23 『信用ならない男』
アルの契約者がどんなものであるか、それを確かめようとアルについて行くオレであったが、分かったことがある。
アルはすさまじく方向音痴なのだ。
「こ、こっち違う・・・! あ、あっちも・・・!」
各階層に貼られている内部地図。確かにオレからしても複雑だなぁとは思うが、目と鼻の先にある店舗ですら行くのに戸惑うのだ。
「階段を降りて、そうしたら右奥の階段を上がって、それであの道を右に曲がる。トイレが見つかったらその部分を左に突き進むと目的地だ」
「うぇぇぇぇ、わかんないよぉぉぉ」
「あーっもう、面倒だなぁ!」
頭を抱えて混乱状態になるアルに嫌気がさしたオレは、アルを担ぎ上げる。「わっ、わっ」と声が聞こえたが、無視して手すりに飛び乗り、向かい側の店まで跳躍し、着地する。
「これが一番楽だな。オレ達見えないし、身体能力高いからな」
「あわわあわわあわわ・・・」
「ほれよ、ここがお前の来たかったところだろ?」
身体能力の無駄遣いをし、担ぎ上げたアルを下ろす。アルは終始目を回していたが、やがて落ち着きを取り戻すときらきらとした純粋な目でオレを見上げる。
「すごーい! 今、ぴょーんって!」
「んだよ。天使でも精霊でも、これくらいできて当たり前だろ?」
「アルは弱いから、跳んでもこれが限界だよぉ・・・」
その場でアルが跳ぶが一般的な少女が跳べるくらいの高さだ。なるほど、強さと身体能力と言うのは相関の関係にあるらしい。
「アストラみたいな強い天使に、アルもなれるかなぁ・・・」
「アルは精霊だろ? 天使と精霊がどう違うのかはぶっちゃけよく分からんが、どうやって強くなるんだよ?」
「んーとね、沢山食べて、沢山寝て、沢山いろんなことを経験すればいいってせんせーは言ってた」
「なんか育ち盛りの子供みたいだな・・・、まぁアルは生まれたばかりだって聞いたしそういうものなのか・・・」
天使の成長過程も知らないが、精霊の成長の仕方がアルの通りであれば、精霊は種族的に人間に近いのかもしれない。
そんなことを考えながら、オレは完全に話の逸れたアルの肩を叩く。
「用があるんだろ? 天使云々の話は後にしておいて」
話の筋を元に戻すと、アルは「あ!」と声を上げて店舗に入っていく。
綺麗な花が並んだレンガ調の店舗、―――花屋だ。小さい店舗なのか、奥の観葉植物やレジ打ちの人まで良く見える。そこにアルが入って行った瞬間、店舗の中が霧がかった。
「うん?」
化学変化で出る煙のように、どこからともなく霧が出てくる。色味は、ついさっきカフェで見たものと大差ない。
それがまた一つのビー玉としてドリップする。
ビー玉は音もなく、アルの広げたバッグの中へと落ちていく。それが人の感情の塊りと言うことがその光景の異様さを表していた。
やがて霧が最後の一粒を落とすと、跡形もなく消えていった。
「ただいまー」
「おう、おかえり。にしても不思議なもんだな、感情のビー玉ってのは・・・」
「びーだま?」
「お前がなんて言ってるのか知らないが、その袋に入った玉のことだよ」
店から出てきたアルの「聞きなれない言葉」に対して、オレは指先をビー玉袋に突きつける。
「アストラはこれが気になるの?」
「そうだな。特に、今さっき落ちてきた奴で・・・・これだな」
そう言い、オレはついさっきドリップしていたビー玉を漁る。
花屋で生産されたビー玉の内の一つ。それはついさっき見つけたもの以上にオレの関心を引き寄せた。
多くあろうとその中から探し出し、手に取る。今さっき見たのは赤色だったが、今度のビー玉は白色だ。おそらく、色味自体にはなんの意味もないのかもしれない。
