26 『流浪者と騎士』
北の国には他の国々とは一線を画していることで自他ともに認めるほど異質な国家がある。
巨大な土地を生かし、様々な実験が行われ、数々の研究機関が作られたそこでは、魔法だけでなく、魔術、科学に力を入れている文明国家でありながら、国民の大半が兵士であるという修羅の国でもある。
「国民は皆、夜叉であり、一振りの剣である」という教訓をモットーに、国民のほとんどは素手で熊を倒せるほど鍛えられ、その英才教育は赤子の頃から始まっている。
そんな全て筋肉が喋りそうな国家だが、一部国民は「科学者」の道に進み、大発見や新兵器を作ることに躍起になっており、その魔法と科学を合わせた混合技術は世界でも高く評価されている。
ローレンス聖女学院を取り囲む巨大な壁や、近衛騎士や軍の扱う魔槍砲や精霊専用武装魔法。隣国の扱う巨大な空中艇、対空魔法要塞等、有名な機械や武装のほとんどがその脳筋国家の出である。
そんな国だからこそ、幾つかの成功作の下には大量の失敗があり、その中の一部には倫理観に緩い北国でも門外不出の禁止令が発布され、実験と研究機関が消されるほどの大惨敗を噛ましたものがある。
「纏穢腑」と、言うものがある。
悪魔が人に憑くと、その人は狂暴化し、人並み外れた身体能力を持ち、魔術を行使するようになるという特性を利用し、強い人間に強い悪魔が憑いた状態でその人の皮を悪魔が憑いた状態で剥がせば、鎧よりも強い法衣が出来るのではないかと言う、倫理観と人の命を犠牲にした悪魔的実験。その最終目標であった法衣が、「纏穢腑」というものだ。
大事な条件として、幾重にも皮を重ねて織り、かつ生きている状態で剝ぐことが重要となるというこれまた悪魔を超える残虐さ、冷酷さ、無慈悲さを兼ね備えた鬼畜の所業が求められた。
当時の研究機関が推測した「纏穢腑」の効果は、「装着した人の身体能力がすさまじく向上し、上位悪魔の魔術を耐え、攻撃を無力化し、剥がれた皮に宿る悪魔の力を無償で行使できる」というものだった。この実験が成功していれば、修羅の国である「幕架」は千年前の魔神戦争で、兵士の各国の戦士の生存率を大きく上げたに違いない。
成功していれば、の話である。
囚人を利用した実験の末、全国の刑務所の中に居た永久囚人の九割以上が失敗の末死亡し、死刑囚は全員使われたという、失敗もいいところという大惨敗で実験の幕は下ろされた。
悪魔憑きを利用すると言った鬼畜の所業に、残虐な実験によって昼夜問わず研究機関では囚人の絶叫が響き渡った。大量の死体に絶えない断末魔に精神をやられて研究から逃げ出す科学者も多かった。
最終的には国がこの実験を永久凍結し、実験そのものを破棄するなどの強硬策で「纏穢腑」は空想上の最強最悪の法衣となった。
しかし、そんな法衣がもしも、・・・もしもだ。
もしも、存在していたら、この世はどのように転ぶのだろうか。
「君さぁ、今さっきから怪しいんだよね。何こそこそしてるわけ?」
話は現実へと戻り、カーリア聖国のとある山の頂上で黒い装束を纏った不審者に話しかける人影があった。
ゆらりと振り向く不審者の下、月明りに照らされて人影が姿を現した。
木々の影が取り払われ、真っ白の制服を着た学生がその顔を映し出す。
「何故学生が? そう思っただろうね。まぁその答えは簡単だ。僕という高尚にして高貴、原点にして全ての光となりえる僕の存在する地では、隠し事はできないのさ。何もおかしな話じゃないよ。僕は平等に人に光を注ぐ者。光を持ち、光を浴び、光を見る、光に焦がれ、光を求め、光に存在する全ては、僕の意思と博愛の下に成り立っているのだから」
