09 『別れ。そして出会い』
翌日、スノーがエルディオに学校に行きたいという旨の話をすると、二つ返事で了承し、スノーが本格的に学校に通うことが決まった。
聖女学院には決まった制服があるとのことだが、門外不出の品らしく学校に着いた先で直に渡されるのだそう。噂に聞くところによれば、対悪魔の秘法が用いられているとか聖女の加護が縫い付けられているとか。真偽は不確かだが、閉鎖的かつ神秘的とも捉えられる男子禁制の学びの園は聖女のイメージによく合っていると思う。
「これもいる、これもいる・・・。これは、う~ん要らないかなぁ? 要るかなこの魔法陣を模写した用紙・・・」
「あっちは魔法学の宝庫なんだろ? わざわざ持っていくほどのものでもない気がするな」
ローレンス聖女学院は寮付きの学校だ。一度入校すれば特別な場合以外で学校の外に出ることは出来ない。それゆえに持ち入る持ち物はきちんと分ける必要がある。
スノーは顎に手を当てて熟考した後、魔法陣が描かれた紙束をトランクから出した。
魔法陣は魔法を召喚するための媒介だ。しかし現時点で聖女として天使と契約しなければ魔法を使うことは出来ないとされている。詳しいことは分からないが魔法陣だけでは魔法を扱うことは不可能と言える。しかも学校は魔法を教える場所である。紙束を持って行っても高確率で焚火の着火剤として使われるだろう。
「悩むなぁ、アストラはどう思う? 私服はどれとどれがいいかな?」
「オレの見解を求めるなら鯉模様入りの赤ワンピと桃色ワンピ。ズボンはショートでニーソが良い」
「ほう、その心は?」
「オレの感性が日本人ってのもあるんだが、この世界のワンピははっぴとか和服とかその色が強い。これが白いすべらかな肌のスノーにはとても似合う。長ズボンは単純に合わない。袴っぽいのがあれば良いんだが無いし、それなら一周回ってショートで脚出した方が良いかもなって。色も白よりかは黒の方が色彩的にも視覚的にもよろしい」
「なるほど、前者の意見は素直に嬉しかったけど後半の意見でアストラの変態さにちょっと引き・・・」
「おうおう! 人に意見求めたのはそっちだろうがっ! 変態とはなんだ変態とは! 紳士と呼べ紳士と! オレは健全な日本国紳士だぞ!」
「ワフクとかハッピとかちょくちょく聞いたことない単語出るけど、その二ホンコクって地域は魔界の中でも突出して変そうだね」
スノーの軽口にオレは苦笑する。
相変わらずオレの日本で過ごした経験はどうにもスノーにはジョークのように聞こえているのだろう。悪魔に転生した人間のジョークはオレがオレたる理由の一つでもある。最初こそどこかでバラそうかもと考えていたが転生ものの小説やら民謡がない文化なのか、生まれ変わりや輪廻に関係することは場を和ませる冗談にとらえられているらしい。それに元人間なのがバレたとして、それでオレの扱いが変わることはないだろう。
「外見が悪魔である以上、人間ってことを証明は出来ないもんな」
「何か言った?」
「いやなんにも」
スノーが顔を上げて問うてきたが、オレは顔を横に振る。
聞くところによればローレンス聖女学院は単なる聖女養成学校ではなく、会社のような側面も持ち合わせている。
例えば周囲の教会への人材派遣や悪魔祓いの軍編成。そういった組織の中にいる人は根っからの悪魔アンチ達で構成されており、邪崇の人は決して許さない厳格にして狂気じみた指針を持っている。勿論、国が悪魔との関係を持つことは法律上禁止しており、破れば死刑や終身刑になる可能性が高い。しかも聖女学院の一部組織は自治が許されているらしく、「悪魔と契約した諜報員が捕まって死ぬよりも残忍な目にあった」という噂まである。
