表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/29

25 『合同体育は天使と共に』

 学院内の体育館は中学や高校と違い、大きいだけでなく数もある。


 オレが人間だった頃、通っていた中学校は旧体育館と新体育館の二つがあった。新体育館は現代的でバレーやバスケをするための線が最初から引かれており、いくつかのゴールポストが設置されていたが、旧体育館はかなり古く、木製であることが浮き彫りで少し湿気を感じる歴史の建造物だった。


 異世界と聞くとどうしてもレンガがはめられた城壁や石畳の地面、家もモデルハウスのような四角や三角ではない、木こりの家のような古き良き街並みを想定してしまう。そういった世界観での学校の体育館と聞くと、上記で語った旧体育館のような、大きい木こりの家を想像してしまう。


 だが、世界は広い。


 何度か足を踏み入れた体育館は広く、その大きさは東京ドームに匹敵しそうなものだった。


 「すごいねぇ」


 「全くだ」

 

 スノーが空けた天井、そこから覗く太陽を片手で遮る。


 白一色の地面に周囲には囲むように観客席があり、そんな強大なグラウンドを包み込むような鉄柱の数々、それが蓋のような役割を果たしており、今はその一部が花弁のように開かれ、グラウンド内に日光を入れている。


 魔法やら天使やら悪魔がいるこの世界にしては、この学院の体育館はマジックよりもサイエンスの方面に近く、最早SFの領域にあった。


 「内部に大掛かりな魔法術式が織り込まれており、歯車や鉄骨一つ一つが特殊な素材を使用し、特別な製法によって作られているのだそうです」


 「詳しいなエルソー」


 まじまじと、ゆっくりと開いていく屋根に関心を向けていると、オレの隣にいたエルソーがオレの興味に解説を付けてくれた。


 どうやら学院内の風の流れと同様、体育館にもその「魔法術式」とやらが使われているようだ。


 そんな特別な場所でやる「体育」。授業科目名は「合同体育」だそうだが、エルソーもスノーも体操服姿ではない。室内講義の聖女服だ。


 何を以てして「合同」で「体育」とするか、その理由はすぐに分かる。


 「はいはい、こちらにご注目だ」


 ぱんぱんと拍手音が聞こえ、生徒達の視線が一斉にグラウンドに設置された壇上、そこに立つ人物に向けられる。


 「初めましてだ聖女の卵、生徒諸君。私はこの講義「合同体育」を担当する講師、エルリーザ=アルタールだ。親しみやすくエルザ先生とでも呼んでくれ給え」

 

 眼鏡を押し上げ、教員服を着崩した女講師が堂々と告げた。肩までかかる乱れた茶髪にアホ毛がみょいんとくっついている、女性の小綺麗さを捨てたような態度だが、どこか言い得ぬ妖艶さを感じれる。―――印象としては抜群の先生だ。


 「斜に構えたような眼をしてますね・・・」


 隣にいるエルソーが呟く。


 エルザの目は色濃い隈が刻まれており、健康的とは言い難い。この学校、満足に眠れない職場だったりするのだろうか。


 今にも倒れそうな、むしろだからこそ空元気のようにも見えるエルザは懐から杖を取り出した。


 「諸君は疑問に思っていることだろう。体操服でも他の組との合同でもないのか、座学にしては広すぎる教室。この意味はこうだ」

 

 軽く杖を振り、虚空に何かを描く。それがなんなのかも分からずに、ぼうっと眺めていると突如として会場内に変化が起こった。

 

 風だ。


 最初はつむじ風が、しかしそれは他のつむじ風と合わさり烈風となって体育館の中央部、地上からは離れたところで集まり、卵のように丸くなる。


 「さぁ、顕現せよ―――ッ!」


 大きく杖を振り上げ、竜巻の卵に向けてエルザが唱える。するとおもむろに竜巻の卵が割れ、旋風が無差別に周囲へと放たれる。聖女達の髪が揺れ、地面に敷かれた芝生がさざめく。


