10 『洗礼』
「着いたぞスノー、起きろ」
「ふぁ? あと十二時間・・・・」
「夜になるわ!」
丸ごと一日が経過し、緊張と興奮の反動で眠り込んだスノーの肩を揺らす。
城下町から少し離れたところにそびえる巨大な石門は来るもの拒むほどに堅牢で、周囲の衛兵達の武装は戦争に行く前の兵士のようで、オレ達の馬車よりも先に並んでいる馬車の検問を行っている。
―――ローレンス聖女学院は街の中にある街、そこにある学校だ。
細かく言えば、一つの区が一つの学校の敷地内だ。学校本体はこの石門を潜ったもっと先にある。
「んん・・・。わ、大きい・・・!」
眠そうな目をこすりながらスノーは窓の外の景色を見て息を飲む。
抽象的すぎる発言だが、確かにその様は圧巻の一言に尽きる。
石門は見渡す限り横に長く、地平線の先まで続いている。実際は水路や他の入口があり、決して閉鎖的なものとは言えないが学院に多くの秘密が隠されているのは明らかとも言える。
ひとつ前の馬車の検問が終わり、やっと少しずつ進んできた道にも終わりが見え始める。
「こちらからはローレンス聖女学院の学区内であり、部外者は立ち入りを禁止している。招待状か入校証明書を提示してください」
甲冑を着込んだ兵士が御者に声を掛けている。ブリキの兵士のようなカクカクした動きなのに規律の厳しさが窺える。帯剣し、白銀の鎧をまとった仮面の隙間からは冷たさしか感じられない。
「こちらです」
「分かりました。少し照合に時間を頂きます」
御者が証明書を手渡し、兵士が受け取ってテントの中へと戻っていく。それと入れ替わり、別の兵士が出てきて馬車の扉を叩いた。
「お手数ですが、写真と顔の判別をします。扉を開けるか、窓を開けて顔を覗かせてください」
「はい」
スノーが扉を開けて兵士を馬車の中に入れる。
兵士は室内を一瞥した後スノーをじっくりと見る。やがてこくりと頷き敬礼する。
「顔と事前書類の証明写真が一致しました。ご本人でお間違いないようです。ご協力感謝します」
「失礼しました」と一言置き、馬車から降りていく兵士は正に紳士の様であった。それだけ自他ともに厳しいとも言うが、その分格好良さが引き立っていた。
「あぁいう格好良さっていいよな。戒律を守る騎士ってのはロマンだ」
「あ、ちょっと分かるかも」
乙女漫画でよく見るイケメン騎士は確かに格好いい。オレも時折「抱いて!」と叫んでしまう。だがそれはあくまでもフィクションだ。実際の兵士はこんな感じで剣呑な愛想なのだろう。だからこそ、あぁいう完璧を体現したような姿見や素振りは美しいものがある。
数分経ち、証明書を片手に兵士が戻ってくる。
「確認が取れました。テレジア家三女のスノーさんですね。どうぞ、このままお進みください。馬車の駐車場案内は道中の標識からご確認下さい」
御者の鞭打つ音が聞こえ、車体が再び揺れ出す。
石門をくぐり抜けると、その先の情景がオレの目を殴りに来た。
「――――ッ!!」
一言、この街を一言で表すなら「綺麗」に尽きる。
大理石を敷き詰めた地面に嗜好品や必需品を売る洒落つつ無駄に飾らない店、そこらかしこでは学徒とおぼしき女子生徒たちが働いていたり散歩をしていたり、はたまた新入生を乗せる馬車を見物しに来たりしている。その女子達が来ている制服もこれまた清涼感溢れている。
「すごく、良い場所だね・・・」
「あぁ、俗世に染まっていない俗世って感じがする。自然を取り入れてるって気配がするな」
なんだろうか、確かに綺麗ではある。しかし何も外見の良さだけではなく、窓の隙間から入ってくる風もまた心地よさを感じさせる。変にアルコール消毒をしていない自然そのものが化けているような、そんな不思議な感覚があるのだ。
例えるならこの綺麗さは洗剤で米を洗うのではなく、米の種類が良いと言ったところか。
「街がこんなに綺麗なら学校は光っててもおかしくないな」
「だよね。光ってたら面白そう」
あり得なさそうな話を振り、スノーがはにかんで笑う。
