21 『約0.000006%』
薄暗い部屋であった。
中央の炎が淡く燃え、周囲をぐるりと囲む円形の机を映し出す。燃える火が揺れる毎に壁に彫られた謎の像の影が移動する。
一見するとカルト宗教の黒ミサのような陰鬱な気配を感じさせるほど、部屋の内部には紫のお香が炊かれていた。
「今回集まってもらったのは他でもない。魔神復活の予言についてだ」
円形のテーブルの前で、白装束の骸骨が、否、骸骨の面をつけた人物がゆったりと話の題材を語った。
「先日学院外で魔神崇拝の教団『剣の骸』の構成員を捕縛したところ、その者が怪しい言葉を吐いたらしく、それついて調査をしたところ、・・・魔神復活の予兆があるとのことだ」
ざわっと、円形テーブルを囲む他の白装束が動揺に溢れる。
「おいおい、魔神の復活はまだ先だって。封印はまだ破られてはいないんだろう?」
「破られていたら不味いだろう。それにあれは強固で聖人でさえも破れなかったものだ。素人宗教団体が破れるはずがない」
「地下にはまだ瘴気が漂っている。淀みの原点とも言えるアレは人を存在を侵蝕する。悪魔と契約していようと瘴気から逃れることは出来ない」
この世界は一度災厄を経験している。
遥か大昔、大聖女たる聖女の頂点と天使、エクソシストと魔神の大戦争だ。人類は悪魔と対抗するために天使と契約し、数多の悪魔を屠ってきた。しかし最終的に人類の力はあと一歩及ばず、魔神を完全に滅することは叶わず、地下の奥深くに封印するに至ったのだ。
魔神は強大な存在であるが故、封印には大聖女の寿命のほとんどを使い切った。しかし最後の置き土産とばかりに封印場所周辺には瘴気が溢れ、魔神は復活の予告をしたのだ。
今、その魔神が復活しようとしている。
それがどれほど脅威的なことか、白装束達は会議を仕切る骸骨仮面にことの詳細を求めた。
「何をもってして「魔神の復活」なのか。詳しくき聞かせてもらおう」
「―――『剣の骸』の構成員が捕縛された後、奴から白状させた拠点を襲撃したところ、古代遺物が見つかった。専門家によれば、特殊な魔術機構を備えており、光り具合で魔神の活動状態を遠隔的に調べるものだそうだ」
「古代遺物・・・!!」
白装束達がまたもや一斉にざわつく。魔神との戦争は大昔からあり、魔神含め悪魔への対抗策として開発されたものが今の古代遺物だ。
役割はほんとんどが戦争兵器であったり、探知機的なものであったりするが、現代ではそのほとんどは時の流れと共に朽ち、完全体として残っている物は非常に少ない。
「魔神の活性が高ければ高いほど赤く輝くようで、今もなお赤い光を放っている。それに加え、『剣の骸』は十数人の諜報員をローレンス聖女学院に送っているようで、封印場所の細かな場所の特定や何かしらの工作をしようとしているらしい」
「なんだとッ!!?」
「待て、まだこれは確定情報じゃない。拠点に残された情報から導き出された、可能性の非常に高い情報だ。それにまだ学院内でこれと言った事件や事故は起きていない」
声を上げる白装束に骸骨仮面は制止する。それでも納得のいっていない白装束はわたわたと手を動かす他の白装束に構わずに、骸骨仮面に向かって提案をする。
「ことが始まってからでは何もかもが遅い! 至急諜報員のあぶり出しをしましょう!」
「そうは言ってももし判断が間違っていれば生徒と教職員に要らぬ迷惑や不信感を与えることになる。それにまだ自律聖義樹械への謁見も終わっていない。確定していない情報に踊らされて行動することは控えるべきだ」
「ではせめてこちらからも、情報の真偽を確かめるために協力者を送りましょう。本格的に鎮圧するのであればその後の結果でも大丈夫でしょう?」
テロ組織の一味がスパイを送っている。それが正しくても正しくなくても、それがある可能性が浮き出るのであれば用心するに越したことはない。仮に何か大事が起きた場合、取り返しのつかない事態に陥った場合、保留にしたこの会議こそに責任があるのだ。
白装束は表情の見えない顔部分から、怒りをにじませながら机を叩く。周囲の白装束が揃いも揃って及び腰で物事に触れているからだ。
しかし、それを「考えすぎ」と、「熱くなりすぎ」と非難する人間もいる。
