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17 『悪意の勉学』

 「まず、君達には呪術についてどれほどのことを知っているだろうか」


 渋めの声が室内にはっきりと響き、黒板に文字を書き出していく。


 異様に静かでありながら、夏の樹海のようなむさ苦しさが教室に蔓延している。まともに整備されていない教室外の蔓植物や雑草が生い茂ったそれが原因だというのは嫌でも分かる。


 「呪術とは人が悪魔と契約した時、その契約者、悪魔の使える魔法に類似した術だ。別名として「魔術」もあるが、専門的には「呪術」と言う」


 黒板に張り付けられた資料を杖でなぞりながら、「妨害魔法」教師のヴルトは淡々と説明していく。


 「ひとえに呪術と言っても、その種類は様々だ。例えば天魔戦争真っ只中、魔神崇拝者達が使った「気象操作」。直接的に被弾した者に障害を与える「攻撃呪術」。身近なもので言えば呪具を扱ったものや間接的に相手に障害を与えるもの。・・・少なからず、天使との契約や精霊と言った存在との関係で得られる力ではないもの、それを「呪術」と言う」


 眼鏡を押し上げ、教科書のページをめくる。


 オレの横で座りながら必死にノートを取っているスノーは真剣そのもので、羽ペンをせわしなく動かしながら、固有名詞と簡単な説明を書いている。


 他の生徒にも同じように筆を走らせる者が多数いる。


 「教科書番号十二。呪術の基本的な性質から説明しよう」


 ヴルトは軽く咳払いをし、首に巻いた灰色のマフラーを整える。


 「呪術の根本は実際のところ、「片方の利益と片方の損害の理論」で構成されている、奇跡たる魔法と相反するものだ。利益にはそれ相応の代償が伴うが相応の代償を支払ったとして、それで得られる結果が釣り合うとは限らない」


 「この資料の写真。右の写真は呪術を使用した人間の腕だ。魔神崇拝者集団『檻の花』の構成員を生け捕りにした際に撮った写真で、呪術を使用するたびに腕の一部が壊死する代償を支払っていたとされている」


 教科書を開いている各々の生徒が写真を見て、思わず息を詰める。白黒の写真ではあるが、確かに白い腕にところどころ円形に変色した黒塗の点が散りばめられている。


 「中には寿命を代償に支払い独りで気象操作を行った人間もいたが、発見されたときは全身から生気が抜け落ちて異常なまでに老け込んでいた」


 「―――このように、呪術にはどんな形であれ、使用すれば真面な最期にはならない。「代償と利益」。しかしその比は一対一ではないことは重々覚えておくように。より詳細な構成については個人で学習しておくように」


 「さて、次は」とヴルトが教科書をめくり、杖を回して黒板に別の資料を出現させる。


 ついていけてるかとスノーを見やると、スノーは羽ペンを走らせながら「呪術の代償と利益・・・?」と小さく声に出して反芻させながらノートに何かを書き込んでいた。


 そんな一生懸命で可愛らしい学徒の様子を尻目に、オレはふと呪術について考える。


 オレの魔法、ここでは「呪術」というらしいが『代償の魔法』がある。オレは悪魔で、本来ならば『代償の魔法』ではなく『代償の呪術』と言う風に名称づけられるべきだが、頭の中では『呪術』ではなく『魔法』と確信を持って言えるのだ。


 「呪術は「代償と利益」。でもオレのは「代償と利益」だけど魔法だ・・・。それにオレはスノーに『代償の魔法』を使ったけど、オレに何かしら異常が出てるとは考えつかねぇ・・・」


 何より転生してからずっと異常ばかりだ。この身体とか種族とか、おかしいところしかない。


 「―――加えて、呪詛や呪具を使う「呪術」の場合、一見して「代償と利益」の法則は成り立っていないように考えられるが、これは捉え方の問題で「不利益を利益として考える」派生理論であり、この場合においては「代償と結果の理論」が当てはまる」