全く、この笑顔だけでオレはもっと頑張れそうな、そんな気がした。
☆★☆ ☆★☆ ☆★☆
本当に魔法というものは便利だと、改めて思った。
というかすごい。
「すごかったね、今さっきの」
「あぁ。一瞬だったな」
スノーが目を輝かせ、オレは顎に手を当てる。
馬車から降りた後、寮まで荷物を運ばなければならないとスノーがため息を吐いていた時だ。駐車場に駐在していたシスター達がオレ達や他の新入生の荷物を魔法陣に置いたかと思うと、一瞬にして消して見せたのだ。スノーが聞いたところ、転移魔法の応用らしく、荷物はそれぞれの寮の部屋の中に運ばれていったとのこと。
なんにせよ、学区内に入った瞬間、この世界は魔法を使うのが当たり前なのだ。
学校への道のりを歩いているが、オレもスノーもついさっきの事象のことしか頭になかった。
「アストラはあんな感じの魔法使えないの?」
スノーが尋ねるが答えは明白だ。オレが首を振るとがっくりと肩を落とす。
「そうだよねぇ・・・、アストラはステゴロだしね」
「勝手に期待した挙句勝手に失望しやがて身勝手な・・・」
転移魔法よりももっとえげつない魔法を使えるのに、スノーのオレへの扱い方は割と雑だ。むしろこの距離感の方がオレとしても良きかなと思うので人の心というのは難儀なものである。
大理石で敷き詰められた地面は汚れが一切なく、外にもかかわらず靴音が良く響く。
風がたなびき、しかし寒くもなければ温風という程熱いものでもなく、まるで漫画の中の風のふく描写をそのまま現実に持ってきたかのようだ。
「穢れを取り払う街構造とは聞いてたけど、ここまで来ると絵本の世界に来たような気分になるな」
「外壁で他の街と隔絶しているのにまるで解放された気分になるよね。外なのに、ここが一つの家っていうなつかしさがある」
例えるなら実家に帰り、扉を開けるときの感覚に近しい。
もうここは外。なのに本当の家に帰ったような温い気配に心静める安心感。それが心静める安心感につながってるのかと理解する。
「変わったところだよなぁここ。オレとしては違和感ないのが余計違和感に感じるんだが」
「不思議に思えないんだよね。ここに来たのは今日が初めてなのに、見知った気がするなんて」
顎に手を当てて頭を悩ませるスノーにオレは辺りを見回す。
大理石の地面を歩くのはスノーだけではなく前後にも凛としたお嬢様らしき女性たちが静かに歩いている。皆落ち着き払った足取りでもうこの雰囲気に溶け込んでいるようだった。
対してテンションが高いのは見物に来ている女子生徒だろう。ちらほらとこちらに視線を向ける女子達は我ら新入生とは違って物珍しそうな目でこちらを見ている。
値踏みする者、純粋な目で見る者、傲慢な目で見下す者、舌なめずりをするやばい者、睨みつける者――――。
「なんなんだこの格差」
どう考えても新入生と在校生の立場が反対過ぎんかと感じる。
「普通は新入生の方がわー!ってならんか? 処刑台に向かう罪人かよってくらいみんなしずしずと歩いてるじゃねぇか!」
「なんだかんだ騒いでるのは私達くらいだよね。その大半を占めるのはアストラだけど」
確かにスノーの言う通り、ハジけて騒いでいるほどではないが喋ったり辺りを見回しているのはスノーくらいだ。あとオレは他人からは見えないし聞こえないので実質的に騒いでいるのはスノーのみということになる。
「もしかしたら何か精神安定的な魔法が町全体にかかってるのかもな」
「・・・! 確かにそうかも」
はっと顔を上げるスノーにオレは少し胸を張る。
「でもまぁ、考えるのは後にしようぜ? そろそろゴールだ」
オレの指先に見えるのは巨大な教会だった。前を行く新入生は続々と案内板を目印にその中へと入っていく。海外にこんな三角柱の摩天楼があったような気がする。
「大きいね・・・!」
「そうだな。学校には見えないけど案内板見る限りだとこの建物入って受付するんだそうな」
学校でいう体育館のようなものだろうか。オレの学生時代、入学式の受付とかは体育館で行われていたからか、目の前の建物が体育館のビジュアルからあまりにも離れすぎていてギャップを感じる。縦にも横にもデカいが。