「他のビー玉と何が違うんだろうな、これ。外見だけなら他とそんなに変わらないのにな」
「そんなほしいなら、あげるよ・・・?」
「んお?」
持ち上げて外周をぐるりと確認。しかし何の変哲もないビー玉だ。波模様が入っている辺り、本格的にビー玉にしか見えない。
何が此処までオレの興味を引くのか、うむむと唸りながらビー玉とにらめっこしていると、ふとアルが呟いた。
聞き間違いかと思い、もう一度耳を傾ける。
しかしアルの言葉は聞き間違いではなく、
「そんなにほしいなら、あげるよ・・・?」
「いや、これはお前にとって大切なものだろう? 慈悲心で自分の食べ物渡していいのか? なんにせよただで得体のしれないもの受け取るとかまずいですよ!」
「え、き、嫌いだったの・・・?」
幼女に勘違いをされた挙句、善意で気遣われるとは思わず、オレはその「あげる」と言われたビー玉をさし返す。
その結果、最悪のくじを引いたようで、突然アルの目端に大粒の涙があふれだした。
これだから情緒の分からない子供は嫌いなのだ。
オレは長い、長いため息を吐いた後、アルの目線に合わせる。
「オレは別にこれを貰うこと自体に嫌な気はない。オレが嫌なのは何の代価もなくこれを貰うことだ」
「えっと・・・、どういうこと?」
「まぁ簡単に言えば、交換だよ。何が欲しい?」
出せるものなど限られているが、アルの欲しそうなものというか、幼女全般が喜ぶものは幸運か持ってきている。
背から生えた翼を広げ、隠していたアイテムを見せびらかす。マントのようにもなるこれには飴やクッキー、よくわからないブローチや流行りの小説(主にスノーが勝手に入れて忘れ去られたもの)等が仕舞われている。
しかし不思議なことに精神性が幼女のはずのアルはオレの翼のアイテムには目もくれず、うんうん唸りながらオレをじっと見つめるばかりだ。
「えぇっと・・・」
「なんだ、何を遠慮する必要があるんだ? 友好の証だろ。一方的に与えるだけ、与えられるだけの関係を友人とは言わない」
「それじゃぁ、んーとね」
何かを迷うアルにオレはその背の後押しをすると、少し申し訳なさそうな声で要求内容が出てきた。
「アストラの気持ちが、ほしいな?」
「オレの気持ち? それは無理だ。オレの気持ちイズマインだよ」
「そ、そうじゃなくて! なんか、ぽわぽわ~って、アストラの周りに漂っているの」
「え、オレの周りに何かあるのか?」
目を凝らしてみたが何も見えない。ぽわぽわ浮いてるものがあるのかと背中回りも見てみたが何もない。
そういえば、だ。
ここは大型のショッピングモール。様々な店舗が沢山ある中、アルは「ここ!」と数店舗しか回っていない。人の感情の一定以上に集まる場所にしか行っていないとすれば、なぜアルはドンピシャでその場所を突き止められるのか。
簡単な話、アルには分かるのだ。人の感情の強さや、量というものが。
そこまで考え付き、オレはアルの言っている「気持ち」が残留思念のようなものだと結論付けた。
「別にいいぞ。それ吸われて、オレがオレでなくなるとか、そんなんじゃないなら」
「いいの!?」
「あぁ、オレは構わんよ」
腕を広げて受け入れる姿勢をするオレにアルはそっと目を閉じる。右手を差し出し、何が起こるのかと自身の周囲に注意を向ける。
―――それは急に靄となって現れた。
オレを取り巻くように靄が現れる。しかし店内の時の様な大量の靄ではなく、うっすらと芳香のような空気と同化してしまいそうな靄だ。
「これが、その・・・」
感嘆する。魔法をかけられたかのような、実際かけられているのだろう、感動的な場面にオレは「おぉ」と感動するしかない。
