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01 『転生を自覚した夜空で』

 ―――意識が奈落へと落ちている。


 ずっとずっと、暗い暗い、深いところへと落ちていく。


 まるで底のない大海に放り出されたような、しかし苦しさはない。ただ、そこにあるだけのような、不思議とそれ以外何も感じなかった。


 

 ――『僭越者達よ、今この時世界の歯車は動き出す』



 声が届いた。しかし耳が震える感覚はなく、手足にも感覚はなかった。


 目は開いているのか、閉まっているのか。口は開いているのか、閉まっているのか。鼻も鳴らない。何も分からない。


 分からなくとも、その声ははっきりと俺が理解する言葉として刻まれる。


 

 ――『私は摩耗してしまった。しかし再会は果たされる』


 ――『きっとそこへと往こう。魂は削られ、君に触れる身体もない。だが、策はある』


 ――『彼に託す。彼はあの時から隔絶され、外界へと封印されていたが』



 誰かが誰かに話しかけている。しかし友人同士の和気藹々とした会話ではなく、遥か昔に失くした人を想うような哀愁が漂っていた。



 ――『彼が此処に来る可能性は低い。何せ、どこに隔絶されたかすら分からない。■■■か、もしくは■■■■か』


 ――『君はもういない。私も、おかしくなってしまったのかもしれない。外はどうなっている? 彼は・・・もういないのか』


 ――『彼は今頃元気にしているだろうか。私は時を駆けるのでやっとなのに、君は事故と言えど時空と世界を跨いだ・・・』


 

 誰か、居る。じゃない。誰かの声がある。録音とはまた違った、声だけの世界とも言うべきか。とっぷりと沈んでいく意識はむしろ何よりも鋭い耳として、誰かの残していった声を聴く。


 意味は分からない。だが、違和感ではない。


 身体たる身体もなく、しかし沈み、底へと落ちていく感覚は健在だ。


 そして段々とその底の見えない終わりにも、終わりがやってくる。


 ―――トンッ、と俺の意識が水面に触れた。正に今からここが大海であると言わんばかりに底には果てしない水面が広がっていた。何も見えていないはずなのに、底には広大な水面が広がっていた。


 水面は透明で澄んでいる。それなのにその奥は黒い。


 恐怖を植え付けるその黒さに俺は行きたくないと震えるが、それでも意識は抵抗むなしくその境界を渡る。


 渡りきり、水面に波を立てた直後声が響く。


 

 ――『君に、また会いたい』


 

 その声に俺の意思とは関係なく懐かしさを覚え、俺の意識は再び眠りに着く。


 ―――その日、オレは新たなる生を為した。




 ☆★☆ ☆★☆ ☆★☆



 

 風が頬を撫で、いじるようにまつ毛を揺らす。まるで全裸日光浴をするように局部まで風が透き通るような感覚があるが、不思議なことに丸出しにした時の爽快感らしきものはない。


 何かで覆われているのか?


 そんな縮んだスク水でも履いているような、なんとも言えない感覚にオレは実体があることを確信する。


 銃弾で撃たれ、激痛が走ったはずの横腹には痛みもなく不思議と元気すら湧いてくる。


 「いったいオレはどうなって――――」


 考えれば考えるほど混乱は増えていく。だがこの目でしかと現実を見なければ事を理解するなど不可能だ。百聞は一見にしかず。いざこの眼で再び世界を見る。


 瞼を開き、抜けていた全身に力を入れる。


 ・・・絶句した。


 「―――は?」


 オレが最後に見たのは瓦礫の山と自分の血。最後に味わったのは鉄臭い血塊だ。


 しかしどうだこの現状は!


