表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/29

27 『もふもふ』

 新体育館の中、空が開かれた巨大な芝生の上で天使との交流が行われていた。各々の生徒が杖を媒介に天使と言葉を交わし、天使の反応に四苦八苦している。


 題目は「いかに天使と言葉を交わし、仲良くできるか」である。


 一年生という情緒的にも身体的にもまだ幼い子供達。日本で言う中学生あたりだろうか。その子供達が杖に言葉を乗せて天使と言葉を交わす。意思と意思の交流だが、天使の方がだいぶ子供たちに譲っているように思える。例えるなら人の赤ちゃんに構う母犬といったところか。顔も形も大きささえも違うというのに、天使の在り方は、人に対しては良く言えば母性的、悪く言えば愛玩動物を愛でるように映る。


 それに気づかないようで、生徒達は意思の交流に一喜一憂しており、改めて天使と人間の契約関係が長く続かない理輔の一端を見た。


 むしろそんな、普通の人では気づけないようなところに目が行ってしまうのは、オレが人間ではなくなり、悪魔としての生を歩んでいるからだと感じさせる。そんな人の感覚との別離を誤魔化すように、掌に感じるもふもふを全力で堪能する。


 「「私としては今まさに、自分の意思に関係なく身体を弄ばれている感覚が気になって仕方がない」ですか・・・。ど、どうしてなんでしょうかね?」

 

 わずかな抵抗を抑え、指先で顔面や羽、身体の毛と言う毛をもみもみする。もっふもっふと音のしそうな丸みのある身体に、肉食動物がモチーフとは思えないハムスターの顔面。蝙蝠型の天使と相対し、交流をするエルソーは若干目を逸らしている。


 「アストラ、やり過ぎはよくないよ。私にももふもふさせて」


 顔をうずめたいが、そこまで大きくないことを残念がりながらも両手はハムスター顔の天使、ハム助の身体を揉みしだく。だが、そこに待ったが入った。


 横を見るとスノーがオレに両手を広げている。正確にはオレにではなく、このハム助にだが。


 目をキラキラさせながらが鼻息を荒くするスノーに一瞬ためらいが生じたが、エルソーも受諾しており、そう簡単に天使が圧死することもないかと考えたオレはハム助の後ろ首をつまみ、スノーの両手に収めた。


 「きゃ―――っ!! かわいいいいいい!!」


 「「く、くるし・・・・」って、え、えぇと、もう少しお手柔らかに・・・」


 オレにとっては小鳥のような感覚のハム助だが、人間を基準に見ると兎のような大きさだ。それが今、スノーの両腕と胸によって挟まれ、鼻をうずめられている。羨ましい限りだ。


 エルソーが読み取ったハム助の意思を汲み、スノーに進言するが聞かれていない。


 「すぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっっ、はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 「「吸うな吸うな! ちょ、この子なんとかして・・・息を吹きかけるぬぁぁぁぁぁぁ!! ぁ、良い匂い・・・」と、言ってます・・・」


 「顔面が少しも変わっていないのにそんな意思が・・・。しかし鼻はうずめられるか」


 あとでオレもうずめてみようと思いながら、ハム助の抵抗が弱弱しくなっていく様を見る。天使と契約できず、まともに触れ合う機会のなかったスノーだ。天使の頑丈さを信じて、もう少しもふもふさせる時間を上げようと思う。


 死にかけの魚のように抵抗が少なくなっていくハム助と、もふもふと言うか最早落としにかかっているスノーを生暖かい眼差しで見ていると、スノーの後方からこちらに走り寄ってくる人影が現れた。


 「スーちゃん、エルちゃん!」


 走り寄る生徒。その後ろを人型の天使が追いかける。


 「ルノーしゃんでしたきゃ」


 「また舌噛んでる。それにさん付けはしなくても・・・。それより、私の天使格好良くない?」


 相変わらず強い人見知りの癖が出て近づいた人物の名前を言おうとしたエルソーが舌を噛む。その様子に呆れながらも勢いよく話題を変えたルノーが、背後についてきた天使を自慢する。


 人型ではあるが、その風貌は物語に出てくる騎士。しかし剣の妙な豪華さと羽織るマントから勇者にも似ていると思えた。顔はイケメン寄りだが、どこか二次元臭く、RPGゲームの3D勇者のような風貌であり、不気味と言えば不気味寄りである。