 オレの悩みなどいざ知らず、ヴルトの講義は淡々と進んでいく。初日の授業だからかもしれないが、他の先生の講義の方がまだテンションのふり幅がある上、声に感情がある。


 「呪詛や呪具関係の呪術は代表的な毒壺や肉人形と様々だ。一般的に出回っている「人を呪う方法」として知られているものもそういった呪術関係のものが多分に含まれているが、材料や手順が致命的に噛み合っていない為、巷で流行っている呪術は呪術ではなく、単なるおまじないの要素が強い」


 そう区切り、ヴルトが前かがみになり壇上から姿を消す。そしてすぐに起き上がると、土器のようなものを机に置いた。


 花瓶ほどの、小さくもなく逆に大きすぎない、どこにでも売っていうような花瓶だった。


 「文章だけじゃ伝わらないからな。・・・これが本物の呪具である「毒壺」だ」


 さらっととんでもないことを言い切り、少し遅れて教室内にどよめきが起こる。


 「勿論、俺のように資格を持ってる人じゃなければ作ることも移動させることも禁止されている。その上材料も中々揃えられないものばかりだ。一般的に「毒壺」には毒を持った生物を入れることが有名だが、実際は材料に制限はない」


 「少し開けてみよう」と、ヴルトが手袋で覆われた手、その内の三本の指先を使って壺の上にかぶせられた蓋を取った。


 妖怪や邪神を封じる壺やら井戸には重石やお経やらが書かれた封がされているが、毒壺の蓋はどこにでもあるような一般的な土製の蓋だった。


 かちゃり、と漆器特有の綺麗な音が鳴り、その中身を見せるように傾けた。


 「距離的な問題と量的な問題で、この壺によって君らが何かの不調を来すことはない。そこは安心していい。――さぁ、よく見るといい。これが「毒壺」本来の「毒素」だ」


 ヴルトの声に教室中の生徒の注目が毒壺の中一点に集中される。


 なんら変哲の無い、ただの花瓶のような。しかし本物の呪術であり毒壺。


 灯りで教室内は明るいとはいえ、壺の中は明かりが届かずに暗いまま。しかし違和感があった。


 「・・・・ただの明暗の問題じゃない。・・・ねばっこい墨・・・?」


 誰かがそういった。


 だがそれだけでオレも同じ理解を得た。


 壺の中は暗い。だが問題はそこではない。明るさでは取り除けなさそうな、粘り強い暗黒が底にへばりついていることだ。


 これがいわゆる「呪術的な毒素」というものか。と、そう思えるほどの邪な気配が漂う、「淀み」がそこにはあった。


 やがてヴルトはそっと壺を縦に戻し改めて蓋をする。


 「あの奥底にへばりついていた、異様な気配を漂わせていたのは毒素、―――「淀み」と言う。「淀み」は魔界の門をつくる材料のようなもので、これが大きければ大きいほど魔界への門が開きやすくなる上、強い悪魔が召喚される」


 「「淀み」はほんの少しだけであれば、人に害はなさない。耐性のある人であれば多少身体に入れても大丈夫だ。だが、あまりにも長時間、もしくはとてつもない濃度の「淀み」に触れていたら、間違いなく害が出る」


 「教科書資料にはそれぞれの呪具の特徴や使用例が書かれてあるから各々で確認しておくように。時間経過や使われた呪具の強さによって、付近の住民にどのような被害が出ていたか、詳細に書いてある」


 ほっと一息つき、ヴルトが眼鏡を持ち上げる。紫紺の瞳が細められ、周囲の生徒達を一瞥する。そして教壇に置いてあったマグカップを手に取り、軽く呷る。


 舌を湿らせ、ゆっくりと息を吐くヴルトが再び杖を手に取り黒板の資料を指し示していく。


 「呪術を行使する際、どうしても切り離せない概念として、ついさっき説明した「淀み」がある。これを理解しなければ、呪術の何たるかを理解し、呪術を再現しようとした妨害魔法の在り方を理解することは出来ない」


