーと関わって分かることは、初対面だと多少の違和感で済むが、次第に異常さが分かるといったところか。


 遅効性の毒みたいなやつだなと結論付け、オレはぼりぼりと骨を喰らうスノーを見やり、それとルノー達を見比べる。どちらも美味しそうに食べているというのに、咀嚼音と食ってるものを見ると途端にスノーだと怖くなる。不思議だ。


 蛙の唐揚げを骨を残さずに喰らいきったスノーはおもむろにテーブル中央部に鎮座する調味料を手に取った。透き通るような綺麗な黄褐色の液体は「魚醤」のラベルが貼られており、おそらく次の獲物は卵サラダだろう。


 ガラス瓶に入った調味料を軽く振り、卵サラダにその液体を垂らす。


 どろりと、小さい穴から少し粘り気を感じる茶色が見え、それが緑黄色の野菜の上にかけられていく。ほんのりと磯を感じさせる独特な臭いと、麹によるアルコール、魚を発酵させたなんとも言えない臭いが入り混じったとろみのある液体がサラダの上で踊っている。


 魚醤は何度か作ったことがあるが、やはり臭いのせいで中々慣れない。味は悪くなく、少量を料理に入れるだけで断然美味しさが違うし、魚の種類によって味も違うのだからバリエーションは豊富だ。臭いさえ除けば、オレも好きになっていただろう。


 スノーは鼻が麻痺しているのか、それともこの臭いに感じるものがあるのか平気な顔してサラダの緑が見えなくなるまで魚醤をひたかける。マヨラーで似たことをする人を知っているが、あれは無臭だからいいのだ。魚醤は訳が違う。


 「・・・・・」


 あからさまに周囲の視線がスノーを避けていた。


 耐えがたい臭いは初心者なら誰もが通る道だ。覚悟失くしてこの悪臭に耐えることは無理と言ってもいい。それはそうといい加減スノーを止めないと卵サラダが魚醤スープになってしまいそうだ。


 「スノー、かけすぎ」


 「えー」


 「「えー」じゃない。かけすぎは体に障る。二十代までの健康は二十代後の健康の先払いだと思え」


 スノーの肩を叩き魚醤を戻すように伝えると、スノーはぶー垂れながらも言われたとおりに容器を元の所に戻す。


 なみなみと注がれた魚醤は卵サラダ本来の明るい色を薄茶色に汚染し、異様な臭いを放っている。RPGの敵が使う毒や呪いの類がまさにこんな感じだ。こころなしか、ルノーとエルソーも目線をスノーから逸らしているように見える。


 若干他の生徒達も目線を変えて、スノーのいるテーブルを中心に誰も寄り付かなくなる。


 「おいし~~! やっぱり魚醤が一番美味しいよねぇ」


 当の本人であるスノーは魚醤に浸かった卵サラダを頬張り舌鼓を打っていた。可愛い笑顔で汚泥を食すスノーの姿は妖精や天使の姿とは程遠い。ポップでプリティーに画像処理した妖怪の人間捕食シーンか何かにしか見えない。


 本人は嬉しいだろうが周りの人間はそうは思っていない。悲しいかな。どれだけ可愛くても食ってるものが常識を踏み潰しているのだから受け入れられないのだ。


 魚醤特有の悪臭を振りまきながらもっしゃもっしゃと黒ずんだ卵サラダを食すスノー。オレが言ってもどうにもならない、怒るに怒れないし怒る理由もほぼこじつけになる。「まず魚醤が調味料として机に置いてあるんだから使っても問題ない」と言われたら為す術がない。