 絵画を無理やり立体的にしたような妙な角付き具合には、オレも少しばかり警戒してしまう。


 「格好いいと言えばそうなんだが、ポリゴン加工されたようにしか見えねぇ。中に誰か入ってるって言われた方がまだ納得感があるな」


 「ぽりごん・・・? ですが確かに違和感あります。人ではない人というか、うーん・・・」


 エルソーが呻りながらルノーの天使を見る。表現する単語が見つからないようだ。流石にビット系の専門用語はないらしい。

 

 「「みんなよろしくな! 俺はまだ天使としてはぺーぺーだけど、ルノーの為に強い天使になるぜ!」って、あまり言葉は交わしていないのになんか通じ合ってる気がするの」


 ルノーが天使の言葉を伝え、それに合わせるように天使が腰を折って一礼する。かなり礼儀正しいようだが、熱血系の物言いにしてはかなり違和感がある。人差し指を天に掲げて腰に手を当ててでもしないとちょっとキャラに合わない気がしてならない。


 身軽な格好に肩と膝あて、帯刀し、その様は正に流浪の勇者と言えるだろう。これで他人の家の壺を割ったり、宝箱を開けたりすれば紛うことなき選ばれし勇者だ。


 「エルちゃんの天使は、・・・スーちゃんの持ってるこの子?」


 オレの気持ちを余所に、ルノーがスノーに抱かれてダウンしているハム助を覗き込む。さながら初めてペットを飼い、嬉しさと好奇心でもふもふして衰弱させたような状況だが、羽の生えた大きめのハムスター顔の天使だ。おそらくタフだし、これはもふられても仕方がない。


 「「あばふぅ、・・・かゆ、うま」・・・・・」


 「いちいち言わなくてもいいぞ。あの疲れ切った顔面なんだ」


 なんだかゾンビになる奴の手記みたいなことを言うハム助が、スノーの腕から解放されてルノーの掌に渡される。犬のような巨大な体躯なのですっぽりとルノーの両手は覆われたが、ルノーの表情からして人の感覚でもさして重くはないようだ。


 「かわいいね、ね。「確かに可愛いな」って。分かる~」


 ぐったりとしたハム助の心情やいざ知らず、ルノーが勇者天使にハム助を見せ、一緒に和んでいる。


 そのすぐそばには、少し名残惜しそうにルノーに渡したハム助を見るスノーの姿があった。


 「・・・むぅ」


 「お前のじゃないからな。エルソーの天使なんだからな」


 「分かってますよう。ただ、良いなぁって・・・」


 「天使と契約することか。確かに呼んだら来るし、可愛いから格好いいまであるもんな」


 「アストラだって呼んだら来るし、格好いいし博識じゃん。そういうのじゃないし、違うよ」


 「分かっていないなぁ」とスノーがため息を吐き、首を横に振るう。何気に褒められたのがオレとしては恥ずかしい嬉しいが混在している。しかし違うらしいので、オレはそのままスノーの言葉の続きに耳を傾ける。


 「私が羨ましがっているのは、もふもふ感なの」


 「もふもふ感? それならオレの羽とかもふもふじゃねぇか」


 「違うね。アストラの羽は確かにもふもふだけどあれはすべすべでもあるから。あと安心感がない」

 

 「安心感て」


 謎の尺度によって安心感が足りないと言われ、オレは自らの背に隠した翼を出し、自らの掌で撫でてみる。うむ、もふもふだ。しかしスノーは「ちっちっち」と人差し指を揺らす。


 「アストラの羽はすべすべもふもふだけど、見た目がおどろおどろしいの。破けたマントみたいな不安さに空全体を覆いつくしそうな大きさ。見た目を相まって正直かなり怖いんだよね。私はもう長い付き合いだから慣れたけど、普通の人が見たら触りたくないよ」


 「中々、手厳しいことを言ってくれるなぁ」


 頭をかき、そんなに異様な目で見られるかと我ながら自分の翼をしまう。オイルでも使ったかのように滑らかすべすべなオレの翼だが、毛が生えている向きと逆から揉むともふもふするのだ。スノーが寝落ちをした際はいつもこの羽で温めてきたというのに、心外な評価を受けたことにショックすら感じる。