「それはやめた方が賢明じゃないですか? あそこは我々の国の領土ではあるが、自治を許している地域だ。こちら側から誰かを送るのはいらぬ混乱を招きかねない。突発的な判断は不利益を招く」
「・・・・・・・・じゃぁ、どうする?」
もう一人の白装束の言葉だ。
ローレンス聖女学院は自治地区でもある。国とは系統の違う軍や騎士団を設立しており、独自の法律が存在しているのだ。そして閉ざされた楽園の側面を持つこの学院では外部からのいかなる侵入を許さない。
外部から協力者を送りこめば、その扱いをどうするかで内部とでもめる可能性がある。そうなれば結局として諜報員に自分たちの存在を明かすことになりかねないのだ。
ではどうすればいいか。
白装束はぐっと言葉を飲み込み、向かいの席にいる白装束に問い掛けた。
返された答えは至ってシンプルであった。
「簡単ですよ。彼女達を信じるのです。もとより、問題はあちらに流入してしまった以上、解決は学院に任せるべきです。軍と騎士団それぞれの元帥と団長には私から話しておきましょう。これなら謁見をするまでもないかと」
「しかし『剣の骸』はこの数百年、結成から現代に至るまで、今日のような偶然がなければ少しも情報を掴むことは出来なかった。その諜報員を素人の一般生徒が見つけるなんてあまりにも、非現実的すぎる」
「だからこそ、生徒達を信じるのです。それとも、彼らを信じることは出来ませんか? 聖女の卵である彼女らの成長に繋がります。これは将来の聖女の質と我々の未来に利益が出ますよ」
「私こそ生徒達を信じている。だが、利益不利益の話を持ち出s」
「ならばこの議題はこれで終わりです。どうしても介入が必要となる事態になるのであれば、その時はまた考えればいいだけです」
そうですよね、と白装束の言葉を遮り骸骨仮面含め他の白装束達に声を掛ける。
「そうだな。言う通りだ」
「下手に干渉すれば問題が起こる。それは避けねばな」
「謁見は、・・・大丈夫そうだな」
十三人の内一人を除いて、概ね賛同の意を示す。
骸骨仮面も「ふむ」とつぶやき、椅子から立ち上がる。これ以上の議論は不必要と結論付けたのだ。
「それではこの議題はひとまずの解決としよう。聖女には話を付けておくように」
「ファタム・ミロースド」
顔の分からない白装束が淡々と応える。
「「「ファタム・ミロースド」」」
「・・・・」
ただ一人を除いて、白装束達は一斉に声を上げる。誰も誰の声が聞こえたのかも分からない。目の部分だけ空けられた白装束達は一人のみ自分達の意思に反する者がいる事すら分からない。
重要なのは決定されたという事実だ。
過程は重要ではなく、客観的に何が結論として示されたか、それがカーリア聖国の今後の政治方針となり、国民の総意となるのだ。
「・・・・」
☆★☆ ☆★☆ ☆★☆
白装束の人間はカーリア聖国において非常に重要な地位にある。言わば、国会議員のような存在だ。しかし日の丸の国とは違い、議員の数は非常に少なく、その数ほんの十五人である。加えて、議員の入れ替えが激しいため、次会う時は初見さんということが多い。
会議の必要な案件に比べて議員の数が少ないのは致命傷ではあるが、議員の入れ替わりをするたびに自己紹介をしている暇もない。最も、それが顔を隠す白装束と言うわけではないが、ここでは割愛しよう。
そんな重要な人物には貴族としての爵位とは違う身分とんり、その重要さも増すため、個人個人に超高層建築物の階層が割り当てられ、それぞれに屋内テラスや室内プールなど設備が十二分にある。
そんなとある階層の屋内テラスにて、ティータイムを楽しむ人影があった。
「相変わらず、君の作る焼き菓子は美味しいよ。少し焦がしたくらい、なんてことないさ」
澄んだ男の声だった。
茶髪の前髪を横に下ろし、蒼白の瞳が対面する相手を見つめる。所作の一つ一つに高貴さがにじみ出ている。
なんてことない、男女のカップルのような甘々しい会話。おかしいところと言えば、たった一人で会話をしているということくらいだろうか。
「まさか、俺は本気で言っているんだ。嘘が苦手なことくらい、知ってるだろう」