そうしてオレ達もまた前の新入生に則り教会の中へと足を踏み入れる。
「「おぉ・・・・・!!!」」
扉を潜り抜け、内部の絢爛さに思わずオレとスノーの驚嘆が一致した。
確かに外見は巨大だった。「教会」の名を冠するのだから中身は教壇やら長椅子やらがあるのかと思っていたがそうではない。
硝子張りの窓。その部屋の奥には目を引く女神像があった。両手を広げて天を仰ぐその姿は敬虔な信徒にも思えた。その像の前には多くの新入生が入り乱れており、その像を眺めている。
「大聖女の像か・・・、ヘイローとか羽とか生えてるもんだと思ってたが同じ人なのな」
「当たり前じゃん。大聖女様は人だよ。そうじゃなきゃ私達も翼生えてないとおかしいじゃん? 大聖女の親に鳥がいないと説明がつかないよ」
「せやね」
謎の関西弁で納得し、オレはスノーの後をついていき受付を済ます。
受付も聖女のようだった。生徒が手伝っている辺り、かなり全体の組織意識が高いらしい。
「お名前をお伺いしても良いですか?」
「スノー=テレジアです」
「・・・・こちらですね。色分けされていますのであちらの列に並んでください。説明はおいおい担当の教師がしてくれるでしょう」
「ありがとうございます!」
「よい入学生活を」
元気よく挨拶を交わしてスノーは自身の名札を見る。
首から下げられた名札。名前を囲う色は黄色だ。
「あっちっぽいな」
よく見ると巨像の前の人だかりは列になっているようで、その一番左端が黄色名札の人の列の様だ。
しかし、
「多くね?」
異様に生徒の数が多いのである。
大体一クラス三十人、多くても四十人程がオレの中の認識だがその列の長さは百を当に超えている。人列五十人ほどなので正確には二百人近くいる訳なのだが。
「一クラスってこんな多いものなのか? それともここから更に分けるのか?」
もしくは数百人一クラスがこの世の常識なのかもしれない。なんだこれ、考えた奴は絶対気が狂っているだろ。
まだ見ぬ居るかいないかも分からない考案者に毒を吐きながらスノーの隣に並ぶ。
少し時間が経ち、見えないことを良いことに周囲を見回っているとふと巨像の前に数人の白衣を着た女性達が集まってきた。
一見科学者集団にも見える彼女達はそれぞれのクラスの前に立つと指示を投げる。
「これから組織番付を行う。黄色札の者は私について来なさい!」
「赤札の人、これから重要なことをしますので私についてきてください~。くれぐれも他の色札の人について行かないように~」
「緑札の生徒達、これから検査を行う。別室に移動するからついて来なさい」
他にも青、桃、黒、橙・・・と、色札の生徒達が別室移動するために教師らしき人物についていく。
組織番付という言葉が聞こえたが一体何をするのだろうか。
「簡単なテストとか受けさせられるのか? OD式安全性テストみたいな性格診断か?」
「分かんないや。・・・でも流石に間違えたらアウトってことはないと思うよ」
スノーに追いつき、聞いてみるとスノーも楽観的ではあるもののこれから行われることについては分からない模様。同じく他の黄色クラスの新入生も寡黙でありながら、緊張や戸惑いを見せている。
「こちらで列になって待っていてなさい」
女教師に通された先の部屋は一面真っ白の空間だった。
アニメでありそうな能力実験広場みたいな部屋だが、現実に見るとなると精神がおかしくなりそうになる。
「スノーは大丈夫か? へんな気分になったりしないか?」
「? 別に全然。アストラは大丈夫なの・・・?」
「一応。でもなんだろな。俗世に属していない気配がする・・・」
眠くて頭がふらふらするような感覚にオレは深呼吸をして精神を整える。曰くつきの廃屋とか廃病院独特の雰囲気に酷似した空気だが、そのどれもとは違う。
深呼吸を繰り返し、若干の落ち着きを取り戻した辺りだった。