 「「淀み」は端的に言い表すのなら、悪意だ」


 「無論歪んだ善意からなる「淀み」もあるが、呪術的観点では基本的に「誰かを害する」という悪意が根源となる。これが溜まり続けると「淀み」となる」


 そこで区切り、ヴルトは部屋全体をぐるりと見まわした。


 「この中で人に対して悪感情を持ったことのある人間はどれほどいるだろうか。これは生物学の話になるから悪感情を持つなとは言わない。ただ、我々の他人への悪感情は「淀み」の原因となりえる」


 言い切るとざわめきが部屋中から沸き上がった。


 「静粛に。―――今は講義中だ」


 しかしヴルトが予断を許さず杖先から電撃が走り、雷鳴が教室内の空気を揺らす。瞬間、生徒達は静まり返り、再び教室内は寒気のするほどに冷たくなる。いったい何の魔法を使ったのかと考える間もなく、当の魔法を行使したヴルト本人は何事もなかったかのように講義を続ける。


 「さて、いくら悪意が「淀み」の原因となると言っても、ほとんどの悪意は一過性のものでその場に留まることはほとんどない。物質のや力の循環に取り込まれ、発生した悪意は時間経過と共にその影響力を急速に減衰させていく。これは悪意だけでなく、魔法や呪術の影響力、魔力や残滓といったものもその作用を受けることになる。そういった性質を利用して、今のカーリア聖国の建造物には環境魔術の応用が組み込まれている。例えば教会。例えばこのローレンス聖女学院などだ」


 「このローレンス聖女学院は「学院」という肩書を持っているが、実際はカーリア聖国の区画をいくつか合併してつくられた街である。街の周囲は魔滅の結界術式を組み込んだ巨大な防壁で囲まれているが、そうした隔離された地域は自然と魔界をつなぐ扉、―――「淀み」の温床になりやすい。人がいればいるほどその発生率は異常に上がる。だからこそ、上記で上げた浄化作用の理論を基盤に街や学院、その他建造物付近や内部には水路が敷かれており、絶えず清水が流れている。それだけでなく、木々を植え、定期的にそよ風を発生させている為、悪意の即時無害化だけでなく「淀み」の発生予防にも役立っている。裏を返せば常時爽やかな空気が流れている」


 マグカップに口を付け、一息つくヴルト。その整った顔を眺めながら、オレは心の中で納得する。


 当初、この街に足を踏み入れた時に感じた心地よさは魔法や新しいものに触れた際に感じる新鮮さだと考えていたが、実際は恒久的な「淀み」の発生予防による副作用であると知った。


 「風水やら龍脈やらに類似した魔法か、そういう概念でもあるのかと考えていたが、なるほど。純度百パーセント魔法のみで発展してきた世界だと思ってたが、科学にも準じているのか」


 顎に手を当て、オレは日本での経験を思い返す。


 今では金運上昇だの受験の合格運上昇だの身も蓋もないオカルトの要素が強い風水だが、その基盤は湿気やら日当たりの良さやら、気温の高さ等の環境学、その外的要因からくるストレス反応等の心理学、過去の経験や記録から成る結果の予想といった統計学と様々な学問の一部が相互に組み合わさったものである。それが次第に占いの領域に染まっていき、パワーストーンやら磁気布団だの盛りに盛られたあり得るかも分からない効能へと進化を遂げたのだ。


 「まぁあれはそういう本でも石ころでも、本人にとって価値があると思った時点で効果があるかどうかは二の次なところあるからな。だけどこの世界は本当にそういう風水みたいな現実味の無い理論が世界単位で存在してるんだな・・・」


 悪意の浄化と風水は多少違いはあるが、悪魔や天使のいる世界だ。風水に類似した作用があってもおかしくは無いし、国単位でその理論が支持されているということだって全然あり得るのだ。


 「なるほど。ちゃんと面白いじゃん。学校の勉強っていうのは」


 そう、スノーにしか聞こえない声で過去に想いを馳せた。


 少しばかり、学校の勉強を疎かにしたことを後悔した。



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