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15 『マイナスの出発地点』

 パタパタと二つの足音がかろやかに響く。


 晴れやかな廊下はふんだんに大理石を敷き詰めたまさにお嬢様学校の理想のようなもので、内装は屋敷のそれであるが優雅さだけに振っておらず、吹き抜ける風やわずかな水の気配と自然の一部を間近に感じる。


 「学校ってオレの印象だと最悪の一言に尽きるんだよな。多数の人の雰囲気がそのまま空気に染みわたっててどれだけ小綺麗に掃除されてても、仮設校舎みたいに新しくっても鼻に突く。けど、ここはそうじゃねぇな」


 ローレンス聖女学院の校舎内は、オレの想像以上に澄んだ空気が流れていた。オレの想像以上に長い歴史があるはずで、そういう場所ほど人の悪意は悪臭となりオレの嫌悪感を助長させるはずなのにこの学校は違う。


 例えるなら、ショッピングモールの出入り口みたいなものだろうか。


 人が密集する場所はそれだけ負感情が集まりやすく、空気に沁み込みやすい。しかし同時に出入り口は外との境界線であり、人の感情と清浄な空気を入れ替える場所でもある。それを潜る時と同様の気配が廊下には広がっている。


 「換気があるだけじゃないな。換気だけで済むならインフル流行った学校の空気ももっとマシだったはずだ」


 きっとこのカラクリは根本的な部分だろう。


 「元々がパワースポットとか・・・? いやそれだったら一部分だけだし、何かしらの加護があるとか?」


 「おーい、アストラ。教室こっちだよー!」


 脳内でありえそうな考察をしていると数メートル離れた先の教室の前で美少女が手を振ってくる。生き生きした雪女と言うには天使みたいな可愛さもあり、しかし天使と比べると彼女に失礼だ。そんなこの世の黄金比みたいな女子、スノーの指摘もあり、オレが数歩遅れている上に下がる必要のない階段に足を置いていることに気づく。


 「どこ行こうとしてんの?」


 「すまんすまん、本能が地下が怪しいって言ってたからつい・・・」


 ジト目で聞かれ、両手を合わせて謝罪を口にする。こういう超常現象が起こる場合、地下に何かあるのがセオリーだ。地鎮祭をしていない墓場やら墓碑のある場所に家を建てて不幸に見舞われたという事例はよく聞く話だ。逆の場合も然り。


 親指で地下行の階段を指し示し、苦笑いをつくる。それにスノー「ふーん」とだけ言い、踵を返して教室へと向かう。反応が反応なだけに起源を損ねたかと隣にいるエルソーを見やる。


 「スノーの考えてることって難しいな」


 「そうですね。アストラ様は人間じゃないので乙女心に疎いのは仕方ないかもしれません」


 「割と辛辣!?」


 種族による無理解を持ち上げられ、あまりの無慈悲さに驚愕する。そこまでデリカシーも何もない発言だったかと振り返りつつもスノーの後を追いかけていく。


 そこまで離れていない距離を走り追いつくと、スノーが扉の前で立ち止まっていた。オレを待っていてくれたのかと思いきや、そうではない。


 「なんか、聞こえる」


 ぴたりと止まり、扉の隙間から聞こえる声に耳を澄ませてスノーが呟く。「教室には既に人が居るのだろう」と当然ありえることを考えたが、スノーのなんとも言えない表情にどういうことかとオレも耳を澄ました。


 「―――あの聖女のことですわよ。真夜中に起きて何か怪しげなことをしていたと」


 「―――えぇ、えぇ。聞きましたわ。人とは思えない速度であちこちに移動していると。まるで獣のように走り回っていたらしいですわ」


 「―――でも彼女は天使とは契約できなかったはずでは? 見間違いもありえますわ」


 確かに聞こえる。スノーへの悪口が。


 ちらとスノーを見やると、彼女は渋い顔だ。自分のことを初手で悪く言われていることは自覚しているらしいがその顔に見える困惑の原因はそこではないのだろう。しかし、だ。


 「身も蓋もねぇよ。大体人超える速度で人が走れる訳ねぇだろ。スノーだぞ」


 「アストラ・・・」

 

 「確かに真夜中に街中ランニングとか正気の沙汰じゃねぇけど、オレとて中学生の頃はわざわざムードつくりの為に真夜中に廃トンネル潜った男だぜ。誰にだってある黒い歴史を馬鹿にするのは違うよなぁ」


 「アストラ様の助言はちょっと違うような・・・。まぁスノーさんが納得してるのならわざわざ指摘はしませんけど・・・」


 エルソーの呆れ声が後ろから聞こえるがそれはスルー。スノーは一度オレを見た後再度向き直り、その扉に手を掛けた。


 木造にしては軽快に、するすると横滑りしていった扉。そして教室の全貌が少しずつ、スノーとオレの目に映っていく。


 「――――ッ!!」


 刹那、空気が張り詰めるのが分かった。


 聖堂を想起させる白を基調とした壁紙、大理石を敷き詰めた床、講義室のように段差のある席、透き通るようなガラス窓、水のせせらぐ音が聞こえ、野原の中日光を浴びる植物ような暖かみのある空気。その全てを感じて、見たからこそ、その異様な空気感と言うのはすぐに鼻に突いた。