 「なんだ、魔法の実技かって、――――なぁッ!!?」


 風がやみ、宙に浮いていた存在へと目を向けた生徒達、スノーも含め顔を上げた先で固まっていた。


 それもそのはずだ。


 絶句。しかしその存在は確かにそこいる。


 四枚の純白の翼を備えた、双頭の天使。片手に天秤を片手に短剣を持ち、白いローブで包まれた天使が、翼をはためかせてエルザのすぐ傍にまで降りてきたのだ。


 「今回諸君にやってもらうのは、使役した天使の召喚と、天使との仲の詰め方だ」


 ここに来て天使の召喚、つまりはこの合同体育は「天使との合同」ということだったのだ。しかし何故今更なのか、天使との距離の詰め方なら最初からやればいいだろうに。


 タイムパフォーマンスが悪いんじゃないかと、学校の講義日程に文句を言いたくなるが、それは他の生徒も思っていたことなのだろう。「はい!」と元気の良い声が聞こえ、集団の中から手を挙げる生徒が居た。


 「エルザ先生、なんで今になって天使の召喚なのですか? 入学時の組織番付(パラメータ)の時からずっとだしっぱでも良かったじゃないですか?」


 実際、入学から既に三週間は過ぎている。なんなら四週間目に突入しようとしている今、天使の存在を忘れていた人も多いのではなかろうか。他の生徒達も「確かに」と言い合っている。


 エルザは「簡単なことだ」と、眼鏡を押し上げる。


 「天使の中には勿論強い弱いの差があるが、弱い天使でさえも人を殺せる。中には人を惑わして犯罪を犯させる者もいる。何も知らず、天使についての知識も対処も知らないままだしっぱには出来ない。それに天使は全員仲が良いわけではない。天使間でも争いがある。そこに巻き込まれないように、または巻き込まないようにするために時間を置く必要があるのだよ」


 「・・・」


 「その為にも魔法体系学で「天使を扱う術」を学んだはずだ」


 エルザの言う「魔法体系学」。様々な魔法を習うが、その中には悪戯をする天使に罰を与える魔法もあった。スノーは使う未来は今はないが、所謂ペットをつなぐ鎖のような魔法だと熱心に勉強していたのを思い出す。


 エルザは周囲の生徒達に散らばるように言い、壇上から降りて蜘蛛の子のように散り散りとなった生徒達の中心、体育館内の真ん中まで歩く。その後ろを天使が付いていくのを見るに、しっかりと飼いならされているようだ。


 「基本、天使は相棒のような存在だが、意思を持った生命でもある。価値観も違うからそこを矯正する必要がある。中には人間と過ごす時間が長く、ある程度人間界の常識を知ってる天使もいるがあてにしない方が良い」


 天使との契約、その関係を長く続けることが出来ない理由の一つが、天使の数の多さだ。


 昔から交流のある天使だが、天界はこの世界より広く、人類の総数より膨大な数の天使がいる。強いから弱いまで、人間好きな天使も居れば人間嫌いな天使もいる。最初の出逢いが良くても、価値観の相違や微細な相性、非常識な天使や選り好みする天使と契約した聖女との関係は長続きしない。


