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16 『勇気の礎』

 「とりあえず、手を出したのはよくないと思うんだよね。そこのところ、謝ったらどうかな?」


 突然の登場と同時に、発せられた言葉はスノーに手を出そうとした生徒の軽率さを諫めるものだった。


 「はぁっ!?」

 

 勿論、自身の行動の意味を理解できない生徒側の少女は目を見開いて栗毛の仲介者に対して声を荒らげる。しかしその攻撃性のある売り言葉にも彼女は感情的になることなく、冷静に告げる。


 「どれだけ相手が嫌いでも、暴力や暴言で相手を黙らせようとしちゃいけない。だってそれは自分の方が間違っていると肯定しているようなものだから」


 「あの生徒はまだ入学式から一日足らずで悪い噂が出ている人間ですわ。それに天使との契約の儀式で天使に見向きもされなかった・・・。きっと前世で大罪を犯した人間ですのよ!」

 

 「それ廊下歩いてる時も耳に入ってきたけど、天使との契約って難しいのは当たり前じゃん。先輩に入学直後の儀式では契約できなかったけど、一年後に契約結べた人知ってるし、逆にランクの高い天使とすぐに契約できたけど数日もしない内に契約破棄された先輩も知ってる」


 「くっ・・・・」


 「それに人を見ただけで前世がどうのとか関係ないし、分かるわけないじゃん! それを勝手に決められるほど、あなたは偉いの?」


 「・・・・・」


 論破されて何も言えなくなったのか、すさまじい形相で栗毛の生徒を睨みつける金魚の糞。あまりのしてやられっぷりに思わず息が弾んだ。


 「だから謝って、彼女に。どれだけ感情的になっても、どれだけ嫌いになっても、その時吐いた暴言や振るった暴力は正当化されないし、できないんだよ」


 畳みかけるように栗毛の子がずずいと歯噛みする生徒に言う。どれだけ勇気とやさしさに満ち溢れているのか、あふれ出るいい子感に思わずオレは目を背けてしまいそうになる。


 それは詰め寄られている相手も同じなのか、ぐっと目を逸らし、それでも尚自身の意見を曲げようとはしなかった。


 「謝らない! 悪いのはあの女で、正しいのは私達なのよ!」


 「―――君ッ!」


 「私達に恥かかせて、・・・・今に見ていなさい。絶対、後悔することになるわ!」


 「あ・・・!」


 いったいなんのプライドがあるというのか、絶対的に自身の価値観が正しいと押し切り、栗毛の少女の注意も無視してやられやくの定番の台詞を吐き散らかして、他の暴言を吐いていた有象無象の集団の中に逃げていく。


 そしてすぐに聞こえる「なんなのあの女」「調子に乗ってますわ」という声。どうやら、初日からのグループと言うわけではない様子。おそらくは長い間あぁいう面子でることがあったのだろう。そ思わせるような団結感が感じられた。

 

 「・・・嫌なタイプの友情だ」


 誰もが一人の友人の為した行動に不信や不満を抱いていない。むしろ「よくやった!」と言っている。あそこまで自浄作用のないグループなんぞ見ていて不快でしかない。


 まぁ、それは一応置いていて、だ。

 

 気になるのは目先の生徒。スノーを庇った栗毛の生徒だ。


 「いったい何が目的なんだろうな? 今のところ不良債権買うなんて意味ないことしてるけd・・・あだッ!?」


 顎に手を当てて思考していた最中、鋭い痛みが脇腹に走り思わず床に倒れ伏してもだえ苦しむ。誰がやったのかと見上げると、正拳突きをしたスノーが笑顔でオレを見下ろしていた。


 「誰が不良債権だって?」


 「イ、イエ・・・ナンデモナイデスヨ・・・・?」


 こころなしかすさまじい冷気を感じたので、片言で返答する。これで間違って本音を零していたら、間違いなくオレの横腹に穴が開いていたことだろう。


 「だ、大丈夫ですか・・・?」

 

 「大丈夫だ・・・。これも学習の一環・・・」


 小声で駆け寄ってくるエルソーに苦虫を噛み潰した声音で対応し、ゆっくりと立ち上がる。


 その間、スノーはついさっき自身の庇ってくれた少女に話しかけていた。


 「あ、ありがとう。その、ついさっきは・・・」


 「どういたしまして。と言っても、私は別にお礼を言ってほしいから助けたわけじゃないからここはお互い様だよ。君もすごいよね。あんなに言われて暴力まで振るわれそうだったのに微動だにしてなくて」


 「想定以上にひどいこと言われなかったし、暴力くらいなら対処できるよ。でもありがとう。あのままだったらあの子を投げてたよ。お互い、怪我がないのが一番だよね」


 「そうだね。心の怪我もないのが一番いい。・・・・え、投げてた?」


 栗毛の少女がうんうんと頷いていたが、何か引っかかるところがあったのか驚きに顔を染める。だがそれは自然と流され、スノーはずずいと栗毛の少女に近寄るとその掌をぎゅっと握った。


 「はえっ・・・!?」


 可愛らしい声に大きく目を開く少女。そしてその少女の眼前に迫るスノー。なんだここは楽園か?