一足一足が空気のように軽く、しかし無視できない存在感を放っているその青年は、不審者を侮蔑したような眼で見下しながら、聞いてもいない返事をする。
不審者は真っ黒な装束の隙間からその学生を睨み、脅すような低い声で問い掛けた。
「・・・何を見た?」
「おかしな話だよね。僕は普段は相手に敬意を払い、「です・ます」口調にしているけど、君に対してはこれと言った礼儀を支払う意味がないように思えてならない。それは一概に、僕が一般人として馴染んできたから、というのが理由ではないだろうね」
「答えになっていないな」
「何か工作しているように見えたけど、僕はそれに関する知識は持ち合わせていない。できればじっくりと見ておきたいし、なんなら回収したいんだ。丁度新入部員に自慢できるし、あの中二病に高貴な自分の存在を知らしめることが出来る。だけど残念ながら、それは何か仕掛けるものではなさそうだ」
やれやれと言った表情で、青年は首を振る。なんとも人を馬鹿にしくさったような言動だが、不審者は意に介した様子もなく、青年に手を振る。
「帰った帰った、学生さん。アンタには悪いが、ここはさっさと帰った方が身のためだ。・・・安心してくれよ。俺は少なくとも、この街の住人で、今夜はちょっと物思いにふけりながら、故人の好きだった花冠を作ろうって・・・」
「じゃぁ猶更、僕は一生徒として君という不審者を見過ごせないなぁ」
青年の解答に、不審者は黒装束の上から分かるほどに不機嫌さを表した。
「言ってるだろ。俺はただのここの街の住人で、この山も子供の頃よく遊んだ場所で」
「―――ここは、ローレンス聖女学院の敷地内だ」
「――――ッ!」
不審者の顔が歪み、反射的に青年の方に攻撃の姿勢を取る。さながら死神のような不気味な装束に、顔も髪と布でよく見えない。
だが、青年は淡々と続ける。まるで、不審者が怖くもなんともないかのように、子供に対峙する子供のように。
「聖女学院は男子禁制の乙女の楽園であり、男性も教職員だけ。僕は特別に許された存在で、普通は許されない。そして学院は千年前から敷地の拡大も縮小もしていない。外部とは壁で隔てられ、一般人が中に入ることは不可能だ」
明かされる場所の真実に、不審者の肩が震える。
冷風が吹き抜け、不審者はゆったりと姿勢を低くして―――、
「それは、一縷の光であり、意思と魂と断罪の結晶。―――裁断の光であった」
まるで小説のようだった。詠唱でも呪文でもない、小説の一文のような文が読まれた。
直後、である。
青年のすぐ背後に十字架を象った巨大な剣が顕現したのだ。まるで光そのものと言わんばかりの熱と光を放ち、寒くなる山頂を暖かく照らし、白に染めた。
「―――知らん魔法だな」
ぼそりと呟き、不審者は青年の手元を見る。
朝日の昇ったような明るさが真夜中の山頂を照らし上げ、冷風は十字架に当てられて温風となる。劇的な変化の源である青年の手元には法典らしきものが展開しており、そのページがばらばらと音を立ててめくられていく。
「ただの学生として、と言うべきなんだけど、君相手に学生を名乗るのは少し僕を過小評価してしまってダメだな。僕と言う存在が、高貴さを貶してはならない。常に一定であらなければ、ね。だから」
青年を中心に空気の色が変わる。主に無色透明から、光ある白色に。
青年は堂々とした態度を崩さず、しかし声音は少しだけ変わり、不審者の方をみて逃さない。
「僕は、白純騎士団『審判者』。グリア=トゥルーバイブル」
「騎士団・・・」
自身の所属と氏名を名乗る青年、グリアは含みのある言い方をする不審者に対する攻勢を崩さない。だが手を出さないのは彼が騎士であると同時に、彼自身の自信の表れでもあった。出自も目的も所属も不明の不審者を一人の戦士として見ている、平等な目をしていた。