 「―――――」


 「―――――」


 一瞬の内に行われる視線と視線の応酬。誰が何を話すか、その意図の交換が少しの眼球移動で行われる。原因となるのはその教室にいる誰か、ではなくその生徒達の作り上げている空気だろう。


 「アストラ・・・」


 スノーが小さく呟き、オレの腕を掴む。


 おそらく気づいたのだろう。いや、この空気感と視線で嫌でも分かる。自身の存在が異物として扱われている不快感に。


 多くの人間からの攻撃的な悪意に鼻が曲がりそうだが、スノーもいる手前折れることは自身が許さず、オレは余裕の態度を崩さない。


 「恐れるなスノー。悪意に屈してはいけない。一度隙を見せたら取り込まれるのはほんの一瞬だ」


 「・・・・」


 「大丈夫だ。もしもお前を狙う悪意があるなら、オレはお前に気づかないように処理することが出来るし、お前が嫌だと思う奴はぶん殴れるぜ?」


 不安に顔を暗くさせるスノーに、オレは見えない事の特性を生かして自身の腕を軽く振るう。太く、いかめしい鱗で覆われた怪物の腕だ。殴られればひとたまりもないのは確かだ。


 「核兵器のスイッチ持ってる感覚で行こうぜ? いつでもオレはこのスイッチを押してお前らの国に核弾頭を打ち込めるんだぜって」


 ウィンクをしてキメ顔をつけると、スノーが脱力したように失笑する。


 「ふ、・・・・変わらないよねアストラは。そこが良いんだけど、流石にそんな卑怯な人間にはなれないよ」


 「おぉ・・・、なんだこの純白天使」


 「やっぱり殴る時は人任せじゃなくて、自分の拳でね!」


 「おぉ・・・、なんだこの暴力天使」


 ぐっと握りこぶしをつくり、同じく可愛らしいキメ顔でこちらを見上げてくるスノーに感嘆の声が漏れる。


 そんなふわふわした空間だが、そんな可愛いが溢れるオレとスノーの間に横槍が入ってきた。


 「何を一人で笑っていますの? それにぼそぼそと独り言まで、気持ち悪い。あなたのような人に聖女になる資格なんてなくってよ」


 「そうよ! 天使からも見放された人間なんて、一緒に居るだけで邪悪がうつるわ」


 「『悪い噂は善人とあらず』。良くない噂の出る人は前世で大罪を犯した人なのは間違いのないことでしてよ。・・・おぞましい」


 金髪をロールにした、ひと昔前の少女漫画のキャラクターのような生徒が真正面から嫌味をぶつけてきたのだ。


 そしてその一言から、他の生徒達も口元を隠して精いっぱいの悪意をぶつけてくる。連鎖反応の罵詈雑言。小学校の頃の「さよならの会」を思い出させるような仁義なき悪口大会だ。


 こういうののしり合いの悪いところは罵られる側が何を言っても許されない点にある。泣いたら「興覚め」、反論したら「反省していない」、無言は「肯定」。何を言っても罵る側の優位に働く悪魔的儀式だが、最もこういう場面に置いて有効な手段が無いわけではない。


 オレの意図が分かっているのか、スノーは余裕の態度を崩さない。


 それが余計に彼女達の逆鱗に触れ、言葉のバリエーションも狭まってくる。


 「あんたみたいな気味の悪い人間なんて死ねばいいのよ!」


 「親の顔が見ていたいわね。どうしてそんな他人事のような・・・!」


 こういう場合において、オレの理論ではあるが有効手段として「余裕を崩さない。むしろそれこそオレの持ち味!というスタンスを取ること」だ。


 これによって悪口が効かないと判断した人間は段々と悪口を言う頻度が少なくなる。悪意を悪意で受容しない人間は非常に相手どって悪いものである。


 「まぁ、同時に距離取られるけど、大した意思もなく死ね言う奴と関わらないで済むなら願ったり叶ったりだ」


 オレがふっと子気味よく笑う。それにつられてスノーも悪い顔をする。


 「この悪女ッ!!」


 あまりにも余裕な態度。それに加えて自身の攻撃にひるまないどころか暗黒微笑を浮かべるスノーに、堪忍袋の緒が切れた金髪、ではなく、その横に侍り援護射撃をしていた金魚の糞が憤怒の形相でスノーの胸倉を掴もうと足と手を伸ばす。


 「莫迦め」


 スノーは体術の心得もある。突然の暴力に対抗できるよう受け身から関節技まで一通り押し込んでいる。


 オレの想像通り、スノーはすぐに反応。そのまま背負い投げの態勢を組み始めて―――、


 


 「そこまで」


 と、はっきりとした声音が教室中に響き渡る。


 咄嗟の出来事に生徒達の口が噤まれる。


 スノーとオレは即座に声の発生源を見る。


 真後ろ。


 正確には、教室の出入り口で仁王立ちをする朱色の髪の生徒だった。


 そのまま彼女は堂々と歩きだし、スノーとスノーに手を挙げようとした生徒の間に割って入る。


 「そこまでだよ。行き違いにすれ違い。そのまま暴力で一生分かり合えない仲になる」


 凛とした口調と男勝りな態度に思わず罵詈雑言を吐き捨てていた生徒達が気圧される。


 「分かり合えるとは言えないけど、少なくともこのまま断裂するのは、―――それは惜しいことだと私は思うよ」



 

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