やがて靄は一か所に集まり、アルの掌に集約されていく。それは混ざり合い、より深い靄となり圧縮され、誰しもが見たことのあるビー玉となった。
「オレの残留思念のビー玉か・・・」
呟くそれは黒色のビー玉であった。割と悪魔なので黒色は合っているかもしれないが、これでオレの正体がばれるということは・・・、
「ありがとう! 失くしたらダメだから、すぐに食べるよ!」
「え、あ、お、おぅ・・・」
なかった。というか、直で食われた。吸収されたという表現があっているが、あの勢いの吸い込み具合はもう食っていると言っても過言ではない。
胸部に浸透するように吸い込まれたビー玉はまたアルの元気の源となる。しかしもうちょっとビー玉を眺めていたかった。
しかし吸い込まれた(食べられた)ものは出てこないだろう。オレは自身の掌に握られたビー玉を見る。
「オレもこれ、食べられないかなぁ・・・」
ふと思いつき、軽く胸部に当てる。だが残念かな、変化はなかった。
「やはりアルが特別か・・・」
もしくは精霊が特別なのかもしれない。ちらりと横目でアルを見ると、彼女はにこにこしながらビー玉袋をぶら下げてあっちやこっちやを見ている。やがて眉をひそめて脱力したように肩を落とした。
「どうした?」
「もう流されちゃったのかなぁ・・・、もうこの大きい建物からご飯回収できないよぉ」
「あー、そういえばそうか」
妨害魔法学で習ったが、建物には常時風と水の流れがあり、淀みを流しているとのこと。これによって淀みを停滞させず魔界の門の発生予防をしている。感情の停滞、言わば残留思念が無ければビー玉を生成することもできないのだろう。
というか、ご飯って呼んでたのか。
ご飯もといビー玉を回収できないと理解したアルは残念がりながらも、「また来ればいいか」と前向きな思考回路で自らの平穏を保っている。
「どうするよ、他の場所行くか?」
「ん-ん、アルはもう帰る・・・。今のアルじゃ、移動できるところに限りがあるし・・・」
「なんだその地縛霊みたいな・・・、精霊って弱いと移動すらままならんのかよ」
不便すぎる精霊の意外な性能に驚きつつも、他の場所に行けないのであれば次の行動は決まったようなものだ。
「じゃぁ帰るか・・・」
「うぅぅ・・・、もうお別れになっちゃうの?」
「そうだな。というか、どこ住みだよ。そんな離れてなきゃまた会えるだろ」
またもや号泣の流れに行きそうなアルに問い掛けると、アルはこてりと首をかしげて、
「住んでるっていうか、・・・う~ん、・・・・学校?」
「学校ってーと、あそこの学校か?」
ショッピングモールの四階部分にはめられている大窓。そこから見える聖女学院を指さすと、大きく頷いた。なるほど、ともすれば早い再会が望める上、人となりによってはスノーに友人として勧められそうだ。
「奇遇だな。オレの契約者もあの学校の生徒だ」
「本当!?」
というか、学校はあそこしかないのでそれ以外の答えはないのだが。
「アルの契約者はどうだ? 友人とかいるか?」
「う~ん、どうだろう。一人、一人はいる、かなぁ?」
「そんな怪しいの!?」
「せんせーは沢山の人にいい顔してるけど、本当の本当に友達なのは一人かなぁ・・・?」
「なぁにその胡散臭そうな聖女。みんなはそのせんせーとやらは友人だと思ってるのか?」
「う~~~~ん、せんせーが誰かと一緒にいるところはあまり見たことないかも。誰かに遊びに行こうって言われても気づいたらいなくなってるって感じ?」
「すげぇ悩むじゃん。あとちゃんと遊びには誘われてるのね。ふむふむ・・・、こりゃスノーには無理か・・・?」