虚空に向かって話しかける彼は優しい笑みを浮かべながらティーカップに口を付ける。誰も、何もいない向かい席に向かって。
「そう怒らないでくれよ・・・。俺だって本心からだよ」
理解ある彼君とはこういう人間を言うのだろうか。相手が虚空である事に目を瞑れば、どう見ても怒る相手をなだめる優しい心を持つ人のそれだ。相手が虚空でなければ、優しい心を持った美丈夫だというのに、これでは優しい心を持ったモンスターだ。
そんなイケメンを貼り付けたヤバい奴は、虚空の機嫌が直ったのか再び美辞麗句を述べながらクッキーを口に含ませる。
そんな和やかな雰囲気。しかしそれは突如として崩れ去った。
「ふふっ、相変わらず、いや、どんどん可愛さに磨きがかかって、・・・ん?」
屋内テラスをつないだ扉から足音が聞こえたのだ。
もう一度言っておくが、ここは白装束の人間のみが住むことを許されている場所だ。つまり、それ以外の人間は階層の所有者の許可がない限りは使用が許可されないのだ。
そしてこの青年は他の誰かにこの階層の使用を許した覚えはない。
とするのならば―――、
「・・・・・・・ふむ」
青年は「すまないね」と席を立ち、出入り口に近づいていく。
それと同時に扉がゆったりと、周囲の状況を確認するように開かれていき、
「おかえりなさいです、先生」
「こ、ここに居たのか・・・。ここ広くって、君探すだけで一苦労だよ・・・」
「申し訳ございません。俺は招かれた身ですし、用があるのなら強制召喚をしてもらっても構いません」
「それは流石に僕の流儀に反するというか・・・、あれには代償が付き物だろう? 召喚の為に血を抜くとか嫌なんだよねぇ」
「召喚される人の血が贄となるので俺の血ですよ。先生の為なら俺hもがっ!?」
肩で息をする男性。しかし痛々しい話となった瞬間、ひょろがりな身体からは想像もつかない速度で衣類らしきものが青年の言葉の続きに投げ込まれる。
「それって他者評価最高主義? それとも自己評価最低主義? なんにせよ、君のその言葉は僕以外に掛けるべきだ」
「・・・すいません」
「そんなに罰を受けたいのならそれ洗っておいてよ」
「分かりました。・・・ですがいいんですか? これは先生にとっては・・・」
「それが無くても僕は十五人の内の一人だよ。それに君を信頼してるからね」
青白の髪を垂らしながら、「先生」と呼ばれる男は疲れたようにその場にへたり込む。SFの白衣のような服を着崩した彼は、まごうことなき白装束の内の一人である。
「先生」は大きなため息を吐き、深く刻まれた隈の目を細める。
「全く、あの老害共。何が生徒側に解決を任せる、だ。一丁前に衣食住を保証してもらっている手前、会議の内容は空っぽだ。検討のための検討のための検討のための検討なんて、いったいなんの知育玩具だっていうんだ・・・」
「先生・・・・。愚痴は後で聞きますが、何か俺に用があったのでは?」
膝を指で小突きながら呻く「先生」に、青年は装束を整えながら聞く。「先生」は最初に「ここに居たのか」と言い、探し回っていたと聞いた。それはすなわち、青年に用があったということだ。
「先生」は、「あぁそうだった」と頷き、青年を見る。
「極秘の任務がある。正直、気の置けて信頼がある君にしか頼めないんだ」
聞きましょう、と、青年はその場に跪き、「先生」に目と耳を傾ける。
「全聖女・エクソシスト二百万人の内の十二人。その内の諜報及び戦闘に秀でた『孤高の六衆』ゴッドウォーカー=グランヒルデ。君個人に対しての極秘任務だ」
「はい」
「とある邪神崇拝の教団の構成員がローレンス聖女学院に紛れ込んだという情報が出回ってきた。敵組織は極めて隠密能力が高く、見つける事は容易ではない。加えて、軍と騎士団には絶対に関わらないように。できれば生徒会にもだ」
「なるほど。ですが、よろしいのですか? おそらくこれは先生の独だ・・・」
「死なばもろともだ。僕が此処から追い出されるのなら、奴ら能無しの人生も狂わせるまでさ」
「・・・・・ファタム・ミロースド」
「助かるよ」
儀礼的に頭を下げる青年に、「先生」は肩をさすりながら青年の目を見て一言告げる。
「くれぐれも、君の命が最優先だからね」