不審者は少し目を伏せたが、「いや」と思考を破棄し、装束の奥の暗闇からグリアを見る。
「魔法の類は、俺には通じない。魔術にしても、だ。武器をしまって帰るなら、俺もお前のことは忘れるが」
「あのさ、僕は確かに騎士団で、「神聖」から選ばれた『審判者』だ。礼儀・礼節を重んじるのはあくまでもそれが相手に対する平等の意思な訳。相手を自身と同等として、戦う戦士として扱っているだけに過ぎない。守る必要のない戒律だし、醜悪で劣悪で劣等な愚民に対して、高貴で高邁で高尚で誉れ高くて万物の根源たる僕が接すること自体が価値のないことだ。でも僕はそれを守っている。なら、君も僕の信念を尊重すべきだ。それを唾棄するのは間違ってる」
「長いなぁ、語りが。ただの最後の意思確認だってのに・・・、何がそこまで怒らせるかなぁ? でも退きはしないんだろ?」
怒気を孕んだグリアの言葉に、不審者はげんなりと肩を落とす。正に感覚としてはとても立派な肩書の付いた人間がたった一言に勘違いした挙句冷静にキレ散らかすのを見るのと同等だ。
落とした肩を上げることはなく、不審者は答えの返ってこない問を投げかけ両手をだらりと垂らす。
温風が吹き抜けるが場の空気は張り詰め、何が決起となって暴発するかは分からない、一触即発の状況となった。
「―――それは正に悪鬼を狩る、降魔の矢」
「ッ!!」
何か前兆があったわけでもなく、変化は刹那にして劇的に起きた。
わずかな速さで不審者が先に行動し、虚空から降ってきた一矢をすれすれで避ける。青白く光る一矢は落雷を超える速度で飛来し、残像を頭部が空撃ち抜き、衝撃で四散する。
「神は未だ見えず。しかしその尊き意思は、世界の注意を惹いた。満身創痍の彼の心を支えるように、まさに昇りゆく陽火の如く。その意思と信念を今再び呼び起さんと―――」
「しぃっ!」
先制攻撃を許してしまった不審者はすぐさま虚空から剣を取り出す。それを逆手で持ち、稲妻の速さでグリアの懐に潜り込み、愚かにも自身に攻撃を仕掛けた代価を払わせようと、凶刃を彼の喉元に突き立て、そのままグリアの頭と体が離れる―――。
「ッ!?」
だが、矛先は彼の喉を貫かない。否、貫けないのだ。
龍の鱗に阻まれたかのように、不審者の握る剣は喉で止まる。
その隙が命取りであったことも知らずに。
「かの神の罠は見事に、現代でも展開された。醜悪にして邪悪なる深淵の海獣の特性を利用した、科学と神力の広範囲殲滅罠だ」
グリアは顔色一つ変えずに、開かれた法典の一部を音読した。正確に、そして早く。
読了した終わりから世界は瞬く間に変化し、不審者とグリアを取り囲んで異様な力場が形成される。段々と紫の光を帯び、雷光が辺りに埋め尽くされる。不審者が状況を察するよりも早く、形成された力場は完全な罠となって作動する。
「これは・・・!」
「いわゆる「もつれ」状態にするみたいだ。科学の領域らしいけど、幕架でもまだないんじゃないかな?」
淡々と応えるグリアだが、足元に違和感を感じ始める不審者とは裏腹にとても清々しい表情をしている。
「お前は・・・」
「喰らわないよ? 何故規則を設定する側である僕が、低俗で凡庸で塵芥を対象とする罰則を受けなきゃいけないわけ? 法を順守し、法を成す、法そのものである僕が裁かれるのは、その法典も規則も天理が鼻から間違っていると言える。なぜなら、法は法に作用しないからさ」
ぺちゃくちゃと、聞いてもいないことをさも上から目線で話すグリアに不審者は軽く舌打ちし、話の流れを断ち切る。聞いていても何も情報を得られない上、神経まですり減らすことになりそうだと。