アルから一通りそのせんせーとやらの人間性を教えてもらったが、どうにもスノーに友人として紹介するには誤った選択しすぎる気しかしない。
大丈夫だろうか? 大丈夫じゃないに決まってるだろ。みんなにはいい顔して遊びはバックレがち、幼女を診察する変態性、友人と呼べる存在はぎりぎり一人いるかいないか。そんなのとスノーを引き合わせるべきではないとオレの魂が叫んでいる。
しかしだ。
「一応気になるし見ておくとするか・・・」
そんな異様な人間性をしている奴など、逆に気になる。相手がどんなものか知っておけば偶然スノーが出会うことがあっても避けることが出来る。
「アル、そのせんせーとやらにオレも会ってもいいか?」
「え、いいよー!」
腹の内を隠しながらアルに問うと、思いのほかアルは満面の笑みを浮かべたのだった。
☆★☆ ☆★☆ ☆★☆
案内されたのは保健室であった。半開きになった窓からアルが室内を見回し、「あ」と声を上げる。
「あれだよ! あの青色の髪!」
「どれどれ・・・。あぁ、あれか・・・」
アルの頭の上から、アルの視線を追う。
どうやら会議室みたいなところで、誰かの発表を聞いている青頭。それがアルの「せんせー」らしい。よく見ても見なくても分かる。白衣に隠れたあの特徴的な服装は、まごうことなき、
―――教職員専用の衣服である。
「せんせーって、あだ名とかじゃなくて本当に「先生」だったのかよ!」
「わぁっ!?」
大声を上げたオレにアルがびびる。
肩までかかった青髪の教職員は、薄い笑みを携えており糸目と余裕の姿勢から、アルの言っていた通りの印象を覚える。胡散臭さの具現化のような人物像だった。
「なんかやべー薬とか作ってそうだなぁ・・・」
「みんな最初はそう言うんだよぉ・・・。まだ作ってないのに、不思議だね」
「作ろうとはしてるのかよ・・・。だいぶオレの想像通りの人間だなぁ」
信用ならない手合いとしては、ほぼ完璧と言える。さらにロリコンと来た。もう救いようがない。
この世にはどうしようもならない人間がいるもんだ。
「あれは駄目だな。胡散臭いってのもあるが、まず先生と生徒、男と女だ。ただでさえそういうジャンルは現実だと問題しかない上、人格者ならまだしもあぁいうのはまずい。女殴りそうな顔しやがって」
「・・・・?」
イマイチ分かっていない顔を覗かせるアルに、オレは少し息を吐き、人差し指を立てる。
「まぁつまり、友達になるのは見送らせてもらって、どうぞって感じ」
がっくしと、明らかにアルが落ち込んだ。しかしこれは彼女の一存でどうこうなるものじゃない。それに彼女が落ち込むというのも筋違いだ。
「まぁ、今はって話だ。仲良くなるにはもう少し時間が必要ってことさ」
もう少しだが。
「本当に!?」
アルが目をきらきらと輝かせて、テンションが上がった。
こんないたいけな子には残酷だが、スノーと先生が仲良くなることはない。オレがあらゆる方法で引き剥がすからだ。
新たなる脅威の出現にオレが覚悟を決めると、時計台から講義の終わりのチャイムが聞こえた。
「あ、そろそろ授業の終わりだな。オレは行くとするよ」
「え、もう行くの?」
「そうだな。契約者がオレいなかったらめっちゃ心配かけるからな」
「う~ん、・・・そうだよね! アルもせんせー帰ってこなかったら悲しくなるもん」
見た目よりも物わかりの良いアルに手を振り、オレは特大ジャンプで校舎を飛び越えていく。「またねー!」と満面の笑みで手を振る彼女の期待通り、また会うかもしれない気持ちと先生とスノーを合わせたくない気持ちの葛藤がオレの頭を悩ませる。
その後、置いて逃げたスノーから鉄拳が撃ち込まれ、しばらく悶えたのは別の話。




