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14 『聖女カースト』

 聖女の朝はあまり早くない。


 九日を一週間とし、週に三日の休みがあるこの世界の時間軸は日本よりも時間の流れが遅いのか体感四十八時間を一日としている。その為、授業の開始はほとんどが日本時間でいう昼頃から始まるのだ。だからか不思議と外に出ている生徒は非常に少なく、未だにほとんどの生徒達は惰眠を貪っている。


 ―――うちの聖女とは違って。


 「おいっちにー、さんしー、よんにー、さんしー!」


 元気な掛け声と共にラジオ無しラジオ体操をしている聖女を見る。寮の中の芝生の上で運動用の服に着替え、朝っぱから額に汗をかいている彼女はスノーだ。


 オレはそれをベランダから見下ろして感心の言葉を口にする。


 「エルソーはまだ起きてねぇってのに精が出るね朝から。やっぱ日常のルーティンはどこ行っても変わらんかね」


 「エルも誘ったんだけどね。寝かせてってうわごと言われたよ・・・」


 「まだ午前五時だしな。―――よっと、まだ日も上がりかけだし大体みんな十時頃まで寝てるからな」


 ベランダから飛び降り、中庭で背筋の運動をするスノーの眼前で華麗な着地を見せる。


 「良いよねアストラって、筋肉すごいから高いところから飛び降りても全然怪我一つない」


 「こう見えても最初はこの身体扱えなかったんだぜ? 日本に居た頃とはまるで身体の作りも筋肉量も違うからな」


 スノーに羨ましそうに言われ、オレは自身の腕を曲げて力こぶを作る。人間の頃とは違って、まるでバトル漫画に出てくる主人公のような筋肉に思わず感嘆の声が出る。このままボディビルダーの大会に行ったら総なめする勢いだ。


 それでもやはりというか、赤子が小学一年生になるくらいの年月をかけているはずなのに自身の身体の仕組みを完全に把握しているとは言い難い。


 翼と言い、鉤爪のような掌、竜のような鱗、上げればキリがない身体変化の仕組みに『代償の魔法』。全部が全部理解し難いものだ。


 「見掛け倒しの力にならないようにオレも務めてるんだが、それでも新しい発見は終わらないんだよなぁ」


 スノーの家でだと、真夜中空を飛んで空中移動に慣れたり、獣害があれば熊だの猪だのをステゴロで倒してみたり、小さいものを段々と大きなものに転じていく『代償の魔法』の練習だったり、様々なことをしてきたが完全にこの力を操れる確信が湧かない。


 「奥が深いって言えば簡単なんだがどうにもそういう理由で終わらない気がする・・・」


 転生後に遭遇する女神も爺神も無く、目を開ければそこは異世界。それでもってこの身体能力なのだから謎は尽きない。


 オレは一通りボディビルダーあるあるのポージングを取って、身体全身の力を抜く。脱力しても力を入れている時と見てくれのムキムキ感が大して変わらないのもやはり不自然と言える。


 「まぁ、それは後々に置いておくとして・・・」


 「ふぅー、ラジオ体操終わり! じゃぁちょっと走り込みしてくるね!」


 「おう、お疲れさん。朝食の時間になるまでにはちゃんと戻って来いよ。後、迷うなよ!」


 「うん! 行ってくる―――!!」


 深呼吸をし、そのままオレの腕に触れ、そのまま言い置きをして走り去るスノーにオレは手を振った。元気な返事が中庭を木霊し、スノーの後ろ姿がどんどん遠ざかっていく。


 「ふむ・・・」


 スノーの後ろ姿が見えなくなった辺りで、オレは顎に手を当てる。それからふとスノーに言い忘れたことがあったことに気づいた。


 「体操服似合ってたな・・・」


 