だが、相手を見くびっていたと、不審者は反省した。
ただの学生のはずが、膝をつかせることもできないとは。むしろ今、こちら側が彼の掌で踊り、まんまと罠にはまってしまったという事実が、不審者の油断をも断ち切った。
「なるほど、な」
「うん? 切り札があるならさっさと出しておいた方がいいと僕は思うんだよ。騎士道精神とかいう『名誉騎士』の腐敗した性格から出てきた唾棄すべき無駄な礼節とかじゃなくて、法廷でもそうだって話。出し惜しみをすればそのまま手順が進んで無罪になるところが冤罪で死刑なんて、ざらだ。出し惜しみは三下のすること。三流だ」
余裕の態度を崩さないグリアは、不審者が未だに反逆の策を持っていることを看破した。そのうえで不審者を煽り、三流だと吐き捨てた。
「・・・・」
今この場でグリアの言う通りに本気を出すのは癪に障るがここで本気を出さなければならないのも事実である。そして彼とはこれが初対面であり、彼に何かしらの力があっても、こちらの持つ力の本質を捉えることは出来ないと。
―――そう、不審者は確信した。
だからこそ、不審者は動きにくい身体を無理に動かし、虚空から召喚された法衣を纏った。不気味に猛々しく、おどろおどろしい顔面にとぼろ雑巾のような醜悪な様相。着た瞬間に、つる植物のように不審者の身体を法衣が覆った。
不気味な点はそこだけではない。
「・・・へぇ、罠がねぇ」
「量子もつれ」を引き起こす対深淵の獣の広範囲罠が、不審者を中心に干渉を拒んでいるのだ。
何かしらの力が働いているのは明らかで、不審者が纏った法衣にその力があるのは明らかだった。それだけではない。
「―――支離剣」
つぎはぎにした亡者のような声と共に、虚空から一振りの、刀身にひびの入った片手剣が顕現する。支離剣と、そう呼ばれた片手剣を不審者が握り、軽くその場を薙ぐ。
たったそれだけの動作で、不審者を捉えていた罠がが力場ごと破壊され、霧となって消えていく。
「へぇ、僕の知らない魔法だ。と言っても、僕が知っていることなんてあまりないし、僕自身は自分が知に富んでいるとは言い難い。学校では学ばなさそうな魔法だという意味で捉えてほしいな」
奇策が通じなかった相手に対して、グリアはのほほんと現状を分析する。
「余裕な態度は身を滅ぼすぞ」
「おや怖いなぁ」
空気が唸り、握られた支離剣の切っ先がグリアに向かう。それをグリアは頭を傾けて回避する。
「神の瞳はいずれも遠く、しかし高邁なる精神を見過ごすことはない。またもや、強大なる意思を持つヒトを見るとき、それは再び現状を変える変数となりて、その力を一筋の刃と成す」
またもや音読。それがいったい何を意味するのかを知るよりも先に、それは現象として不審者に降りかかった。
「ちぃっ!」
音速をも超える速度で降りかかる光の刃を躱し、グリアから距離を大きく空けて飛びずさる。更に迫りくる光の刃。躱した瞬間に剣はスライムのようにその粒子の形を変えて、一振りの光の剣と成して不審者に斬りかかってくる。
斬って、躱して、斬って、躱して、躱して、躱して、斬って――――。
「形状記憶とは違うな。斬ってもすぐにくっついて、鍔が切っ先に変わる・・・。動きも不規則だが、読めないこともない」
「相手の技を分析しているのは君だけじゃない。その剣、『支離剣』と言ったね。魔法や魔術の構造を破壊するものだと思ったけど、どうやら回数制限か、条件が存在するみたいだね。あぁ別に君の解答を求めている訳じゃない。僕はあくまでも予測を立てているだけであって、君がどうだとかそういう意見を求めているんじゃないんだよ。だから「敵に言うかよ」とかそういう言葉は聞いてないし、答える必要もない。低俗で凡庸な種族に何かを問う。―――対等だとか、思われたくないんだよね」
