20 『無意識の罠』
呪具研究同好会に入り、部室のものを一通り見た後、オレとスノーは早々に部室もといナターシャの家から抜けた。門限が近いというのもあるが、なによりもグリアとオルロンの口喧嘩が騒々しかったことが大きい。
一旦はナターシャの拳によって鎮められたものの、争いの火種はどこにでもあるらしくすぐに二人はぶつかった。
―――『自惚れ者、勝手に本の位置を変えるな。名前順だと何度言ったら分かる』
―――『誰も読まない本や資料を何処に置こうと僕の勝手でしょう。それを非難される筋合いはないんですよ?』
―――『自惚れ者、貴様・・・』
こんなことや、
―――『オルロン、君のその義手、いい加減防音してくれません? キュルキュル言ってるの耳障りなんですけど』
―――『ふん、これは仕様だ。歯車だけでは足りない部分を特殊魔術機構で補っている。この理論は前に貴様に教えただろう』
―――『だからなんなわけ? 私は一生懸命対処してるけど、それでも被害が出るのは仕方ないよねってわけ? 僕は完全な対処を求めているんですよ。これは僕の正当な権利であって、君の義務でしょう!」
―――『権利だの義務だの、義務も果たさず代償も支払わない人間がよく言う言葉だ』
―――『オ・ル・ロ・ンッッッ!!!』
あんなこと。
―――『煩くしてすまないなテレジア。注意だが、あの自惚れ者は沸点が低い上どこに地雷があるか分からない手合いだ。丁寧語が急に荒々しくなる辺りが奴の沸騰加減だ。覚えておいて損はない」
―――『聞こえてるんだけど、オルロン。僕が怒るのは君が僕を怒らせるマネをするからだろう! 僕は平和主義者でなおかつ博愛主義者だ。争いは好まないが、馬鹿にされてそのまま黙っておくいじめられっ子の典型みたいな精神は持ち合わせていないんだよ!』
はたまた、
―――『姐さん。少しは手加減をしてください。そんなべしべし叩かれたら、いつか後頭部にヒビ入りますよ・・・』
―――『叩かれたくなければその常時人を挑発するような口調を直すべきだ。詐欺師のような気品さと相手を敬っているようで下に見ているその声は相手を不快にさせるものだ。それは十分、今までの人生で感じてきたものだと思われるが』
―――『君に言った覚えはないんだけどオルロン。僕の発言にいちいち難癖をつけてくる君の性格にはほとほと呆れさせられるよ』
―――『―――ほう。どうやら自惚れ者は自身の過去すらも捻じ曲げるようだ。その傲慢さが人を不快にさせているとも知らずに』
―――『君、そのいい加減な口でどれほどの損害が出ているのか知らなさそうだよね? 莫迦にものを教えてやってもいいんだぞ、この僕が!』
等々。
ナターシャが言うには日常のことらしいのだが、あの険悪な雰囲気にはこちらの胃がキリキリして仕方がない。それはスノーも同じだったのか、家から出て早々、げんなりとした表情を見せた。
「つ、疲れた・・・」
「そうだな。オレもあの空気の部屋に居たくねぇよ」
というか、あの犬と猿みたいな二人を取りまとめられてるナターシャはいったい何者なのだろうか。あの空間で迷わずあの二人の頭を叩ける手腕と度胸にはどんな裏があるというのか。
「それはそうとあそこの空気だけ戦場なんだが?」
中二病と姉御を残して帰路につくオレとスノー。夕焼けがスノーの影を揺らしながら不思議と涼し気な風が吹き、スノーの髪を揺らす。インパクトの強い同好会メンバーとの出会いを経たからか、こころなしかスノーの顔にも疲労が浮かんでいた。
商店街を通るとやはり甘い香りが漂ってくるが、今は疲労を増長させるだけだ。しかしもうそろそろ門限だというのに店の一部は閉まる気配が無く、ずっと開店しっぱなしだ。
あちらこちらに散らばる明かりは未だに店が開いている証拠だ。むしろそれ以外の店は消灯したり店員が鍵を閉めていたりと、一日の営業を終わらせている。開いているのは服飾店、ケーキショップ、香水店と薬屋といったところか。この甘い香りはケーキショップからだろう。仕込みで何かを焼いているのだろうか。
「新商品でクッキー焼いてるのか・・・。なるほどなぁ・・・」
通りすがりに看板を見てみると「新商品・近日発売」の文字とともに人型のクッキーの写真が貼られてあった。花のボタンがついた、可愛らしい人型のクッキーだ。
だとすれば、今焼いているのはそのクッキーといったところか。