 ☆★☆ ☆★☆ ☆★☆




 この世界でいう朝頃になるとぞくぞくと寮の扉を開ける音が聞こえてきた。


 寝ぼけた顔にぼさぼさのくせ毛、まだ眠たそうな顔も散見される。


 そろそろ朝食の時間なのだろう。皆が皆一様にシスター服を着て食堂へと歩いている。


 「ゲームだと肌面積広いのが多くて色々アレだが、あぁも露出が少ないと逆に暑そうだな」


 入学は春と言えど、風の温度はぬるいよりも湿っているぬるいだ。日も昇っていないと寒さが勝つが、朝日が見えると暖かさが勝つ。


 聖女達の着ている制服は教会のシスターが着ていそうな、厚みのある白と黒の生地で作られたものだ。ただ違うところ言えば頭につける帽子が無いと言ったところか。


 ぞろぞろと食堂へと向かう様子を見ていると、ふとオレの背を足音が撫でる。


 振り向くとそこには緑色の髪、―数秒遅れてそれが人の頭だと確信した。そしてそれが誰かということも。


 「どうしたエルソー」


 「あ、アストラ様。ご、ご機嫌麗しゅうごござ御座います」


 「麗しゅうて」


 「あ、あのの、す、しゅしゅしゅしゅおー、いえ、えっと・・・・」


 「よし、深呼吸して一言一言はっきり言ってくれ」


 「すーはー、すーはー、・・・・スノーさんはどこに?」


 オレのあまりの格の高さにエルソーは相変わらずの動揺っぷりだ。昨日はあんなに熱心な狂信者みたいなはっきりとした声音だったというのに、今はその声も見る影もない。その揺れ動く口から出た言葉はスノーの所在を確認するものだったことに少しばかり親心が芽生える。


 「スノーは朝のラジオ無しラジオ体操した後、ランニングしに行ったよ。一旦お前を起こそうとしたけど無理だったから一人で走り込み行ってる」


 「え、あ、あぁ・・・・、あ、じゃぁあれは夢じゃなかったということ・・・、ですか?」


 「お前の夢の内容は知らんけど、そうなんじゃない?」


 あっけらかんと言うとがっくしと肩を落とすエルソーが目に入った。折角誘ってくれたのに断ってしまったことに何かしら罪悪感があるらしい。


 オレは「まぁ」と前置きしてエルソーの肩を叩く。


 「スノーはそんなこと気にしねぇよ。誘う時間帯も時間帯だし仕方がない。夜のストレッチにでも付き合ってやってくれ」


 「へ・・・・、は、はい!!」


 勢いよく顔を上げたエルソーの瞳は驚きと感動に溢れており、身体にも再び力が入る。


 「さぁさっさと食堂に行った行った。スノーの為に席でも取っとけ。喜ぶぞあいつ」


 「は、ひゃい!!」


 「テンション振り切って舌嚙むとか難儀な精神してんなお前」


 あまりに嬉しいことなのか、単純にオレへの謎の忠誠心からか恐怖で震えていた声が裏返り変な音が出た。何人かの聖女が一瞬何事かとこちらを見てくるが何のことはない。オレのことは見えないので、客観的に見るとエルソーが一人で奇声を上げている場面になる。


 エルソーははっと我に返ったかと思うと軽く一礼して颯爽と食堂への道を走っていく。その後ろ姿が他の聖女達に紛れて見えなくなった辺りで食道とは真反対の方向、寮の壁を飛び越えて着地する足音が耳を打った。


 「あぁ、おかえりスノー」


 「ただいまアストラ、良いねこの街。走ってみたけどとても広くて朝の内じゃ回りきれないね。街並みも綺麗だし空気も美味しい」


 「そりゃいいことだ。だが淑女が壁を飛び越えんな。どういう脚力してんだよ」


 誰なのか分かっている為後ろを向きながら会話も可能だ。


 元気なのはいいことだが、仮にも一聖女。壁を飛び越えるなと窘めると、スノーはこちらにわざわざ寄って来てぶー垂れて見せる。


 「目元をひそませるな。皺が増えるzあぎょッ!?」


 人差し指で彼女の額をさすると思い切り指先に額をぶつけられた。指の関節が軋み、骨を伝達した衝撃と痛覚が刹那としてオレの思考を真っ白にする。人差し指を抑えて涙目でスノーを見ると、彼女は「んべ」と舌を出す。


