18 『禁制の非公式同好会』
本来であれば休みの日。しかしこの『妨害魔法』の科目はその休みの日を潰して行われる。選択科目であるため、これをわざわざ選ぶ生徒はよほどのもの好きであるとも言える。なぜなら、
「講義受けた奴揃いも揃ってピンピンしてるとか、マジかよ。土曜授業の時の生徒なんて全体的に死んだ目ぇしてたのに・・・」
流行り風邪で授業が遅れ、土曜授業をすることになった時は決まって生徒達の目が虚ろでやる気もへったくれもなかったというのに、だ。
『妨害魔法』の講義が終わり、教室から出ていく生徒たちの表情は朗らかで日本に居たときの学徒と違って活き活きしている。
「・・・スノーもすごいよな。休日授業なんてオレからしたらとんだ拷問だったってのに」
「そういうアストラだって授業は真面目に聞いてたよね?」
「まぁ、面白いからな」
やってきた道。―――舗装もされていない雑草と蔓植物に囲まれた廊下を歩きながら、オレはスノーと談笑する。
教材を胸に手繰り寄せてオレの前を歩くスノーも、休日授業終わりだというのに元気だ。若者の元気っぷりには流石のオレも脱帽してしまう。帽子ないけど。
「講義終わったけど何するよ?」
「何するって、決まってるじゃん」
「また図書館に籠る気か!? せっかくの学校なのに他にやる事ないのかよ」
「やる事なかったら図書館に行って本でも読めばいい、って言ったのアストラじゃん!」
「クソ! オレに似て変なところだけはしっかり聴いてやがる!」
スノーの教育が違った方向に進んでいると我ながら少し後悔した瞬間だった。
学校の授業は日本の時とほとんど変わらず、大体六時限。一時限が九十分なので全部で九時間な訳だが、日本と違って一日の経過時間は倍の四十八時間。正午あたりから一時限目が始まるとはいえ、六時限終了から寮の門限まで軽く十二時間はある。その全ての時間を、このスノーは図書館で過ごしているのだ。
「スノー、お前本当にこのままでいいと思っているのか?」
「別によくない? おかげで私一週間しか経ってないのに図書館の受付とかスタッフさん全員と顔見知りにはなってるんだよ?」
「そりゃ一日の四分の一を図書館で過ごしてる奴なんて嫌でも目に留まるだろ」
かといってスノーと図書館のスタッフらの関係は決して悪いものではない。むしろ良いまである。
ローレンス聖女学院の大図書館。東京ドーム程の大きさを持つ学院内でもかなり目立つ建物だ。その中にある書物は一部禁制のものを除き、太古の昔、魔神と人類の戦争の時代からあるあらゆる国の書物を貸し出している、いわゆる知恵の宝庫だ。
スノーはそこに一週間居座り、すさまじい量の書物に目を通している。無論外国語、古語となると理解に時間がかかるが、スタッフがそうした現場を見つけると翻訳版や類似の参考書を持ってきてくれたり時たま簡単に訳してくれたりする。
「あの感じ、相当気に入られてるよな。他の人には目もくれず、スノーが困った時だけどこからともなく出現する・・・」
スノーとの絡みなんてほとんどなかったというのに、何故か不思議と図書館のスタッフは軒並みスノーへの好感度が高くなっている。
あそこまで良好な関係であればこれからも図書館に居てもいいと思うかもだが、オレはそれが正解だとは思わない。
「ほら早く行こうよ。早くしなきゃ閉まっちゃうよ」
「・・・・ふん、それは本当に合っている選択か?」
「何、急に?」
「何か始まった」とスノーがじとっとした目でこちらを見る。痛々しい武勇伝を話す人間を見る目だった。
オレは少し心が折れそうになりながらも、息を吸って吐く。
「違うな、間違っている。短期的に見れば合っているとされる選択でも、長期的に見れば間違っている選択はこの世にいくらでもある」
「そんな図書館行くのが間違っている選択なの?」
「いいや、確かに図書館に行き、知見を深めるのは有用なことだ。だが、それだけでは机上でしかものを話せない学者と同じだ。本来、人は学ぶ生物。しかしそれは何も読み書きだけではない。・・・・それは、自らも動くことだ!」
「うん・・・?」
「今の今まで、確かにスノーは沢山本を読んできた。だが、それだけが本当に知識足りえたのか? 必要なのはそれが現実であるということの証明だ。本だけでは、それは小説を読んでいるのと変わらない。それが本当の知識として備わったのは何を隠そう、疑いが真実となったことだ」
「うむむ・・・」