 それはスノーも思っていたのか、少し言い過ぎたかとちょっと頭を下げる。


 「ごめん、言い過ぎたかも。でもアストラだって目を覚ましたら魔獣の口の中だったってなったら、怖いでしょ? いくらその魔獣が善意でやってたとしてもさ」

 

 「例えとしてこの上ない説得力だなオイ。そうか、魔獣の口の中か。謝った後に更なる追い打ちをかけているのは目を瞑るとして、そんな威圧感あるのか」


 他人の目から得た主観的善意は悪意とも捉えられるというわけか。


 やはり見えないと言っても、人の目と言うのは重要なものだ。他者評価を気にしない性格とはいえ、身勝手は振る舞いは避けるべきだろう。


 新たな知見を獲得したオレはまた、自らの在り方を考えるよう顎に手を当てる。悪魔であるオレだが、姿勢を考えねば見える人間に要らぬ不快感を与えてしまいかねず、そうなればオレの生存が危うくなる。


 潜在的な危険に未来で置こう最悪なパターンを考えているとふと上空に、ルノー達に向かって何かが飛来してくるのが見えた。


 「――――ッ!」


 すさまじい動体視力によってそれを感知し、オレは素早く迎撃する。瞬時に滑空する存在の真上に跳躍し、真上からその物体を蹴り落とした。


 水気の多いハンバーグ生地を落としたような音と共に謎の化け物が地面に叩き落され、何度かバウンドして動かなくなる。着地してみると、大人程の大きさをした人間。しかし顔と足は鳥のそれであり、背中には翼が生えていた。


 文字通り鳥人間コンテストとかに出てきそうな見た目をしている。

 

 「アストラ、何があったの?」

 

 「なんか飛んできたんだよ。天使だと思うが、ひとまず蹴り落とした」


 「近づくな」とスノーに言い、オレは鳥人間に近づく。目を回す鳥人間はぴくりとも動かない。


 「流石に全裸ではないか。キトンみたいな服装だが、どうにもツギハギな感じだ。この鳥の顔面、絵面的にエジプトの壁画でありそうだが、服装はギリシャの一般服だ。羽は、・・・これまたよくわからんな。ナスカの地上絵みたく全体的にカクカクで羽毛が一切ない。骨組みだけで飛んでたとか天使の界隈は本当に狂ってるな」


 蹴り落とした時は少し焦っていて全体像を見る暇がなかったが、ここでじっくり見ることが出来るとも思っていなかった。


 オレの予想の斜め上を行く天使の生体に若干オレは困惑する。天使と言えば絵本や教科書からある程度はちゃめちゃな身体の構造をしており、人間とは別種の生命体であることは承知済みだ。だが、ここまで合ってないものを無理やり合わせたようなものとは考えもしなかった。


 ルノーの天使やエルソーのハム助とも違う。確かにあれらも違和感があったがこの天使ほどではない。


 例えるなら、勇者天使やハム助は銃火器の先端に刀がついている、不細工な銃剣と言った感じだが、この天使は銃火器の先端がハンマーになっており、利便性も何がしたいのかもわからない。だが奇跡的な接合によって違和感を感じながらもちゃんとした生命体に見えてしまう。


 異質な存在であり、ルーツもよくわからない。そんな分からないだらけの存在について新たな知見を得ていると、こちらに急ぎ足で近づいてくる人影が多く見えて、

 