 「アストラって全然デリカシ―ないよね。健康と美貌を保とうとする乙女になんてこと言うの」


 「三メートルはある壁を飛び越える奴を乙女とは言わねぇ・・・!」


 「それはそれ、これはこれ。ていうか今さっき門を通りがかったら聖女が出ていったけどなんかあったの?」


 オレの反論もバッサリと切り取られ、スノーが首を傾けて尋ねる。逆にそれがなんなのか知っているオレは少し眉をひそめて言う。


 「お前昨日説明あっただろ。朝食の時間だよ」


 


 ☆★☆ ☆★☆ ☆★☆




 軽く身体を拭き、聖女用の制服に着替えたスノーと一緒に食堂に来た。


 よくある学校の食堂とは違い、建物一つがまるまる食堂として使われていた。それぞれの階層に分かれて食べる人が分かれており、一階ごとに厨房が違っていた。例えば、


 「一階が一年生用スペース。簡素な肉や魚、野菜が多めだな。二階は二年生用、調味料が使われている料理が出てる。三年のは、ありゃご馳走だな。一階がおばあちゃんだとれば三階はミシュランのシェフってところか。四階から上は見えねぇが想像できてしまうなこりゃ」


 まるでホテルのような階層の分け方から内装のセンス、室内に漂う空気はそれだけでご飯が進みそうだ。


 だが、それでも階層ごとの食の格差は大きい。


 厨房からトレイを持っていく聖女達の表情は食を楽しむ人の顔ではない。それどころか食事スペースの奥では怒号も聞こえる。


 「どうしてこんな貧相な食事なの!? 学校は何の説明もなかったわよ!?」


 「食費に見合わない不憫な料理よねぇ! 庶民料理ってこんなものなの!?」


 どれもこれも今までの自分の楽しんできた食事風景とは全く違うものに拒絶反応を示しているものだ。貴族の出自ならこの食事は確かに不適格と言えるだろう。


 「まぁ修行僧の取ってた食事に比べれば明らかに良いものだと思うけどな。それと比べるのもどうなんだって話だが・・・」


 思い描いたのは平安時代の仏教徒だ。おかゆのようなものに野菜の煮物と汁物だったか、教科書に貼られていたものと比べれば明らかに聖女の飯は裕福と言える。


 「ご飯に乾燥ハムと野菜ブロック、あとは魚出汁のスープか? ご飯の上、・・・海苔佃煮っぽいのもある辺り無味とまではいかないか」


 「アストラ、貰って来たよ」


 顎に手を当てて聖女達のトレイを見ていると、ふと今さっきまであちこちを物珍し気に見ていたスノーがトレイを持ってやってきた。勿論食事は一人分だけだ。二人分は貰えなかったのだろう。


 「良い匂いだね。しかもあったかいし」


 「スノーも貴族生まれだというのに、全く・・・」


 「何の話?」

 