先ほど部屋を出ていった教師が荷台を引きながら戻ってきた。そして黙々と荷台から何かを運び部屋のど真ん中で組み立て始める。
何をと思ったが、組み立てられていくものにオレには思い当たる節があった。
「祭壇か? いや、これは儀式的な予言の準備か・・・」
長机に幾本もの蝋燭を灯し、机の上に水を張ったたらいを置く。その近くにはナイフが添えられた。
どこかで見たことがあると思えば、それは一つの予知のような儀式だ。
「予言って?」
「オレの地元、ってか日本のちょっとした儀式だ。特定の時刻にたらいに水入れて、剃刀を口にくわえて水面を見る。すると将来の運命の相手が分かるっていうやつだ。地域別で呪文唱えたりとかもあるんだが、目の前の祭壇はそれによく似ている」
「じゃぁ運命の相手を決めたりするの?」
「いや、多分近いルーツはあるんだろうけど別物だ。それにあの儀式は一種の呪いの側面もあるからな」
スノーの疑問にオレは首を振る。やがて机の隅にそれぞれ二つの大聖女の像を置くとその女教師が向き直り、新入生達に対して説明を行う。
「これから君達に組織番付をする。ここではこれから一年間、君らに付き添ってくれる相棒を見てけてもらう。相棒となる天使は人をより好む。確実に強い天使が契約に応じるわけではないのでここは理解しておくように」
説明を終えた瞬間、人ごみのあちらこちらから歓声が響く。
「え! 天使ですって!?」
「噂に聞いていたけどまさかもう契約が許されるなんて!」
「でも強い天使との契約は運ですってよ」
「そこはもう流れに任せるしかないかもねっ!」
一般人がマスクを外した瞬間、それが世界的ポップアイドルだった時のパンピーの反応の様だ。イケメン俳優のドッキリに引っ掛かった時のような感嘆にオレは思わず耳を塞ぐ。そんな周囲の喜びに対して、スノーは思いのほか反応が淡白だ。
「冷静だね?」
「そりゃアストラ居るし、天使が居てもおかしくないでしょ」
「確かに・・・」
正論であった。
慣れ親しんだ態度のせいで、自分が人間にとっては非常に珍しい存在だということを忘れていた。
思わず口を噤むオレに反するように、女教師はそのまま生徒一人一人を呼ぶ。
「アスター=ルノン、前へ。契約が終わり次第次の生徒の契約交渉を始める。各々の生徒は名前を聞き忘れないように注意しなさい」
「はい、先生」
「アスター=ルノン、こちらへ。さぁ、私に続いて復唱してください・・・」
アスター=ルノン、と名を呼ばれた生徒が祭壇の前に立ち、女教師の言う通りに呪文を復唱する。
―――すると、だった。
「ヒヒィ―――――ンンッ!!」
ぶつぶつと呪文を唱えた直後、少女の目の前。すなわち水を張ったたらいが光りだし、刹那としてその真上に白く光る天馬が現れた。
「―――わ、ぁ」
「ランク3+ですか・・・、まぁ平均的ですね」
「あの、この馬は・・・」
「安心なさい。契約に応じた天使は契約者を害することは出来ません。そのまま下がりなさい。その馬はあなたについていくので。次、オリア=トムトス」
「は、はい!」
少女がそのまま離れると召喚された天馬もその少女の後を追って祭壇を離れる。天使の召喚に居合わせた他の新入生の声は一段と大きくなっていく。
「やっぱ天使って格好いいな」
「アストラの方が格好いいけどね!」
「なんだその謎の張り合いの精神は」
苦笑するオレだが、ふと違和感が脳裏をよぎる。
「あれ、オレ天使見えてるのか?」
自分で聞いておいてなんだが、実際問題見えている。まるで当たり前かのように、見えていることになんの疑問も湧き出ていない現状が異常だとオレの脳が目まぐるしく回る。
領内に魔獣が侵入してきた時は天使なんて見えなかったのに、今となっては普通に見ることが出来ている。
「またか・・・・」
思い返すのはスノーに初めて会った時のこと。
魔法なんて全くの素人なのに急に使えるようになったあの謎の感触、今まで忘れていたかのように、まるで元からそこにあったとでも言うように、存在がオレの記憶の中で喝采するのだ。
「やっぱり大丈夫? 気分悪いなら外出て待っててもいいよ」