 「は? え? 空? と、飛んでる!?」


 口に残っていた苦みもなければ、煩い爆音も、コンクリの欠片さえもない。眼前に広がるのは少しの人工物と山々、そして 無限に広がる夜空だ。


 そして最も驚く点はオレの今の状況だ。


 「なんだ、これ・・・?」


 文字通り地面に足がついていない感覚。その浮遊感をもたらす背中。


 ―――大翼だ。


 眼を見張るそれはオレを優に超える大きさで、力強く羽ばたいている。形はまるでぼろぼろの黒マントを二つに裂いたかのような不格好さだが、それはまるで身体の一部のように付け根がオレの背中にあった。


 「どうやって飛んで、・・・いやそうじゃない。なんでオレこんなところで浮いてるんだ!?」


 どう考えても人間の所業ではない。そもそも今のオレが人間かどうかすらも怪しい。多分、人間じゃない。そうは言ってもオレの意識はあり、それでいて過去の何をして死んだのかもはっきりと覚えている。


 「死んだとき魂は天に召されるとか聞くけど、流石にこんな毒々しい見た目の翼なんて生えるか普通?」


 オレは根っからの善人だ。死んだときに生える翼など純白に決まっている。こんなぼろきれのような翼なぞ言語道断だ。それに仮に死んでオレが魂的存在になっているのだとしたら、瞳に映る景色はこんなにも自然に溢れた街並みではない。もっと煙が吹き、あちこちから爆撃音が聞こえているところだ。


 つまり今の状況はどういうことかと言うと―――、


 「輪廻転生しちゃった感じか・・・?」


 それも、人ではない何かに。


 「普通転生っつったら赤ちゃんとかじゃないか? 羽生えてるし、暗くてよく見えないけど手足もある感じするし、なんだこの生物」


 なんというか地球にはない生物になっている気がする。


 真夜中であるがゆえにうっすらとしか見えないが、確実に掌を握る感覚、足をばたつかせる感覚はある。筋肉が鼓動し、その中にしっかりと骨があることを感じ取れる。幽霊でないことを再確認し、オレは改めて頭を悩ませる。


 「蝙蝠・・・? いや、蝙蝠だったら手と翼は一体化してる。だったらUMA的何かか? UMAはあまり詳しくないからよく分からないが、この感じナントカデビルとかいう名前つけられてそうだよな。ははっ、だっせぇじゃん」


 残念ながら過去のオレは確かに神秘的な未知を愛する人間だったが、精通しているのは悪魔や霊的現象といった魔術的オカルト方面だ。未確認生命体や飛行物体には惹かれなかった為、その手のこととなると途端に口数が減ってしまう。それを避けてか癖で空笑いをしてしまった。


 オレの心境を表してか、一層冷たく乾いた風が吹き抜けていった。


 「悩んだって仕方ないか・・・。暗いし、こんなところで悩んでたら考えもマイナス方向に行く」


 密林でも樹海でも、ましてや廃村でもカルト教団施設跡地でも深夜に行くとどこか物悲しく、おどろおどろしい雰囲気を感じる。それは深夜の上空でも同じなようで、オレの思考回路もどんどん本筋から離れていっている。


 大事なのは感情が下がっていることに気づくことだ。


 「とりまどっか暖かくて明るい場所でも探すか・・・」


 自分で目標を決めて、声に出す。それだけでも十分に自分自身に行動力を与えてくれる。


 「とりま少し下がるか。下げる方法分からないけど、翼を一旦停止させるとか?」


 ここでオレはミスをしたことに気づいた。高度を下げる時、空を飛ぶ者ならどうするか。


 答えは簡単だ。翼を大きく開き、動きを止めて滑空する。


 じゃぁ、今この場で突然生えた翼の扱いも分からないまま意識的に背中の力を抜くとどうなるか。


 答えは簡単だ。


 「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!?????」


 落下する。ただそれだけだ。


 落下に伴う速度の上昇。再び翼に力を入れようとしても顔面に叩きつけられる豪風のせいで集中が出来ない。


 「あばっばっばばばばっばっばっばばば、あばぼ!!??」


 口を閉じようにも勢いよく入ってくる風のせいで変な声が出る。更に虫まで入ってきた。美味しい。


 ではなく。


 「ふぬにににににににににぃぃぃぃぃぃッッ!!!! あがっ!!」


 飛んで口に入った虫を飲み下し、風圧で折れそうになりながらも歯を食いしばり無理やり力を背中に集める。折角生まれ変わってもその数分で落下死なんて洒落にならない。


 必死の思いが伝わったのか、急速落下をしていたオレの翼が再び開き急降下を防ぐ。その衝撃に肺にあった酸素は押し出され、食道から呑み込んだ虫も口から羽ばたいていった。


 「おごぐ・・・、うえぇぇ・・・き、気持ち悪い・・・!」


 羽虫が這い出てきた感覚と、寸止めを喰らったジェットコースターのような腹への圧迫感にオレは舌を出す。転生してから色々不便になっている気がした。


 「やっば、これ以上浮遊感は・・・。どこか休める場所・・・・うごっ!?」


 吐き気に苛まれ、オレはどこか休める場所を探そうと当たりを見まわした瞬間、落下が止まったことで力の抜けた翼の動きが止まり、再びオレは落下する。しかも今度は滑空状態だ。真下への。