「・・・・。ふん」
長々と見下した意見を言うグリアに、不審者はあざ笑うように鼻を鳴らし、迫りくる光刃を支離剣で縦に割った。またもや再生すると思われた光刃は不思議なことに再生することなく、光の粒子として消えていった。
あっけない終わりと言えばそうだが、謎が深まったとも言える。
「剣の効果、名前通りなら技の構造の破壊が主流だけど、それならついさっき切っていたので破壊される。ともすれば考えるべき観点は別、か」
「しぃ!」
「速度良し、狙い良し、切れ味良し。だけど僕は特別なんだよね」
瞬きの瞬間には再度懐へと潜り込み、意識するよりも早く剣を叩きこんだ。そのつもりだったが、ゼロ距離で当てているにも関わらず、刹那として剣と身体の隙間に巨大な十字架が出現した。
甲高い音と共に不審者が弾かれる。
「それは背後に突き刺していたはず、・・・・」
「種明かしはしない主義でさ。まぁ仮に知っていても対処は出来ないとも」
光の具現化と呼ばれた巨大な十字架の大剣は悠々とグリアの前に突き立ち、不審者の肌を焼くようにその輝きを放っている。
グリアはその巨大な十字架剣を片手で地面から抜き、肩に担いで見せる。数十キロ以上ありそうな鉄の塊を持ち、不審者を睨む。
「散々耐えてきた君には悪いけど、本格的に裁きを受けてもらうよ」
「ふん。・・・私情交じりの判決に意味なんぞあるか」
「言ったと思うけど、僕は法の象徴。言わば法そのものな訳。そこに私情とか、無駄な感情論とかは意味をなさない。高潔にして神聖足りえる僕こそが万象の全てを定義し、世界の規範を示すのさ。最初は軽く縛って灰にするくらいの罰でトントンだったんだよ。法を無視し、僕という高邁なる精神を侮辱し、世界に準じない君には十分だったんだ。だけど君は抵抗したんだ。法廷で法典を破き、法に意味はないと言ったんだ。重ねられた罪と向き合わせるのさ」
「ガチギレとかマジかよ。身体だけデカくなったガキみた」
冷静な物言いだが、明らかに額に青筋が浮かび、眉をひそめるグリアに不審者はあまりの煽り耐性の低さに愕然としながらも減らず口を叩き、
「――――!」
状況を察した時は、宙を舞い、追ってきた衝撃に全身を分断された後であった。
「――――!」
まさか、空間転移と言わんばかりにグリアの姿が消えて、十字架剣によって吹き飛ばされ、身体を十字に割られたなどと、不審者には理解する暇などなかった。
割られた四肢から血が吹き出し、真っ赤に染まる空の中、不審者の目が自信を吹き飛ばしたグリアを見る。
グリアは完全にこちらにとどめを刺したと言わんばかりに十字架剣を消し、法典を閉じて歩き去っているところだった。
あっけない、自然の中の弱肉強食を傍観するかのような、飽きた観客のようにその場を離れていく。諦観、否、全くもって興味がなくなったと言わんばかりに、グリアはこちらを見向きもしない。
――――「野郎ッ!」
分断された脳が怒りによって罵声を形成する。最初であれば隙を見計らって逃げることを考えていたが、この絶好の好機を一矢報いる為に使うと、不審者は決断した。
その決心と復讐の覚悟に呼応するかのように、纏っていたとある『法衣』が怪しく蠢く。法衣は汚泥の如く、傷口から泥を噴射させて宙でばらばらになった四肢同士をつなぎ合わせる。吹き出した血とその傷口が覆われ、グロテスクな赤紫の粘膜を傷口からあふれさせながら、一瞬にして身体の大部分が元通りとなっていく。しかしそれは修復や回復と言う言葉は似合わない。ボンドや接着剤でべたべたにしたプラモデルのような、つぎはぎと言った表現が正しいだろう。