「どれだけサバイバル術を学んでも、いざそれが身に付くのは実際にサバイバルをしに山に籠る時だ。どれだけ少年漫画を読もうと、実際友人関係は漫画通りにはいかない。運転教本を読み込んでも、実際運転が上手くいくとは限らない。すべては、疑いが真実になり始めて知識たりえるのだ! スノー、今のままではただ賢くなった振りをする莫迦と同じだ」
「・・・!」
「エルソーを見てみろ。彼女は生物化学部で毎日気色悪い生物を涙目で食っている。ルノーを見てみろ。彼女はパン屋や花屋のバイトを掛け持ちしつつ、自身の趣味と合致するクラブを探している。そして何を隠そう、このオレも同じだ」
「アストラが同じ?」
「そう、オレは子供の頃から呪術やら降霊術の存在を確かめるため、蟲毒、藁人形、こっくりさん、ヴィジャ板その他諸々を試して来た。全部失敗に終わり、読んできた本の間違いに気づいた。もしここで、オレが行動を起こさなければ、オレはただのオカルトマニアのクソガキになっていただろうな。それと、同じだ」
「同じ。私が・・・?」
スノーの問いにオレは頷く。
「全部を確かめる必要はない。オカルトである必要もない。多くを読むのなら、その分多くに触れ、多くを見る必要がある。趣味の範囲でもいい。それだけの多くを知って初めて、理解するに達するのだ」
オレがそうであったように、スノーにもそうあってほしいと願う。
ぐっと拳を握るとオレにスノーは言葉を失い、そして本人の顎に手を当てることとなった。
やがて思考した後、スノーは強く頷き何かしらの理解に達したらしい。
「分かった。アストラの言う通り、ずっと図書館に籠ってばかりだったら知識を本当に吸収することは出来ない・・・。きっと、私自身から知識を知ろうとしないといけない。失敗を繰り返さなければいけんんだ」
「お、おう、せやな・・・」
真剣な眼差しで見つめられ、オレは思わず目を逸らす。
しかしスノーはオレの心情なんて分からない。スノーは「じゃぁ」と言い、
「あそこに行ってみるよ」
どこか別の場所に向かう意思を示したのだった。
☆★☆ ☆★☆ ☆★☆
「呪具研究同好会?」
聞きなれない言葉にオレは首を捻る。
偉そうにご高説垂れたものの具体案を聞かれると何も答えられないオレに、スノーが持ってきた話題が「同好会活動」の話だった。
「聞くに呪具の研究をする同好会というそのままのような部活みたいだが・・・、貼り紙らしい貼り紙も無いし、どこでその話を聞いてきたんだ?」
オレとてずっとスノーと一緒に居るわけではない。睡眠や休息が必要のないオレはスノーが惰眠を貪ったり友人達と団欒している最中は学院内の探検に勤しんでいる。その探索の最中で発見した各階にある告知板。そこには学院内の部活や風紀軍メンバー募集の貼り紙があったりする。なんだろう、風紀軍って。
オレの記憶では「呪具研究会」というものはなかったはずだ。あそこは部員一人であろうと部を貼りだしているマメっぷりだというのに「呪具研究会」の名前は入っていなかった。
「「商品割引に群がる年齢層の統計学部」とかいうどこの層向けか分からん部活すら載っていたのにそんなあるか分からん部活なんてやめとけ」
「そこは大丈夫。図書館のお姉さんが教えてくれたんだ。スノーちゃんなら気に入ると思うからって」
「あのおっとり系お姉さんが!? 白のレースに高身長白髪の純朴系美人の・・・、い、いつの間に・・・!?」
「なんでアストラがそこまで過敏に反応するのかは分からないけど、そうだよ。非公式で活動してて部員募集の貼り紙は出させてもらえないけど、一応部としては長い間活動してるんだって」
「あぁ非公式ね、非公式。ずいぶんとそそるものがあるじゃないか。スノーはそこに入りたいと?」
「うん。他の部活は、私には合わない気がするし・・・」
「・・・まぁ、それは人それぞれか。じゃぁ、その「呪具研究会」にでも行こうか。オレも少し気になるし」
知らない間のスノーの得た情報に頷き、オレはスノーの後ろをついていき、図書館へ行くルートから外れた道を行く。
学院を出て、寮の連なる道を抜け、まっすぐ花屋や商店街を通り過ぎれば巨大な図書館が見えるが、今日はそこではない。商店街に入り、そのまままっすぐに突き進む。華やかな装飾に男子禁制故なのか香水や甘い香りが漂っている。
「駅にあるパン屋みたいな甘い香りだぁ・・・」
「部活見て終わったら帰りに寄ろう」
甘い砂糖の空気を思い切り吸い込み肺を満たして更に奥へと進む。長くも無く短くもない街路を通り抜けると再び寮が見える。ここの寮は二年生の寮らしく、周辺の庭では上級生の服を着た生徒が和気藹々と花の手入れをしている。非常に華やかな光景だ。
「一学年に約三百人いるって聞いてるし多いとは思っていたが、この寮あっちまで同じような見た目のが続いてるな」