 「いや、スノーはそのまま世界の恵みに感謝する良い子に育ってくれたらいいよなぁって思って」


 お嬢様言葉で食事を罵るしか能のない奴らと違い、スノーは純情さの塊りだ。ほがらかに笑う笑顔は世界の闇を祓う光そのもの、是非とも世界の淑女は見習ってほしいものだ。


 オレは自慢のスノーの頭を軽く撫でる。困惑気味のスノーだったがされるがままだ。


 「あ、あのぅアストラ様。見えないからと言ってそういうことを公共の場でするのはちょっと、あの、ダメではないんですが、その・・・・」


 「うわぉぅッ!!?」


 突然の背後からの声に驚いた。ちぎれる勢いで顔を剥くと見慣れた顔があった。エルソーだ。


 少し申し訳なさそうにこちらを見る彼女は、そろりとスノーを見やると指先を向こうのフードスペースに向ける。


 「?」


 しかしスノーは小首をかしげて動かない。それに対してエルソーはため息を着き、そしてそっと頬が朱に染まっていく。


 「・・・・す、すすのすの、スノーさんの席はもう取ってありますから。アストラ様もどうぞ」


 舌をがんがん噛んだような物言いに泳ぐ目、かなりの覚悟を持って発言したものだと思われるほど、発言した後に頬を一滴の汗が伝う。


 スノーは一瞬度肝を抜かれたように目を見開き、口の中でエルソーの言葉を反芻。そしてその言葉の意図がどういうものであるかを考え抜いた。


 変化は刹那であった。


 「ありがとうエルちゃん! どこ座ろうかと思ってたよ!!」


 「ひゃぁぁあぁぁぁぁあああぁあぁぁぁあっぁっぁぁぁ!!!??」


 ぐいぐいと詰め寄り瞬く間に壁にまで押し込められたエルソーが変な声を漏らす。トレイが二人の間を割っていなければ既に唇が触れ合っていただろう。「ナイストレイ!」である。


 「変な声を漏らすなエルソー。ほら、数人がちらちらこっち見てる」


 「早く一緒に行こう!」


 「アストラ様ぁ! ふ、不可抗力でせぅ!」


 涙目で助けを求められたが今後のスノーの友好関係を考えて手を出すことはやめておいた。あとオレは百合の間に挟まる男を許さない派なので引き剥がすような真似はしない。


 そのままスノーに超至近距離でエルソーが連れられて行き、オレもその後に続いた。


 少し歩き、奥のテーブルに着くと既にトレイが一つ置かれていた。エルソーのもののようだ。


 「アストラ様もどうぞ。す、しゅしゅしゅ、スノーさんもこ、ここここ、こち、らにぃ!?」


 密着して離れないスノーの長髪がエルソーの耳をくすぐり、ただでさえ滑舌の終わっているエルソーが裏返った声を出す。周囲の聖女達が鳥の断末魔のような声にびくりと肩を震わせているのが見えたため、オレも心を痛めながらスノーを引き剥がす。


 「やめろスノー。いくら可愛いからっつってもエルソーには劇毒だ。エルソーの耳が弱いのは個人的にはグッドポイントだが百合カプにだって順序はあるんだ」


 本当はもう少し眺めていたかったが、観衆の目があるのでさもありなん。


 スノーは少し惜しそうな表情を見せたが、おもむろに席に座る。エルソーが小鹿みたくぷるぷる震えているのを見るにこういった長時間密着には慣れていないのだろう。


 「よっこいせっと」


 オレも小さい長椅子に座る。否、小さくはないのだがオレが大きすぎるせいで座ってる気分にならない。尻がはみ出しているし、二席分取ってだいたい一席分くらいになる。


 「いただきます」

 

 「天神様、今日も私達の為に糧を与えてくださったことを心より感謝s・・・え?」


 エルソーが長々と食事前の文言を垂れていたものの、スノーの簡単な手合わせに思わず口を止め、目を見開く。


 「「いただきます」って何? 天神様への感謝の言葉は?」


 「ひほひひはんはひて、ほほひほひほいははふほほほひふんはほ」


 「口からパンはみ出させながら喋るなスノー。下品」


 パンをもごもごさせながら喋るスノーを注意すると、どういう原理かバキュームのようにパンを吸い込んで咀嚼もなしに呑み込んだスノーがエルソーに説明する。


 「例えばこの肉とかは動物から作られてるよね。それを人が食べるから命に感謝してるの。命を、頂きますってね。天神様は創造神だけど私達は自意識ある生命体だし、動物だって同じことじゃない? だったら感謝すべきは食べられる食材の方だよ。天神様には毎日感謝してるから何も問題ないじゃない?」


 「・・・・アストラ様が布教なさったんですか?」


 「布教じゃねぇけど、「いただきます」を持ち込んだのはオレだな。天神様とかよくわからん神に感謝する筋合いはない」


 「えぇ・・・・」


 困惑の表情を浮かべるエルソーにスノーが肩を叩く。


 「冷めちゃうよ。早く食べないと」


 「そ、そそっ、そうでしゅね」


 追及したそうだったがスノーの後押しに押し切られ、なすすべなくトレイの食事に手を付け始める。


 白く細い指が動き、フォークを掴む。その先が肉の切り身に突き刺さる。それをゆっくりと運び、柔らかい唇の間に入り込む。取り出されたフォークの先には透明な粘液がついており、艶やかな光を伴っていた。