「―――支離剣」
不気味なほどに綺麗に、法衣も何もかもが元に戻った不審者が呟く。吹き飛ばされても尚、握り続けた剣。その刀身に入ったヒビの隙間から瘴気のようなものが出ていた。
そしてそれは唐突にはじけ、刀身という封印から解き放たれた。
「帰るなら、これ喰らってから行けやぁッ!!」
不審者が叫び、空を蹴り飛ばす。
ミサイルのように一直線にグリアの背中に向かって、空気抵抗すら穿つ筋力で、解き放たれた太刀を推進力と共に撃ちだした。
剣先がグリアの背中を捉えた瞬間、グリアがおもむろにこちらを振り向き―――、
その絶技は結果のみを大地にもたらした。
地震の如き衝撃を山肌が撫で、一帯の一部に亀裂が走り抜けて山頂もろともぽっかりと穴が空いた。
衝撃もなにもかもを黒衣が吸収し、剣の威力に全て変えられる。圧倒的な暴力と破壊の塊りはグリアが何かを言う前に、彼の立っていた地そのものを瓦解させ、見事に塵すら残さないクレーターを作り上げた。大気が震え、地が叫び割れ、グリアと剣のコンマ数ミリの世界を中心に空間が歪曲する一撃が拡散され、戦場が激変したのだ。
「ちっ」
クレーターの中心部に降り立ち、周囲をぐるりと見回す不審者はおもむろに舌打ちをする。
本来の威力が出なかったや、位置が悪かったなど、ちゃちな話ではない。
「逃げられたか・・・」
そもそもの話、当たってすらいなかったのである。
それを確信するかのように、不審者にはグリアに剣を当てたという感触がないのである。一瞬、刹那、その先の時間帯で不審者の目の前から消えたのだ。
黒衣によって動体視力は間違いなく高いはずなのに、だ。
「逃げるところが逃げられる・・・。目的は叶ったが、あいつ・・・」
気づけなかったこと等些細な問題に過ぎない。自身の身体能力は世界一等と言う自負があるわけではない。逃がされたという事実に騎士道精神だので心が曇るわけでもない。
重要なのは、戦術的敗北を喫したということである。それが不審者を歯噛みさせる要因であった。
相手にとって、グリアにとって重要だったのは、自身の捕縛ではなくこの場から追放することにあった。
「・・・・まずいな」
こちらが怒りを噴き起こすことも、相応の実力者であることも織り込み済みであるからこその行動であれば、この結果がどのような反応を招くかはほとんど分かっている。
暴れすぎたなと、不審者はグリアを忌々しく思う。ここは学院内の山出会った場所だが、近くには聖女によって構成された風紀騎士団の訓練場がある。もう数十分もすれば騎士団が派遣されてくるだろうと予測される。そうなることによって不審者が表立って動くことは難しくなったと言わざるを得ないだろう。
「無駄な感情に踊らされるとは、クソ。あいつはもう逃げおおせただろうし、俺もさっさととんずら掻くとするか」
もとより裏工作が目的だったが、それが細工ごと山を破壊することになるとは思っていなかった。
不審者は黒衣の中で舌打ちをし、グリアの立っていた地面を見る。ついさっきまで、グリアが立ち、平然と力を振るい、不審者を窮地に追いやった場所だ。
「クソッタレが」
想定外の奇襲に尋常ではない実力、鼻に突く物言い、やるだけやったら颯爽と帰る身勝手さ、傲慢な態度、想定以上に回る頭、なにもかもが、不審者の人格帝に受け入れられないものだった。
吐き捨て、不審者も飛ぶようにその場から離れる。
戦場には静けさと巨大なクレーターが残り、怨嗟と微かな光が漂っていた。