高級マンションが四つ程並んでいる豪勢な様相は一年生の寮よりもずっと機能性が高いと見える。
「ほうほう、技能実習エリア、瞑想エリア、天使交流エリア。・・・一年の寮にはない部屋が大量に。道理で寝泊まりして食事する場所にしてはスペースの取り過ぎなわけだ」
寮の前に立てかけられた見取り図を見ながらオレの視線はあちらこちらに向く。
一年の寮も大きいには大きいが、ここみたく色んな機能のある部屋はない。おそらくは学年が上がるにつれて自習を多くとる必要がある故の方策なのかもしれないが。
「アストラ、寄り道してないで行くよ。置いてくけど良いの?」
「おっとすまねぇな。にしてもオレが保護者なのに今の台詞スーパーのおもちゃ売り場で母親に脅される子供の図だったじゃねぇか」
「そのすーぱーがなんだかは知らないけど、ほら、もうすぐで着くよ」
スノーがぐいぐいと、どこから出ているのか分からない怪力で引っ張られ、あれよあれよと数分も歩かない内に目的地に到着した。
「ここよ!」
「ここよって、・・・普通の住宅じゃね? ちょっと豪華だけど」
スノーに連れられてやってきたのは寮を抜けた住宅街。といっても聖女学院内部の住宅街であり主に学院内で事業をしている人や従業員、教員の利用している住宅街だ。学院外の人の家ではない。
その家の一つが目的地らしく、開けられた門をスノーは通り抜けていく。
「本当にここか? ちと他より大きいってだけの普通の家じゃね?」
「ごめんくださーい。誰かいますかー?」
「あっおい!」
スノーの平然とした態度に思わず鼻白む。が、止める間もなくノックの後から声が届く。
「―――合言葉だ。合言葉を、言え」
しわがれた老人のような、しかし粘りつく不快感を伴う声で扉の奥からこちらに問いかけてくる。
「・・・・!」
怪しすぎる気配に不気味な声。迷わずにスノーの前に立とうと一歩踏み出し、
「『世界よ、仰ぎ見よ。この世界は、未だ我々を知らない』」
スノーの前に立ちふさがる前に、スノーの口から合言葉が放たれた。
躊躇も何もないスノーの言葉にオレは目を見開く。
「―――良い、良い言葉だ。さすれば通れ。汝がその高邁を失わない限り、世界はそなたの為に開かれる」
そして返答の早いこと。しわがれた不気味な声で、しかしさっきまでの人を選別するような上から目線の雰囲気ではない。むしろこちらを尊崇している響きさえ感じられる雰囲気があった。
直後、変化が訪れた。
ぎぎぃっと、引きずるような音と共に扉が開かれたのだ。
薄暗い玄関が見えたものの、次々と天井の明かりがつき、まるでこちらを出迎えてくれているかのような暖かみのある空気が流れる。
そして不思議なことに、ついさっきまで声を発していた音源が全くない。
「失礼します」
「警戒心なさすぎだって、おい」
ずかずかとそのまま中へと踏み入っていくスノーに慌ててついていく。明かりのついた廊下を歩きながら、オレとスノーは階段を上っていき、明りの終点。―――とある部屋の入口で止まった。
「ここが・・・?」
「その同好会の部屋ってことか? 玄関からして何が何やらって感じだよ」
どう考えても罠にしか思えないだろうと、警戒を解かずにそっと扉に耳を澄ませる。
―――何も聞こえない。
「防音? 流石に何か聞こえないか普通。いや、そういう術式が組み込まれているって可能性もあるか・・・どわっ!?」
隙間に耳をくっつけるも何も音が聞こえないことに、頭の中で可能性を引っ張り出す。いったい何がどうなっているのやら、と。
だが、そんな慎重ささえもスノーの警戒心の無さに驚愕した。
「お邪魔しまーす」
ドアノブに手を掛けて、そのまま押したのだ。よってオレは預けていた体重の行き場を失い思い切り顔面を床に叩きつける事態となった。
「おぶ!?」
鼻先を抑え、涙目になりながら顔を上げると、そこには数人の人、―――学院の生徒といないはずの男性生徒が居た。
男子禁制の花も恥じらう乙女の園。教職員でもなければ業務員でもない、本当に学院制服と同じような服装の男子生徒。
「おや?」
違和感しかない光景だが、その光景の内に入る一人の生徒。―――聖女がホワイトボードから目を離し、こちらに振り向いた。
「随分可愛らしい子じゃぁないか。だがここの入口に術式が掛けられていたはず。・・・そうか、君は入部希望者だね?」
こちら、否、スノーの方を指差し、その高身長の女子生徒はふっと笑う。
「ようこそ。呪具研究同好会に。まだ非公式だから同好会ってか同人集会だけどな!」
がはは!と大らかに笑う女性に空気が幾分かほどけた。