 「きゃー! 私の天使が、こんな、ひどいですわ!!」


 オレは見えていないようで、倒れ伏した天使を見て生徒が悲鳴を出す。それにつられて後ろの生徒達も現状を見てそれぞれの反応を示した。


 「こんなひどい仕打ち・・・、いったい何が・・・!」


 「サリー様の天使が、誰がこんなむごたらしい仕打ちを・・・」


 「気高き天使をこうもひどい・・・」


 等々。


 どうにもこのサリーと言う奴の天使がこの鳥人間のようだ。というか、少し既視感がある。このサリーと言う奴に。


 どこでこの名前を聞いたのだったか、オレはまたもや思考を巡らせる。最近、考えてばかりなのはオレの役得と言うやつなのだろうか。


 サリーは倒れた天使を抱き起して視線を巡らせる。怒りを滲ませる目で周囲を見回すと、ふとこちらを、というかオレを見るスノーと目が合った。合ってしまった。


 「―――あなた」


 途端すさまじい鬼のような形相を覗かせて、サリーがスノーに詰め寄る。


 「この欠陥女。自分が契約できなかったからって他人の天使を攻撃するとか酷いじゃない!?」


 「欠陥女って自己紹介? あんまり自分を卑下するのはよくないよ。後、私はもふもふの天使以外興味ないから手なんて出ないよ」


 「自己紹介ですって!? 私がぁッ!? ふざけんるじゃないわ! それにあなたは天使に優劣をつけるのね!? そんなのだから契約できないんじゃなくて?」


 「え、だってもふもふは良いでしょ? 確かに筋肉質で博識でちょっとお茶目でイタくて、でも優しくて私を一番に考えてくれる年上の男天使もいいかもだけど、もう居るからやっぱりもふもふが良いよね」


 「何の話ッ!?」


 本当に何の話なのだろうか。


 サリーの猛攻にスノーは少しもひるんでいない。むしろ天然ボケと鍛え抜かれた煽りスキルでサリーを出し抜いている。淑女の「し」の字もなさそうな煽り返しにサリーの顔色が信号機のように目まぐるしく変化する。


 「あなた、友達からバカとか言われない?」


 「言われないよ?」


 「~~~~~ッ!!」


 サリーの煽り耐性が低いということもあるのだろう。反論になっていない反論をぶつけるがスノーにばっさりと切り捨てられ、唇をかみしめるサリーは、実に哀れなものだった。だが、相手が哀れだからと言って手加減する義務はない。


 「ねぇねぇ、もう話は終わり? わざわざ詰め寄って、ありもしない悪口ひっかけて、それが嘘だとバレたら今度はだんまり? 底意地が悪いね。狡いよね。自分が相手を弄るのは良くて、自分が不利になるのは嫌なんだ。被害者意識の塊り。自己中の虫けら。息吸って悪口しか吐けないならそこらの空気清浄機の方が仕事してる」

 

 「・・・・!!!」


 未来の聖女。その卵とはとても想像のつかない煽り文句が、美少女の口からあふれ出て止まらない。サリーは俯き何も言わない。前髪が垂れて表情は分からないが、杖をへし折らんとするほどに拳に力を入れていることから、穏やかではないのは確かだ。


 見れば、スノーの口撃にサリーの取り巻きならびにルノーとエルソーもドン引いている。こころなしか、ルノーの勇者天使とハム助もドン引きしているように見える。


 「聖女ってか、悪魔だろ。デリカシーと道徳観どこに忘れてきたんだあいつ・・・」


 煽り方と言い、語彙と言い、確かにオレの英才教育の賜物であることに間違いはないが、煽り合いに置いては、間違いなく敵意を持った相手を思いやる気持ちをどこかに忘れている。今度時間がある時にでも兵法について教える必要がありそうだ。


 「ねぇねぇ、結局あなたは何が目的だったの? 私含めて関係ない人を巻き込んで、恥ずかしいとか思わないの?」


 「・・・さい」


 「なんて? 人に何か伝えるときはもっとちゃんと、聞こえるようにハキハキ喋らないと。独り言だったら相手に聞こえないように言うべきだよ。ほら、一言一句、丁寧に、聞こえるように言わないと。はいっ、せーの!」


 「――――イカロス、こいつをぶっ飛ばしなさい!」


 すさまじい煽り口調。本人は煽ってるつもりなど一切ないが、ついにその減らず口はサリーの堪忍袋の緒を切ったらしい。肩を震わせ、はじけるようにサリーが叫ぶ。憎悪と敵意に歪んだ眼がスノーを捉え、杖の先端をスノーの鼻先に叩きつける。


 「―――ッ、しまっ」


 同時に倒れ伏していた天使がおもむろに立ちあがり、オレの不意を突いてスノーへと飛び掛かる。まさか今さっきまで倒れていたのは演技だったというのかと、考える暇もなくオレも続いてスノーに飛び掛かる鳥人間に飛び掛かろうとして―――、


 「はいそこ、危ない」


 風を切る音と共に虚空から鎖が飛来し、スノーに掴みかかる寸でのところで鳥人間をあっという間に捕縛した。


 横やりを入れられたサリーは目を丸くし、イカロスと呼ばれた鳥人間は全身をぐるぐる巻きにされながらも視線を鎖が放たれた場所に向ける。


 一体何が、誰が、と困惑する前にイカロスを縛り上げた魔法。それを放った本人が生徒の間から姿をだした。


 「エルザ先生か」


 エルザ先生は疲れた目をこすりながら、杖先をイカロスに向ける。


 「おぉ、怖いなぁ。そんな目で見るなよ。私は教員として子供達に手を出させるわけには行かないのさ。契約者からの命令を良いことに暴力なんて、頭を冷やした方が良い」

 