 契約関係の上ではどちらが上と言うことはないのだが、中には人を劣等と見る悪魔みたいな天使もいるらしく、最初の「躾」の段階で早々に契約を切り捨てる輩もいるらしい。


 「そう考えるとこの学生達もいつかは天使と契約切られるやつになるのか」


 むしろ最初に大体の生徒が天使と契約できることがすごいとすら思える。


 改めてぐるりと周囲の生徒達を見回していると、エルザの声が響いた。


 「さぁ、生徒諸君。杖を掲げ給え。私の後に続いて復唱するんだ」


 堂々と杖を掲げ、それを中心に他の聖女達も見真似で杖を上げ始める。杖の先をくるりと回しながら、エルザは気だるげな、しかしそれでいて通るような声音で詠唱し始める。


 「天空より賜りし、人と天空の意思の契約はここに履行される。神聖たる邪悪の目を欺き、今ここにて天空の法典と真神の枷を授け給え」


 「天空より賜りし、人と天空の意思の契約はここに履行される。神聖たる邪悪の目を欺き、今ここにて天空の法典と真神の枷を授け給え」


 ばらばらではあるが、生徒達の声がエルザの後に続いて重なる。まだ杖先にも周囲にも何の変化もない。


 「真神に誓い、ここに人の意思を捧げる。我が未来を代価とし、祖の(みめぐみ)を受けることをお赦しください」


 「真神に誓い、ここに人の意思を捧げる。我が未来を代価とし、祖の(みめぐみ)を受けることをお赦しください」


 「暦法に、人の意思に、過去に、世界に、天空に、誓います」

 

 「暦法に、人の意思に、過去に、世界に、天空に、誓います」


 周囲の空気がわずかに振動し、館内に光の粒子が立ち込め始めた。これには周囲の生徒も驚くかと思っていたが、不思議なことに誰も何も言わない。心ここにあらずと言った様相で、エルザの言ったことを綺麗に復唱していた。


 知っている世界だが、知らない世界。急に知らない世界に飛ばされた時、一瞬感じた不安感が蘇る。背中をムカデが這ったような違和感に襲われたオレは、おもむろに隣で詠唱していたエルソーの肩を揺らそうと手を伸ばす。


 だが、その手はエルソーの肩に触れる直前で止まった。


 視界が劇的に変化しだしたのだ。


 「これは・・・」


 空中に展開する巨大な魔法陣。驚きべきはそれだけでなく、魔法陣の眼下。―――生徒各々の斜め頭上に散らばっていた光の粒子が結集していく。ビー玉とは違い、本当に、ただただ純白の光を放つ、胞子のような粒子がそれぞれの頭上であつまり、様々な形を作り出す。


 「蝙蝠か・・・?」


 動物のような形を取るそれは、エルソーの近くでは翼を二枚持った小動物の姿になっていく。ルノーのところでは人型を取り、片手に武器のようなものを持っている。入学初日に見た、天馬の姿見を取る光の塊もあった。


 「うわぁ、綺麗・・・」


 神秘的な光景に、本格的な大魔法。思わず感嘆の声を上げようとしたが、後ろからの声に割り込まれた。


 一瞬肩が跳ねたが、すぐに声の主を判別して息を吐く。


 スノーだ。


 「そうだったな。お前は天使と契約してないし、召喚する相手いないもんな・・・」


 「一応復唱はしたんだよ? 授業だし。でもこんな感じかぁ・・・」


 スノーの言葉は純粋だった。少し残念そうにしつつも周囲の煌めきに対しては少しの悪意も見受けられない。嫉妬心があるとばかり考えていたが、裏返らない「よそはよそ、うちはうち」の精神がそこにはあった。