 「んんっ」

 

 モノを食ってるという現実を忘れさせるほど官能的な声と共に口の中で咀嚼されていた肉が喉を通り過ぎていく。滑らかな曲線を描いて軽やかに波を打ちながら次々と野菜やら肉やらを咀嚼し、飲み込んでいく。

 

 どうにもイケナイものを見ている気分になってしまう。それが二人も居るんだから最早ここは天国なのかもしれない。


 と、二人の食事シーンに今は風通しが良くなった絶無のチョモランマがエベレストになる。心の中の男心が熱さと逞しさに膨れ上がる。悪魔となろうとオレは元人間。感性だってまだまだ大学一年生である。そんなオレにこの光景は不可侵にして極楽浄土、そそる光景だ。この情景を目にできたことが幸運ともいえる。


 ―――ずっと見ていたい。そんな素晴らしい時間だったところにだ。


 「あら、聖女の成りそこないがいるわ」


 「ただでさえ貧相な食事なのにバクバクと貪って、まるで豚のようね」


 「駄肉ばかり身に着けて、そんな見てくれだから天使が近寄らないんじゃなくて?」


 まっすぐに向けられた悪意。明らかな侮蔑を含んだ台詞にオレの中の警戒心が目を開く。


 オレの真後ろ。振り返ると三人の聖女が立っていた。


 「なんだこのテンプレ嫌味系お嬢様達は」


 オレがそういってしまうことも仕方がないほど、三人の聖女は制服こそスノーと同じだというのに全員顔と髪型がよく見るカースト上位の悪い意味での陽キャだった。全員高級化粧品やら香水やらを使っているのか公園の便所のバラの香りが漂い、顔面は無駄に煌びやかで唇も真っ赤である。


 「もふぁ?」


 「スノー、飲み込んでから話せ」


 顔を上げたスノーがまた口から野菜の切れ端がぴろぴろしていたので注意。掃除機のようにすぽんと喉奥に収めると「何か用?」と三人組に尋ねた。


 尋ねられた側は「まぁ喋ったわこの豚!」とわざとらしく驚いていた。まるでマ〇クのハ〇ピーセ〇トのCMのようだ。


 スノーを豚呼ばわりされたことは怒るに値するが、オレがどうこうすることでもなく、スノーが口を開いた。


 「豚って最新の研究だと人よりも筋肉質で俊敏だってね。自らを豚未満と評して私を持ち上げてくれるのは嬉しいけど自覚ありきの自虐ネタは痛いし聞いてるこっちが悲しくなるだけだよ?」


 「!?」


 「それに女性としては大きい方が良いんだって姉様も言ってたし、むしろあなた達は栄養不足過ぎるんじゃない? そんなに量が足りないなら分けてあげようか・・・?」


 スノーが憐れむような目を向けながら手を付けていないパンを指さす。オレ仕込みの煽りスキルの一端が垣間見えて嬉しいし、ゴミにわざわざ食事分け与えようとする様はぐう聖である。


 これが異世界の救世主か、もういっそのこと宗教開けるなと考えていたら三人組がキレ散らかした。


 「なななにが! 何が足りないって言うのよ! わ、私は貴族なのよ!? 雄を引き寄せるだけの能のない肉体なんかよりも気品さが尊ばれるのよ!」


 「―――? 私も貴族だけど、あなたの品位は化粧と一緒に洗ったら落ちそうよね?」


 「――――――ッ!!! 覚えていなさい! あなたも、こんな聖女モドキと一緒に居たらよくないことが起きるわよ!!」


 「名前も教えてもらってないのに覚えられるわけないじゃん」


 「いくわよ! こんなところに居たら頭がおかしくなるわ!」


 売り言葉に買い言葉。怒声に天然毒舌の応酬を繰り広げ、ついには三人組がエルソーに流れ弾を浴びせてその場からそそくさと去ることで決着がついた。こころなしか、彼女らが去っていくと空気の臭いも薄くなったと感じた。