「美味そうだし、今度来るときはここの焼き菓子でも買うか?」
「今ちょっと食べ物の話題はごめんだけど・・・、あんな気が休まらない環境は初めてだよ」
「雷雨の中、森の秘密基地でガクブルしてた頃を思い出すな。雷落ちる度に「ひゃぅ!?」って言ってたnあばらんちゅッ!?」
しみじみと過去を振り返って思い出に浸って言った瞬間、スノーの肘がオレの脇腹に突き刺さる。ごりっと骨の軋むような感覚と遅れてくる激痛に、思わずその場に倒れ伏した。
「ぐ、ふ・・・・」
脇腹をさすりながら顔を上げるとそこには顔を赤くしつつも血管が浮き出たスノーが拳を握っていた。
「何が悪かったのかは分からんが、オレが悪かった!」
とりあえず謝罪を口にすると、スノーは大きくため息を吐いて、拳を下ろした。
「はぁぁぁぁ、どうせアストラだしね。・・・・ちょっと好意と恥ずかしさが物理エネルギーとして出力されただけだよ」
「何そのデレ要素の無いツン。好感度が致死量に達しかけたじゃねぇか」
「・・・アストラって鋭いのか鈍感なのかよくわからないよね。まぁこれ以上言っても仕方ないし、早く帰りましょ」
「今さっきの肘でオレに大きな速度デバフが入ったんですがそれは・・・」
脇腹をさすりながら立ち上がると、スノーは「ぷん」と不機嫌を醸しながら歩き出す。骨まで沁みた好感度に奥歯を噛み締めながら、オレはえっちらおっちらとスノーの後を追う。
しばらく歩き、商店街を出たあたりで前方を歩くスノーがふと立ち止まった。
視線の向きからして下。地面に何かが落ちているのを見つけたらしい。
「どうした?」
「あ、アストラ。これ・・・」
教材を持った手とは反対の、ついさっきオレに食らわせた肘のほうの手で地面に落ちている何かを拾う。
―――薄紅色の花、それも布で作られた精巧な花であった。
「誰のだそれ」
「私が知りたいよ」
「だよな」と返し、オレはスノーの掌の花を見る。
逆立った花弁に黄色の花粉。こまめに作られたヘタには安全ピンのようなものが取り付けられていた。針の部分が曲がっている辺り、おそらくは何かしらのアクセサリーであり、何かに引っ掛かり針が曲がって取れたのだと思われる。
「どこにも名前書いてねぇのな。ロゴは入ってるけど」
「アルベルド」という、大きな鐘の形を成したこのロゴは商店街内部にもある服飾店のマークだ。学院外の洋服ブランドの企業であり、学院と提携しており、支店が学院内部にもいくつかある。
基本洋服を売っている服飾店だが、他にもぬいぐるみや人形、お守りやこういった花の形をしたアクセサリーも売っており、聖女の間ではかなりの人気を博しているらしい。
「まぁ、オレはブランドとかファッションなんて分からんけどな」
「私もだけどね」
と、二人して流行りから遅れたことを再確認した辺りで通りの向こうから誰かが走ってくるのが見えた。スカートをはためかせながらばたばと走る姿に優雅さはなく、焦燥感に駆られた息遣いと顔が見えた。見えたが、
「なんかアイツ見たことあるな」
「え?」
「居ただろ、同じクラスに。ほら、なんて言ったか」
脳裏によぎった初日の授業、そこで遭遇した普遍的クソお嬢様。その後ろについて行き、スノーにつっかかってきた金魚のフン、―――その人であった。
その金魚のフンはずいずいと近づき、スノーとぶつかりそうになるほど接近して、
「ねぇ、庶民。このあたりで私の見てない?」
「私の?」
「なんでわかんないわけ!? 花よ花! スイレンの装飾品よ!」
「スイレン・・・? あぁこの花のこと?」
金魚のフンの言葉に首を捻るも、自分の持っているものが彼女のものだと合点が行ったらしく、そのまま拾ったものを差し出した。
「にしても口が悪いな、オイ」
金魚のフンの言葉遣いに対する悪印象を吐露するが、物理的に聞こえてはいない。
金魚のフンは差し出されたスイレンのアクセサリーを奪い取ると「まぁ、汚れているじゃない!」と、スノーをこれでもかと睨みつけた。
「あなたみたいな庶民には分からないだろうけど、これはアルベルドのラッキーアイテムなのよ! 流行りの装飾品! それを汚すとかどういう了見n、・・・あなた・・・!!」
飼ってるカナリアを猫に食い殺されたかのような凄まじい剣幕をしていた金魚のフン。しかし、その目線がスノーを捉え続け、減らず口を叩こうとしたところで、はっと瞳を丸くする。
「あなたあの時の、欠陥聖女・・・!!