 「あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!! おぶっ! と、止まっああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!! や、止まれ! とまあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」


 翼の三次元蛇足運転がオレの肺と胃を揺さぶり、これでもかと心臓にダメージを与えに来る。最初の吐き気は次の落下で再び奥へとぶち込まれたが、今度は心臓が止まりそうだ。


 飛行機と違ってこの翼には安心感が致命的に欠如している。特にオレの心身の調子に連動しているという点においては特に。


 結果として、オレはこれっぽっちも翼を扱えていなかった。


 「うわっああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 目まぐるしく回る景色に突き抜ける風。冷風をまとったそれはただでさえ少しの集中も切らしてはいけない現状のオレの首筋を何度も撫で、背中に入れた力を奪っていく。どういうルートなのかすらも分からない、完全に右往左往という翼の軌道にオレは翼を支配下に置こうと躍起になる。


 「全然掴めん! あばっ! くっそ! もっと優しくおげッ!?」


 落下、上昇、滑空、Iターン、宙返り。今のヘリがしそうな変態軌道を翼で為しながらもオレはある一つの光点を視界に収めた。


ドラキュラ城のような山の中にひっそりと佇む城らしき影。月光に照らされ見える全体像はどことなく西洋のホラー映画のような暗さと怖さがある。


 その数ある一つの煙突のようなところから光が漏れていた。


 ゆらゆらと揺れる光はおそらく蝋燭のものだろうか。消して大きくない光であるが、少し数があるのかぼうっとはっきり見える。


 「せめて不時着するならっおえっ、あそこだろ・・・」


 風圧に慣性の法則が合わさり内臓を圧迫されながらもオレは狙いを定める。この感じだとあの開いた小窓に入る事は出来ない。上手くいって壁に激突するくらいだろう。


 「うおぇっ・・・・、迷ってられん! 行くッ!!」


 宙返りをし、再び胃から苦い汁が逆流してくるがそれを飲み込み、未完成の覚悟を決めて背中に力を入れる。


 並々ならぬ覚悟は力となり、ぐだついていた翼はオレの意思が直結したかのようにその大翼を広げる。一瞬身体が上昇したがそれは些細な誤差だ。着地できればモーマンタイ。激突してもセーフ。外れて地面に落下はゲームオーバーだ。


 オレの短い掛け声に呼応し、大翼が翻る。


 瞬間、オレの景色がぶっ飛んだ。


 いや、オレがぶっ飛んでいる。


 吐き気は引っ込んだが、酔いは取れていない。心臓もバクバクと鳴っている。表面的には冷静を装っているが、内心はかなり焦っている。急かすように翻す大翼は内心と直結しているのか速度がどんどん上がっている。


 そして視界に城だけが映った時、オレは翼の加速をやめる。力を抜き、翼をヘロヘロにしないとその灯りのある部屋に入れない。窓に翼が引っ掛かるのだ。


 目算の感性の法則によって、オレの身体は急には止まれない。加速した分のエネルギーはなくなるまで動く方向へと向く。


 「これによって見事着地を収めてがっばばばばばばばばばばばばッッ!!??」


 目算で空き窓からは入れたのは僥倖だった。しかし思っていたよりも勢いがあったせいで見事な着地は出来ずに顔面から床へと叩きつけられ、そのまま前身をフローリングにすりおろされた。


 目算(笑)の悲惨な末路であった。


 「あっつぁッ!? 鼻痛ぇッ! くそっ、飛び込んだ後のこと全然考えてなかった・・・!」


 絨毯に顔を擦られたせいで鼻がとても痛い。前身も痛いが、特に鼻が痛い。視界の死角にあるため具体的にどうなっているのか分からないが、触ったところ熱を帯びている。多分腫れている。