 まさか味方に攻撃されるとは思っても居なかった。


 このままスノーの食事が終わるまで、この場には微妙な空気が流続けるのかと、誰もがそう思っていた。


 「ねぇ、スノーさん」


 黒泥をすするスノーの食事を声が遮った。怒りを隠しながら疑念を多く含んだ声が発せられた。


 がっつくスノーが顔を上げると、対面する席に座り、笑顔でこちらをじっと見つめるエルソーと目が合った。


 「私は個人の価値観に物申すことはしませんが、それでも耐えられない事はあるんですよ?」


 「どうしたのエルちゃん」


 「どうしたもこうしたも、こっちの台詞ですよ。一番美味しい調味料は魚醤ではなく、タルタルですよね」


 そういい、エルソーは調味料棚から他の調味料に比べて比較的大きい瓶を手に取る。「タルタル」とラベルの貼られたそれは地球で言うマヨネーズとお好みソースを混ぜ合わせたようなものだ。しかも油も鶏油を使用しており、カロリーも香りも良い庶民向け調味料として名を馳せている。


 「全く、全く分かってませんよスノーさんは」


 そう言ってエルソーは手に取ったタルタルを並々とサラダにかけた。茶色のでろでろがサラダを汚染し、可憐な野菜の色味が枯れ草の如き様相を見せる。魚醤をかけたサラダが焼け野原と表現するならば、エルソーのサラダは砂に埋もれた遺跡だ。


 「あ、あわわわわわ・・・」


 目の前で綺麗な野菜がタルタルタワーになっていく光景にスノーは愕然としており、ルノーはぎょっとした目でエルソーを見ている。


 「どうしたのエルちゃん、いつもはそんなにかけないのに」


 「以前までは耐えていましたが、我慢の限界なんですよ。スノーさんにも、私の好みにも」


 「えぇ・・・?」


 「こんなキャラだったっけな・・・」


 まるで人が変わったかのようなエルソーの振る舞いにオレは困惑を隠せない。確かにスノーの魚醤汚染は目に余るが、対処方法が化け物には化け物をぶつけるんだよ方式だとは思わなかった。


 「いい? 魚醤は邪悪なの。臭いはひどいししょっぱい。何が美味しいと感じるかは人それぞれだけど、「魚醤が一番美味しい」なんてタルタルへの冒涜だよ。許さないんだよ、それは」


 叩き割る勢いでタルタルを机に置くエルソーの剣幕にスノーが一瞬押された。しかしすぐに立て直す。


 「違うね。間違っているよエルちゃん。タルタルなんて所詮は脂の塊り。鳥の脂でもたくさん食べたら太るし健康に悪いよ。それに味がよくない。不健康食品あるあるの味が濃くて美味しく感じるやつだよね」


 「魚醤だって塩の塊りですよね? そんなに並々注いだら塩を食べているようでは? 脂は運動すれば燃えますけど塩はちがいますよね。それにそんな発酵食品食べたら息が臭くなるでしょ」


 「でもエルちゃん運動できないよね。しないのと出来ないは違うんだよ。ただでさえ運動音痴なのにデブになったら更に機動力落ちるでしょ。それに私の息は臭くないですー。綺麗な花畑のような高尚な香りがするんですー」


 「塩分の取り過ぎは若さの先取りに過ぎないんですよ? やっぱり侯爵家の令嬢には庶民の味なんて分からないんでしょうね。年代が経ったものを好むなんて時代に取り残されますよ」


 「私は別に侯爵家の肩書に思い入れなんてないもん。生まれが侯爵だったんだから仕方ないじゃん。それに過去は消せない。時代の先を行くことは過去から逃げているということだよ。侯爵だからって食習慣はエルちゃんとかと大して変わらないよ、時々野草とか虫とか食べてるけど。魚醤の味が分からないなんて、エルちゃんはまだまだお子様だね」


 バチバチの言葉の応酬に加えて火花を散らせるスノーとエルソー。どちらも引く様子はなく、激しい煽り合いが繰り広げられている。普段あまり目立たないがゆえに、その声の大きさには周囲の生徒もなんだなんだとスノーとエルソーの「サラダにかけるのは魚醤かタルタルか」論争に目を引かれる。気づけば、あのスノーを蛇蝎の如く嫌っているプライド一軍女達もスノー達の論争に気を引かれていた。