 やがて光の粒子は完全になくなり、魔法陣が消えていく。それと同時に、それぞれの生徒の頭上に集まっていた大小問わない光の塊りに色が付きだした。


 「おぉ・・・」


 光のシルエットから、まるで絵本から飛び出して来たかのように現実の天使達に色が着いた。


 ただローブを羽織る、弓を持ち羽を生やしたものだけではない。蝙蝠、天馬、鴉、猫、戦士、犬、一角獣・・・と、より取り見取りな天使たちが顕現する。


 これには召喚した生徒達も、急に自分の学校に人気芸人がやってきた時の如く、弾かれたように大いに盛り上がりだしだ。


 「うお、うるさっ」


 初めに少しの静寂、後に悲鳴と歓喜の入り混じるどよめきが爆発し、オレの鼓膜が破れそうになる。


 耳を塞ぎ、轟音に堪えているとエルソーがそそくさとこちらにやってきた。その後ろを蝙蝠型の天使が必死に羽を動かして付いてきている。可愛い。


 「あ、アストラ様、どうですか。この天使・・・」


 「ん、あぁ。蝙蝠って言うと少し苦手印象が強いんだが・・・そうだな。このきゅるんとした顔つき、可愛いな」


 「か、かかかか、かわ、かわっ、可愛いですか!? 私のことを急に褒めても、なにも出ませんよ・・・?」


 「蝙蝠のことだぞ」


 「え」


 「あ?」


 何を勘違いしたのか、エルソーの頬が赤くなり、それを訂正すると石のように表情が固まる。そして一気頬が赤く染まっていった。まるで信号機のようだ。


 実際、蝙蝠は顔面が怖い。というかオレは蝙蝠の顔があまり好きではない。転生前に廃校舎に屯していた時、急にデカい蝙蝠が落ちてきたことがある。その時のデカさと顔のインパクトで、蝙蝠の顔面に対する不安が拭えずにいる。だが、この蝙蝠の顔面は、蝙蝠のそれではなく、歯のギザギザなハムスターに近い。蝙蝠とネズミは近縁種ではなかったはずだが、この天使はまさに顔面がハムスターだ。


 「もふもふしたくなるな。顔のところわっしゃー!って」


 指先をうねうねと動かしながら、オレは降下しないように必死にはばたく蝙蝠型の天使の顔に触れようとして、


 「・・・アストラ様は、みみみ、見えているんですよね?」


 「ん? あぁ、全然見えてるし全然触れられそうだけど、というか触れて良い?」


 「別に良いですけど、・・・なるほど」


 エルソーの無慈悲な宣告に顔面ハム助の天使はこころなしか高度が下がった気がした。


 何かに納得のいった表情をするエルソーに構わず、オレはハム助の顔面を鷲掴みにし、全力で撫でまわす。頭、耳、頬、顎、瞼、その全てのふわふわを掌で堪能する。ハム助はなにがなんだか分からないと言った表情でされるがままだ。


 「うほほほほほぉ! このもふもふ、最高ですわぁ! あ、でも寄生虫とばい菌とかは・・・、オレ悪魔だし関係ないな」


 奈良の鹿を触った時は硬くてもふもふ感はなく、なんなら手が荒れた記憶がある。苦い思い出だし、おそらくアレルギーか何かだろうとは思うが、修学旅行は病院に診察をしに行ったことで最悪の形で終わることになった。


 「あれは人の頃の話だ。今や悪魔、人外の身体にアレルギーなんぞあるわけもない!」


 そんな最強のオレはハム助の頬が擦り切れる勢いでもふもふ、もふもふ・・・。


 「わぁ、とても心地よさそう。アストラ、後で私にも撫でさせて。エルちゃんも、良い?」


 「え、あぁ、い、良いですけっど。・・・」


 わちゃわちゃするオレとスノーにエルソーが何か思案気に目を伏せる。なんにせよ、この可愛らしい顔面を愛でられるのは、この授業で最も嬉しいことであると断言できる。


 そうして天国のような空間が永遠に続けばなぁと思いつつも、それを許してくれないのが現実である。


 「全員、注目! 久々に天使を見て興奮するのは分かるとも。だが今は落ち着き給えよ。これから重要なことをする。これをしなければ、いざという時、天使は君らを守ってはくれないだろうからね」


 杖を軽く振り、エルザは自身の天使を指し示す。


 「我々の契約は自らと世界をつなぎ、曇天を照らす道となる」


 なんてことのなさそうな詠唱。


 しかし、その瞬間、エルザとそれを取り巻く環境に変化が訪れる。


 薄く、しかし力強く、束ねられた糸のようなものだ。それは確かな力を感じられ、天使からエルザへ、エルザから天使へと、中を流れる力の波が行ったり来たりしている。


 「これは私と天使をつなぐ、契約とはまた違う力の鎖だよ。これがあれば天使はすぐに自分の要請に答えてくれるし、天使は力を貸し与えてくれる。面倒な詠唱は全面的に省略できる」