 そう言ってエルザは杖をくるりと回す。たったそれだけの動作でがんじがらめになったイカロスは身体全体を光の粒子に変えてはじけた。


 死んだ、というよりは帰ったのだろう。天界へ強制送還されたと見える。出現した時と同様に消えるときも光の粒子となるようだ。


 これでスノーに向かう牙はなくなったかと安堵したが、事はまだ収束していない。


 エルザ先生はサリーの目の前に立ち、杖を差し出すように求めていた。


 「サリー君だったか、君は天使がどれだけ危険な存在か認識していないようだな。罰として、君の杖に少し制限をつける。渡し給え」


 「ただちょっかいかけただけよ! 杖は渡さないわ! あいつだって私を馬鹿にして・・・!」


 「ちょっかいか。違うな。我々人間を鼠や鳥と例えるなら、天使は猫だ。猫は戯れているつもりでも奴の爪や牙はこちらにとっては致命傷だ。天使のちょっかいは、人にとってはちょっかいでは済まされない」


 怒っているようでも笑っているようでも、ましてや悲しんでいるようでもない。淡々とした語りと共に指揮者のように杖先を軽く上げる。それだけでサリーが握りしめていた杖がするりと彼女の手から抜け、弧を描きながらエルザ先生の手に渡った。


 「あ、杖っ!」

 

 「いけないな。ちょいちょいちょいっと、ほら、返すよ」


 エルザ先生はサリーの杖に杖先を向けて何かを描く。円を描き文字のようなものを描くのが見えるがそれも一瞬の内に終わり、サリーの方へ杖を投げ返した。


 サリーは慌てて杖をキャッチ、すぐさまなにかされたであろう杖の中央部を見るが何もないようで焦り半分安堵半分の顔持ちでエルザ先生を睨む。


 「そう睨むな。一定期間、天使を召喚出来なくなるだけさ。天使の正しい知識を身につけないと将来、碌でもないことが起きるからね」


 「~~~~っ!! だったらあいつ! あの出来損ない聖女の杖だって封じないと不公平じゃない!」


 もっともな意見にそれでも納得できないと、激昂するサリーは指先をスノーの叩きつける。何も不公平じゃないどころか、先生の介入によってスノーの当然のやり返す権利が失われていることについては、こちらが不公平という立場だろう。


 感情的になり、目元が赤くなるサリーにそれでもエルザ先生は毅然とした態度を崩さない。


 「あの子も口が過ぎるとは思うが、問題の原因は間違いなく君だ。むしろあそこまで煽り散らしている分、天使という脅威に対する認識が甘いところもあるがそれとこれとは問題が別だ」


 「私は男爵の出なのよ! あそこの庶民と私を比べるって言うの!?」


 「遥か昔の大戦以降は貴族制度は名前だけ残って廃止されただろう。そんな偉ぶり方してたのだって何千年前だと・・・。はぁ、とりあえず君は一定期間召喚はできない。それを理解し、反省し給え」


 回れ右をしてその場から去っていくエルザ先生に、相手にされないと悟ったサリーは目いっぱいに歯噛みし逆恨み激しくスノーを睨む。


 「というか、爵位的な話をするとこっちの方が結局上だからな。貴族を自称するなら猶更人との対話の仕方くらい知っているだろうに」


 スノーはこれでも人との距離感とか話し方とかは大丈夫なはずだ。口喧嘩となると途端に語彙の火力が上がるが、それ以外は健全な女の子だと言える。


 今では貴族と言えどその権力はなく、名ばかりのものだ。「辺境伯」なんて呼びなれた肩書でしかなく、町の町長を呼びやすくしたのが正にそれだ。実際は一族ぐるみのあだ名のようなものだが、サリーはそれが現代でも通用すると思っていると見える。


 実際通用するならなおのこと、ノーブル・オブリゲーションを貫くべきだろうに。


 サリーは憎らしくスノーを睨み続けて、結局その日の授業はその後何も起こることもなく平和に終わった。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