 「魚醤は発酵食品ですよね。一種のカビ菌のようなものを身体に入れるなんて信じられませんね」


 「麹菌は体に良いんだよ。取り過ぎはよくないけど、それは油分も一緒でしょ。それに発酵食品を否定したらお酒とか緑チーズとか食べられないよね。紅茶とかも発酵食品だし。エルちゃんは臭いとか見た目で物事を判断するような愚かな人間だとは思わないけどなぁ」


 「それはそれ、これはこれですよスノーさん。人と食べ物を一緒にしないでください」


 「お母さんとかお父さんに言われなかった? 好き嫌いはしちゃいけませんって」


 「別に食べられないわけじゃないですよ。美味しくはないなと思うだけで。その点タルタルは万人に受けがいいですし、美味しいですよ」


 「タルタルも悪くないなと思うけど、やっぱり魚醤の方がいいよ。最高に美味しいのは魚醤だよね」


 「やっぱりおかしいのはあなたの舌の方ですねスノーさん。あと頭も。タルタルこそ至高」


 若干論点がずれているなと思いつつ、敢えてそうしているのかなとエルソーを見る。だが結局はそこに落ち着き、両者「魚醤こそ最高」と「タルタルこそ至高」で一歩も譲らない。胸を張るエルソーに相手への理解を示しつつそれでも原点は変わっていないスノー。


 どちらがいいか、完全にのけ者になっているルノーに聞かないのは両者それぞれに一抹の不安があるからだろうか。


 しばらくお互い無言のにらみ合いが続き、オレも居たたまれない感情に悩まされて傍観者になろうかと背を向けた辺りで状況が変化した。


 しびれを切らしたのはエルソーの方だった。


 「・・・このまま行っても平行線です。スノーさんがここまで自らの意見を曲げない頑固者だとは思ってもみませんでした。だとすれば、今ここで私が出来ることは一つです・・・」


 「エルちゃんにできることは謝罪以外何があるの? 魚醤バカにした罪を雪ぐ以外何もないでしょ」


 「そういうところですよ傲慢女・・・。絶交ですよ」


 「絶交?」


 恨み言を言うようにエルソーが人差し指をスノーの鼻に突きつけた。いつもの怖気づいた表情や仕草からは想像もつかない堂々とした態度。そこからさらに相手に物おじしないような言動にスノーもオレも鼻白む。


 あまり実感がなさそうにスノーがエルソーの言葉を繰り返す。


 エルソーは「そう」と頷き、


 「価値観が合わなければ、賛同してもらえないなら別れるまでです。スノーさん。さようなら。もうしばらくは、私に関わらないでください」


 「・・・・。エルちゃんは、私との友好を断つことが私に効くと思ってるんだ?」


 「・・・・・」


 「どれだけ強い札があってもね。使い道と使う相手を間違えたら、その効果は十分には発揮されないんだよ」


 それはまるで先輩が後輩に言い聞かせるように、スノーはエルソーの言葉の選択が誤りであることを伝えた。スノーにとってエルソーは初めての友人だというのに、スノーはあっさりとエルソーとの関係を終わらせることを許したことに、オレは驚きを隠せない。「本当にそれでいいのか」とスノーに聞く感情を抑え、「何か理由がある」と踏んだオレはスノーとエルソーのやり取りを最後まで見届けることにした。


 エルソーは何を思ったか少し黙り、しかし前言撤回はしないようでくるりと右回り、スノーの席から離れていった。


 「ちょ、ちょっとエルちゃん!」


 生徒達の間を堂々と潜り抜けていったエルソーに、普段とは明らかに様子の違う彼女を心配してかルノーが立ちあがりエルソーの後を追いかけた。


 少しのどよめきと困惑、そして第二の論争が生まれる音の中、スノーは別段気にした素振りもなく魚醤サラダに手を付け始める。


 スノー=テレジア。彼女の信念がよくわからなかった。

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