 面倒と、そういうのはついさっきの長尺の詠唱だろう。


 あの詠唱を省略して呼べるというのは、それだけでも大きいものがある。


 「でも、これをつなぎ、強固にするのはとても難しい。諸君も天使との契約の難しさに関しては知っているだろう。中には、実際に契約ができなかった人もいる。契約が難しいとされる由縁は、天使との関係、性格の相違、そしてこの「つながり」の維持と強化が難しいことにある」


 「「つながり」を持つことは自体は難しいことではない。難しいのはその後、天使との相性といったところか・・・」


 一瞬エルザが言い淀み、「見せた方が早い」と杖先を一番近くに居た生徒へと向ける。


 「そこの生徒、前に来給え」


 「あっはい」


 差された生徒が返事をし、エルザの前に立つ。後ろから天馬の天使が付いてくる。


 「今の状態は仮の契約状態に等しい。契約はしているが、相互的作用が存在しない。この天使も「呼ばれたから出ただけ」のようなもの。具体的な内容をはっきりさせなければいけない」


 エルザは生徒に杖を持つように指示し、自身も杖を持つ。


 「天使は人とは違う理で生きている。無論、人の言葉はそのままでは通じない。だから、こうする」


 そう言い、エルザは杖先を自身の唇に少し触れさせる。柔らかな唇につけられた杖、そこにふっと息を吹きかけ、言葉を紡ぐ。


 「私は、君と契約を結んでもう三カ月が過ぎようとしている。人の一生は君にとっては短いものだが、今後とも私に付き合ってくれよ」


 まるで綿あめをつくるように、杖先に言葉を絡ませて、エルザの天使へと向ける。天使は目をぱちりと瞬き、エルザの問いに頷くように背中の羽を羽ばたかせた。


 「このように―――」と、エルザは生徒へと向き直り、片方の手で天使の頭を撫でる。


 「諸君は魔法体系学の授業で、「言霊」の使い方を学んだと思う。自身の感情を言葉に乗せて、ゆっくりと杖先に集めて、天使に向ける。天使は杖先に込められた「言霊」から言葉を聞き、感情を読み取る。そして同じように天使も語り掛けてくる」


 「慣れれば「言霊」無しでも意思疎通は出来るが、熟達した天使でなければ難しいだろうね。―――さて」


 「やって見給え」と、呼び出した生徒に同じように「言霊」を使うように言う。生徒は一瞬躊躇い、少し周囲を見回したがすぐさまエルザと同じように杖を口元に当て、


 「急のことで私もどうしていいかわかんないけど、よろしくお願いします」


 言葉を杖に絡ませて天馬へと向ける。手元が震えていた。だが、実際に魔法を使う。それも先生や生徒の目があるところでやるという勇気が、はっきりと彼女の声に芯を通した。


 そして言葉を向けられた天馬はと言うと、だ。


 「――――――」


 沈黙であった。


 何が原因か分からない。何か手順をミスったか、それとも声と感情に何か齟齬があったとか、鎮静された空間に天馬の目はじぃっと生徒の方を見ている。


 ごくり、と生徒の喉が鳴り、彼女の額を一縷の冷や汗が流れるのが見えた。


 嵐の前の静けさ、というよりは目の前に急に虎が現れたような一瞬の緊張感。それが長く続いているといった表現が正しいか。


 「・・・・・!」


 不意に、生徒の目が大きく開かれた。それは天馬が攻撃の姿勢を取ったからではない。天馬はそのままその視線を生徒に向けている。


 ならば何が、と。


 「「こちらこそ、よろしく」って、・・・聞こえた」


 弱弱しく、たどたどしく、しかしその言葉の意味は彼女に一番近い生徒から順番に伝搬していった。


 「えええええええええええええええええええええええええええええっ!!!!」


 「「周りは随分と五月蠅い」って、ご、ごめんなさい。え、「気にするな」って!」


 天馬の視線は変わっていない。表情も何も変わりはない。だというのに、相対する生徒の顔はどんどん変化している。


 「何も聞こえねぇ・・・」


 オレも少し期待し、耳を傾けてみたが、悲しいほどに何も聞こえなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