「なんつーあだ名つけてんだ・・・」
口から出たあまりにネーミングセンスのないあだ名にオレはたまらず愕然とする。スノーはこてりと首をかしげている。それが単細胞には最大の煽りになるとも知らず。
「あなたに言ってるのよあなたに!! あなた、まさか天使と契約できないだけじゃなく手癖も悪いのね!?」
「手癖が悪い? なんでそうなるの?」
「スったんでしょ! 私が気づかないように近づいて、こっそりと!!」
「じゃぁ実践して見せて。私じゃ無理だし」
「盗人猛々しいとはこのことね! 先生に報告するから! 泣いて謝っても遅いんだから! あなたの学校生活終わらせてやるから!」
「ふーん、そう」
金魚のフンの逆恨み逆ギレにスノーの反応は淡白であった。それどころか怖気づく気配もなく、堂々と金魚のフンに顔を近づける。お互いの息がかかりそうだが、スノーの方が高圧的に相手を見下ろしている。
「そういうのは本人の目の前で言うことじゃないよ。なんで目の前で自分ごと証拠隠滅されるって考えないの・・・?」
「ひっ」
ぽんと、相手の肩に手を置き、耳元でささやく。傍から見ているだけのオレの背筋がぞわりとするのだから、金魚のフンの心境は察するに余りある。まるでサウナ後の水風呂のような、全身からひやりとした悪寒が纏わりついてくる。
「き、汚い手で触るな庶民!」
ついに相手側がしびれを切らした。恐怖に反射して疾くこの場から脱しようと真っ青な顔でスノーの掌を払いのけようとしたのだ。だがこれを見逃すスノーではなく、
「いったぁ~い!!」
その掌がくる位置に敢えて顔を近づけ、耳元を金魚のフンの手の甲が打つ。わざととしか思えない演技に加えて更に大げさな悲鳴を出して周囲のまばらな聖女達の注目を集める。
一瞬スノーの取った行動に理解が追いつかなかった金魚のフンだが、スノーの悲鳴と周囲の注目があることからその顔色を青から赤色に変化させる。
「ち、違う! こいつは泥棒なのよ! 私のスイレンの装飾品を盗んだの!」
「ひ、ひどいよぉ~! 探してって頼まれたから探してただけなけなのに、見つけたら泥棒扱いなんて・・・。友達だって思ってたのにぃ~!」
えぐえぐと大粒の涙を流しながら存在しない関係を持ち出すスノー。号泣(嘘)という、オレが教授させた外道戦法だというのに見ていて腹が立ってくる。
大号泣をするスノーにキレ続ける金魚のフンという、カオスも尻尾捲いて逃げるレベルの混乱っぷり。しかし、事態は収束の方向へと向かっていた。
段々とだが、金魚のフンの視線が泳ぎ始めたのだ。
元より女子供の武器たる涙は、基本的に最初に発動した人のみ扱える。そしてこうしたプライドだけ貴族階級の奴は揃いも揃って周囲からの視線に人一倍敏感なのだ。自分達こそ高貴な人間だと思っているのに人の評価に悩まされる。
こうした状況下、最初こそは見下し態度で逆ギレをかましていた金魚のフンであったが、所詮は群れて強くなるカラスやピラニアタイプの人間だ。自然と耳と目はスノーから離れて周囲の少数に向けられていく。
相手有利の盤面であるのなら、その盤面をひっくり返すのは容易なことではない。
しかし、相手が場所や敵を見誤り、もしくは完全に油断している状態であれば不意を突き自分有意の盤面になる。
「あ、あんた恥ずかしくないの!? 大勢の目の前で泣いて、人からものを盗んだくせに!」
「うああああああああん!! ひどい、ひどいよ! 最初はからかわれた私を助けてくれたのに! 優しい人だと思ってたのに! なんでこんな、こんなッ!!」
「あんたとはそんな関係じゃないわよ! この欠陥聖女! 天使と契約できなかったウスノロ!」
罵倒と号泣の応酬だが、これが無駄であったと奴は即座に気づいたようだ。
周囲の視線のそれは金魚のフンへの非難の目が多いということに。
天使との契約の不成立は聖女の間では珍しくないようで、上級生になっていけばいくほど、天使と契約していない聖女の割合は高くなっていく傾向にある。調べたところ、割合としては全体の三、四割を占めており、契約聖女と未契約聖女のコミュニティも沢山ある。
だからこそ、そういった金魚のフンの言い分にはどうあがいても差別発言のように捉えられてしまうのだ。
「―――――ッ!!!」