 「お近づきにと言ってはなんだけど、私の名前はスノー=テレジア。あなたのお名前を教えてほしいな。あと友達になってください」


 「えぁえっと、そういうのはまだ早いっていうか・・・、ん? 名前? 私の名前を教えてほしいの?」


 「うん」


 唇と唇が極限まで近づき、それに比例して栗毛の少女の頬が染まり、片方の手をわちゃわちゃと動かしながら何か弁明をしようと口を動かしていたが、スノーの言葉の意味を解釈し終わった瞬間に元の冷静さを取り戻した。


 そしてあどけない笑顔に少し朱を織り交ぜた乙女の頬、それに連動して動く口元が言葉を形づくる。


 「ルノー」


 「ルノー?」


 「ルノー=アルケートって言うの。気軽にルノーとかルーちゃんとでも呼んで、ほしいな」


 「それなら私のこともスーちゃんって呼んでほしいな。・・・あ、でも友達になれないなら意味ないのかな?」

 

 「そんなことないよ! 今日から友達だよ!? というか友達ってそんな深いものなの!?」


 妙にメンヘラ感のある言葉のチョイスに若干スノー周辺の気温が下がった気がした。しかし間髪入れずにルノーがスノーの掌を握り返す。なんだここは、天国か?


 あの空間に入るのも忍びなく、オレは二人から少し距離を置く。


 「アストラ様、いいんですか?」


 「いいんだよ。あの空間は不可侵にして絶対尊守。オレが入ると殺されかねない」


 「そういうものなんですか・・・」


 その手のジャンルには詳しくないが、これが尊き領域であることは分かる。挟まるべきではないと。


 しみじみと二人だけの癒し幸せ空間に新たなる扉を開きかけているオレを余所に、スノーはルノーから少し離れ、ルノーと面と向かって口を開く。


 「これからよろしくねって言いたいけど、大丈夫そう?」


 「何が? ひゃっ」


 突然の疑問にルノーが首をひねった瞬間、スノーが一気に近づきルノーの耳元に口を向ける。ダイレクトに息がかかってルノーの背が少し強張った。


 「今さっき、あの子らから「後悔させてやる」って言われてたけど・・・。私と一緒に居たら本当によくない事が起きるかもしれないんだよ?」


 言うのが遅いんじゃないかとすら思うスノーの注意勧告にルノーは刹那大きく瞳孔を開いた。だがすぐに口元に笑みを携えて「大丈夫」と言い切る。


 「私、村娘でね。結構やんちゃでいろんな人に迷惑かけてきたんだ。ここって貴族とか名家の出の人が多いけど、私はそうじゃないから食事とか目上の人と会った時の礼儀作法とかほんの少ししか知らない。もしかしたらもう既に無礼行為してるかも」


 「・・・・それと何の関係があるの?」


 「助け合いだよ」


 一言でバッサリと問いへの解答をするルノーにスノーが口を噤む。


 「私は色んな人に迷惑かけてきたけど、それと同じくらい周りの人に助られて今日まで生きてきたの。だから今まで助けられた分、誰かを助けてあげたいし、支えて上げたいし、隣にいたいんだ。それを無意識の内にできるようになって、それが当たり前なんだと思いたいんだ」


 「・・・それは、眩しいね」


 「そうかな? でも悪くないと思うよ。助けて、助けられるの。弱い者いじめとかして集団から仲間はずれにさせるのを一般化したら人は最後は独りになっちゃうし、生きていけないと思うんだ」


 ふふんと胸を張るルノーにオレもスノーもエルソーも、揃い揃って感嘆の声を上げるほかない。


 ここまで純情に、世界の純粋さを信じれる人が居るとは思わなんだ。


 ルノーは自身の信念がどれほど崇高なものかも知らず、それに感動を誘われているスノーの掌、両手を握る。優しく包み込んで、その目をそっとスノーの目線に合わせる。


 「だから、友達」


 「」


 「きっと、私はこれからも助けられるし、助ける人生になる。その一人にスーちゃんが入ってくれていたら、きっと嬉しいと思うんだよね」


 「」


 「・・・ちょっと自分でも何言ってるのか、だよね。変だったかな?」


 「そんなこと、ないよ」


 目を伏せるルノーの言葉にスノーが被せる。


 「私も、ずっと支えられてきたから。きっと、きっとそうなんだと思う」


 続けて、スノーがぽっと、感謝を述べる。


 「ありがとう。よろしく、ルーちゃん」



 

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