「あぁ、あぁ・・・大丈夫だ。ただちょっと急な進化についていけていないというか・・・」
オレの腕を支えるスノーの心配を手で制し、深い、深いため息を吐く。
「オレが知らないうちに違うオレになりそうで怖いな」
「哲学?」
スノーの反応に別の意味でもう一度ため息をつく。
オレとスノーの会話を余所に部屋の中は新しい賑わいを見せていた。
「す、すごい! ランク5+の天使よ! 素晴らしいわ!」
「すごいわ・・・! 又尾の狐なんて、美しい・・・!!」
どうやら何かすごい天使が召喚に応じたらしい。
「ランクとか全然分からんけど、・・・熾天使とか座天使みたく天使にも階層分けされてんのかな」
この盛り上がり具合からして中々にくらいの高い天使だということが分かる。一見するとただの少し大きな尻尾を二つ持った狐にしか見えないが、日本でもお狐様と言われて祀られる神社があるし、なにより葛の葉や九尾の狐のように狐は一種の妖怪としても知られている。獣としてではなく超常的な狐が強いというのも納得だ。
「よく見れば天使の類って大体が神話生物に寄せられた外見だよな・・・」
最初に出てきた天馬もそうだが、一つ目の角の生えた犬や耳が異様に長い小人らしきもの、斧を担いだ戦士等、どこかの神話で登場しそうな幻獣に似た姿をした天使が多い。
「似てるだけか、はたまた何かしらモデルがあるのか・・・」
真相は未だつかめず。どういう理屈でそういう”形”を持っているのか、見ただけではさっぱり分からなかった。
近くにいる狩人の天使を見ながら思いに更けていると、女教師の名を呼ぶ声が聞こえた。
「スノー=テレジア」
「あぁ、はい!」
「おっと、呼ばれたか」
やっと出番かとスノーが走り出し、オレもその後についていく。
「それではスノー=テレジア、そこの祭壇の前に立ち、目を瞑って私の後に続いて復唱してください。――我は聖なる遺志を継ぎ、尚純潔を保つ救世の信徒にあり」
「うぇ、えっと、・・・我は聖なる遺志を継ぎ、尚純潔を保つ救世の信徒にあり!」
「此度の試練を乗り越え、そして再び世界を跨ぐ邪崇を退ける故、我の足に一足の草鞋を求めん」
「此度の試練を乗り越え、そして再び世界を跨ぐ邪崇を退ける故、我の足に一足の草鞋を求めん!」
「―――契約してくださいと、心の中で念じなさい」
「契約してくださいと、心の中で念じなさい!」
「莫迦ですか? 復唱は今さっきので終わりですよ」
「すみません!」
チッと舌打ちをする女教師に反射的に謝るスノー。それを見ていると女教師の説明不足に腹が立つが、そのイラつきを吹き飛ばすような衝撃が直後にあった。
発生の始まりはたらいに張られた水の揺れだった。
渦巻く暴風が水桶の上に発生する。部屋の空間全ての光を飲み込む巨大な風と光の渦が球体を形作っていく。周囲の全ての新入生がその球体に釘付けになり、部屋に散らばっていた他の新入生も自身のいる空間の変化にスノーの儀式を見る。女教師も固まったままだ。そんな中、真っ先にオレの影が動く。
「スノー!」
後ずさるスノーの前に立ち、全身に力を込める。どんな攻撃が来ようと後ろの少女に危害を加えさせないよう――。
「そ、そんな! ランク10+!?」
手元の何かを見た女教師が叫び声を上げて光渦巻く球体を見やる。どうやらかなり地位の高い天使らしい。だから何だというのか。
「天使だろうが、悪魔だろうが、スノーに手ぇ出すゴミはオレが潰す!」
ひたすらに光が渦巻き、その風の球体は激しさを増す。それが攻撃の意思と思ったオレはカウンターを決められるように拳を握りしめ振りかざす。
どんな攻撃か、ビームか、暴風か、それとも――――ッ!!
激しさを増した球体は更に高速で回り始めて、
パンっと音が鳴り、球体が緩やかに内部から崩れていく。作られたばかりの氷壁のように、安く脆く、その風と光が壊れて失くなってく。
中には天使らしき姿はなく、残されたのは期待に胸を躍らせる生徒達と虚しいほどの静寂だけだった。