 「流石だなスノー。もう少し煽り精度を高めていけば手を出させていたな。特に「化粧と品位」をかけていたのは良かったが通じにくい部分もあった。六十四点」


 「何の採点してるんですかアストラ様・・・」


 オレの感想にスノーが照れる。その光景にエルソーがげんなりと肩を落とした。


 「言うてエルソー、お前完全に固まってたじゃねぇか。混乱状態だったじゃねぇか」


 「・・・・・。それでもなんでスノーさんは元気に煽ってたんですか。まるで経験者のように。普通ビビりますよ」


 「違う、スノーは本心で言ってたんだ。見ろこの顔を。善意だけで煽ってるんだぜ?」


 スノーはきょとんとした顔でエルソーの困り顔を眺めていた。可愛い。


 「オレは一応スノーだけでも自衛できるように煽り方を教えているだけだ。如何に相手のコンプレックスを刺激し、逆鱗に触れ、シンプル悪口を避けて相手から手を出させるか・・・」


 「それは自衛ではなく攻撃では? それも過剰なまでの」


 呆れた顔でエルソーが物申すが、オレはそれをスルー。スノーの煽りスキルのレベルについて語る暇はない。それよりも重要なことがある。


 「集団だし競争の激しい学校だしで警戒はしてたんだが、やっぱありそうだなスクールカースト」


 本来の意味は奴隷とか貴族t化を分けるのに使うのだろうが、この場合においてはアメリカ等では顕著なスクールカーストとして扱う。


 「聖女って結構高貴なイメージがあったから悪い噂はあるかもだがいじめやら差別やらは無いと信じたかった。だが今さっきの奴らを見る限り、カーストトップだ。貴族とも言ってたし出生身分で序列決めてるのか?」


 ちらりと周囲の聖女、立ち去った聖女達を見渡すとやはりというか、食堂の席の取り方に少しばかり格差的な意図を感じざるを得ない。


 「悪臭ピエロメイクの奴らは真ん中あたり、おとなしそうなのは端っこに寄ってるな・・・」


 自分たちの席は確かに端の方ではあるが、全体的に見るとトップカースト(仮)とローカーストの間に挟まっていると言った感じだ。そりゃぁ目につくわけだ。


 「それで立場を分からせてやろうと威嚇しに来たら煽られて返り討ちか。なるほど、スノーは強いな。入学してまだ一日なのに十数人の敵を作るとは」


 「えへへ、アストラよりすごい?」


 「いや、オレは家のせいもあって悪名轟まくって地域住民からも嫌われてた。家も四回焼かれた」


 「「えぇ・・・・」」


 過去を懐かしむかのように頷きながら返すと、スノーとエルソーに正気を疑うような目を向けられた。話の腰を折ったつもりが心も折れそうになった。なので軽く咳払いして話を戻す。


 「オレの家はどうでもいい。問題はスクールカーストの方だ」


 呆れかえった顔をしていた二人だが、オレの顔が真剣なままなことにきゅっと唇を結ぶ。


 「現状、被害は相手の自滅で終わったが、今後はそうともいかない。教科書隠されたり、トイレの個室で水かけられたり、階段から突き落とされる可能性がある。そのことを念頭に入れて学校生活を送らなければならないんだ」


 「そ、そこまでびくびくしながら過ごすこともないのでは? アストラ様の考えすぎって線は・・・」


 「エルちゃんの言う通り、みんながみんな悪人じゃないから、おとなしい子とかなら大丈夫じゃない?」


 エルソーもスノーも半信半疑でオレの言葉に耳を傾けている。


 残念ながらなにも分かっていない。


 オレは首を振り、もう一度過去を思い返す。


 そして語る。如何に自身がひどい目に遭ってきたのかを。

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