 「鼻血は・・・出てないな。出てても絨毯赤いしセーフってところか。・・・・おん?」


 立ち上がり鼻の感触を確かめる。ぬめっとした触感がない辺り血は出ていない。と、身の安全を確認したところでオレは背後からの視線に気づいた。


 振り返ると一人の少女と目が合った。


 子供用とは思えない大きなベッドに座る一人の少女。その容姿は美しくもあり、少し目をそむけたくなるほどに醜くもあった。病的に白い肌に年相応とは到底思えない痩せた腕、金色の瞳の下にはおびただしい隈が刻まれている。月明りに照らされて光る銀の髪は伸び放題で、手入れが全くされている有り様だった。


 全体的に白く、雪の妖精というよりも死にかけの少女と言った方が当てはまる。そんな容姿の少女にオレは見られていた。


 だが腐っても相手は少女だ。傍から見たらオレは少女の寝室に転がり込んできたロリコンおぢさんに見えてしまうだろう。これでは万事休すだ。冤罪はおそらくこんな状況から生まれてしまうのだろう。ともなれば実態は一刻を争う。


 「や、やぁ・・・。すまない、決して怪しいものではないんだ。ただちょっと空を飛んでいたら間違ってこの部屋に入ってしまってね・・・」


 オレは変な誤解を与えて叫ばれてはならないと、最大限の警戒をしながらこちらを見据える少女に語り掛ける。変に応援が来たりすれば一発アウト。どんな理由であれ逮捕されるのは必然。絶対に避けなければならない。転生して即少女誘拐の冤罪で捕まるなてごめんである。


 その不安もあってか話し方がかなり丁寧になってしまった。


 「正直、ここがどこなのか分からないし、道に迷ったというか空に迷ったというか・・・、だから決して怪しい奴じゃないんです」


 「・・・・・・・・・・・魔さん?」


 「まさか入ったところに人がいるとは思わなくて・・・、邪魔だったらすぐに出ていきますのでこのことは他言無用でお願いしm・・・・え?」


 両手を合わせてお願いしますと頭を下げようとした時、少女が何かを呟いたのが耳に入った。


 聞き返すと、少女は軽く咳をしてはっきりとした声で口を開く。


 「あなた、・・・悪魔さんですか?」


 「んえ?」


 一瞬混乱してしまった。「きゃー、変態ー!」と言われると覚悟していたが想定外過ぎて口を開いたものの、答えは見つからない。

 

 「角もあるし、その身体とか、は、羽もありますよね? 悪魔じゃないんですか?」


 「え、角?」


 「そんなもんあるか?」とオレは自らの手を頭へと伸ばす。伸ばした掌も中々にいかつい見た目をしていたが、頭上に二つの突起物があることに更に驚く。


 「えぇ・・・あるやん」


 「私手鏡持ってるので、どうぞ」


 困惑するオレに手鏡を手渡す少女。半分嘘だと思いながらオレは手鏡を傾けて頭に向ける。


 反射する鏡に映し出されたのは、残酷にもおでこから生えた二つの角だった。ビジュアル的には日本古来から伝わる”鬼”の角ではなく、アニメやゲームに出てくるような”悪魔”の角だ。それも模様付きだというのだから見間違いなどではない。


 次に身体だ。これは手鏡無しでも見れたが、明らかに人の身体ではなかった。


 人型であるものの、その見てくれは黒い外殻で覆われており、人間の頃よりも明らかに厚い黒光りする胸板がある。そして腹筋も割れていた。二の腕は同じように黒い外殻で覆われており、掌には鉤爪がついている。尻尾はないようだが、その造形は悪魔というよりも”人に化けている竜”といった表現があっている。


 しかし上腕筋だったり顔だったり、人の肌の色をしている部位もある辺り竜ではないだろう。爬虫類の皮膚感ではなく、哺乳類の皮膚感だ。なんなら火を噴けないので竜ではないことは確定だ。


 まぁ、つまるところ。


 「・・・・悪魔だわ、オレ」


 転生を自覚したオレ。自らが悪魔であることを知る。


 どうにもここも生きにくい世界になりそうな気がした。



ご精読ありがとうございます。




誤字脱字、効果の記載ミスなど不明な点があれば申し付けください。ネタバレ部分は未回答、その他は適宜修正、返答します。

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