ついに味方がいないことを完全に自覚した金魚のフンはスノーを見ながら強く歯噛みする。言葉の全てが弱味となった上、自身が嫌う相手が目の前で被害者ムーブを噛ましてくる。これほどまでにヘイトの溜まる行為はないのではないかと言わんばかりに、ぎりぎりと歯を噛み、今にも殺すような表情をこちらに向けている。
そうして少し時間が経ち―――、
「ちっ、覚えてなさいよこの悪女がッ! 必ず後悔させてやるぅ!!」
「そ、そんな酷い言い方・・・、あ!」
行き場のない怒りを最後の逃げ文句に使い、寮の方向へと走り出した。数人の生徒のの肩にぶつかるもそのまま押し通し、生徒の一人にしりもちをつかせた。
もはや今の奴に貴族級のプライドなんてものはない。逃げることに全てをかけたのだ。
「今がこの場から不自然なく脱するチャンスだ! 追いかけるふりして逃げるぞ!」
すべての視線が逃げる彼女に向いた瞬間、オレは泣くフリをするスノーに耳打ちする。スノーは一瞬こちらに振りかえり、うん!と頷くとわざとらしく「待ってよー! きっと誤解なんだよ~!」と、何が誤解なのか分からないことを発しながら、その後を追いかけ始めた。
無論追いつく気はないので、速度は控えめであるが。
☆★☆ ☆★☆ ☆★☆
交差点を振り切り、金魚のフンを良い感じに見逃した後、寮の部屋にオレは読書をするスノーに歓談をもちかける。
「全体的に演技が上手くなったな。ぷるぷる震えて大粒の涙がこぼれるあたり、本物に見えたぞ」
「私だって口喧嘩に涙に鉄拳制裁といい、村の人と何度戦ってきたと思ってるの?」
「村人は戦う相手じゃない定期。にしてもあの村だけ異様にレスバ脳してる奴多くね? 違うのか? 国民の民度はレスバが常なのか?」
思い出すのは砦の屋敷の下にある村だ。スノーパパの統治する村で、村人は良くも悪くも活気に満ち溢れ、ことあるごとに意見交換という名のレスバをする。しかも「死ね」や「お前が死ね」とかいう底辺の喧嘩ではなく「へぇ、情報源何処? あー、その論文間違いだらけだってね」や、「〇〇が××で、三秒後に△△を加えると□□だから違うよね」と妙に理論的なのだ。
そしてこのレスバは論破された側が負けとなるが、時々暴力沙汰になる場合がある。その場合は「勝ったやつが正義だ!」となり、乱闘に発展するが、スノーはそのレスバで鍛えられたのだ。
論破し、論破され、涙を武器にし、時々論破された側が殴りかかってくるのを返り討ちにし、鍛えられたスノーは生半可な悪口には動じない。そこに天然が入ることで最強となる。教育をミスった節があるのは秘密だ。
「考えてもみれば、グリアやオルロンといい、喧嘩になる人が多い気がするし、もしかしたらってこともあると思うんだが」
「んー、でも違う気がするけどなぁ・・・。あの人達ってすぐに手が出るタイプだと思うんだけど。あまり言葉を交わさないというか、交わしても意味がないって思ってるとか」
「なるほど・・・。ぶつかり方の問題か・・・」
「それにあの絡んできた子も語彙のレパートリーが少ないし、多分普段から議論と騒乱があるのは私の村だけだと思う」
「民度がレスバのそれということを綺麗に言えば、そうだな。あっと、そうだ。結局あの金魚のフンは何がしたかったんだろうな。スノーを泥棒扱いなんてなんの意味がある?」
「金魚のフンなんて言い得て妙だね・・・。でもただの嫌がらせだと思うけどな。途中まで私だって気づいてなかったみたいだし、自分中心に世界が回ってるって勘違いしてるプライド一軍の温室育ちじゃない?」
「お前時々人の心失くしたんかって思うくらい酷い言葉が出てくるよな・・・」
おそらくオレの煽りスキルを吸収したと思われる。やはり教育はミスっているようだ。
「気にするような相手じゃないと思うけど。アストラが煽るから身構えてたけど、想定以下だったよ」
「果たしてそれは喜んでいいのか・・・?」
けろりとしているスノーにオレは軽く困惑する。結果として被害が出ているのに「想定内だから大丈夫」と言われた気分だ。
そのなんとも言えないオレの視線に気づいたのか、スノーもばつが悪そうに顔を開いたページに埋め込む。
「ま、まぁスノーが大丈夫ならいいんだが・・・。それよりか、流行りのアクセサリー、か」
「うん?」
「いや、なんでもない」
天井を仰ぎ、オレはふぅっと息を漏らす。反応したスノーを抑え、オレはちらりと窓の向こうの景色を見た。
ぽつぽつと明かりが灯っている学院内の街の景色は幻想的で物静かなものだった。