そして、スノーとオレは契約関係にあり、オレは悪魔だ。
契約を守ると言った手前、スノーを裏切って逃亡するという考えはない。しかし万一にもバレてしまった場合、何かしら対応策を講じなければならない。学校に通う手前、そういった問題にも意識を向けなければならなくなったのだ。
その対応策の一つがオレが元人間だと言うことだった。
”だった。”なのでこれは失策になると確信している。
この十年と少し、オレはこの世界に関する情報を集めた。と言っても、真夜中に街を散策したり、領地の村をスノーに付いて行って見て回ったり、スノーの姉達が持っている書物を読んでみたり、といった具合だが。
国風は19世紀のルーマニアに近いものがある。あからさまにレンガを積み上げて造ったのだろうが、セメントがしっかり使われている。建造物の壁は多少ざらざらしているもののパレットで整えた跡が見受けられる。勿論セメントを塗らず、レンガだけという建物も見るがそんな敷き詰められた煉瓦があるのは街路が多い。
少なくとも中世というには近代的要素が多くある分、国の科学は発展していると考えられる。
そして驚くほどに民謡や小説の方向性が偏っている。
寓話や民謡というのは代々伝わってきた文化の形態だ。善悪の判断や欲深さを戒めるもの等、有名なのはイソップ童話や桃太郎と言った昔話。はたまた、大人が子供に言う「夜遅くまで遊んでいたら鬼が出る!」等もこれに含まれる。
それがこの国ではかなり方向性が絞られている。
というのも、最終的には「悪魔」たる存在が如何に邪悪かを物語るものが絶対数を占めているからだ。日本でいう「鬼」は邪悪さを引き立たせる要因だが、「泣いた赤鬼」など鬼を「悪」の側に立たせない話もある。しかし、この国はそういった話が一切ない。
つまるところ勧善懲悪。
悪魔が最終的に天使と人間に撃ち滅ぼされるものばかりなのだ。
それに加えて転生系や輪廻という概念がほとんどない。否、転生と言っても力の継承という文化はある。ただ、人物が人物になるという文化が無いのだ。
例えば、スノーが今鞄の中に入れるか迷っている小説の山とか。
「アストラ、「時を駆けし天使の力と小心者魔法使い」か「天空時空伝」、どっち持っていこうかな?」
「どっちでも。活字の天空時空伝なら学校の購買にもありそうだけどな」
「じゃぁこっちかな。時間潰すなら後者の方が良いと思ったんだけど・・・」
「というか力の継承があるんなら輪廻転生とかあってもいいよな。チート転生とかめっちゃ流行りそうなもんだけど、不思議とその手の小説無いし」
「じゃぁアストラが書いてよ。どうせ学校行ってもアストラ暇でしょ?」
「暇があったらな」
うんしょ、と小説を縛り、丁寧にトランクに入れる。十冊程の長編小説は思いのほかすっぽりとトランクの中に仕舞われる。こころなしか仕舞う前よりも仕舞った後の方が小さくなっているように見える。どこぞの青狸ロボットのポケットのようだ。
オレは小説の長ったらしい題名を見ながら首を掻く。
どうにもこの国は人の輪廻をタブー視している節がある。
ラノベ独自の奇怪な設定に長い題名。成り上がり勧善懲悪、イラストの良さ。どれをとっても日本の書店で売り出していても違和感がないのに転生モノがない。理由は分からないが、あからさまに避けているようにも見える。
「なんなんだろうな、この違和感」
「魔界で流行ってたのを引きずってるだけじゃない?」
言葉にし難い気持ち悪さに首を鳴らすとそれをスノーが一刀両断した。本人は特段悪気があるわけではないがそんな毒舌にオレは不服の意を表す。
「ひどいな。オレは真剣なんだが」
「文化の違いは疑問視するものじゃないと思うけど? 受け入れるか、受け入れないかじゃないの?」
「・・・・そうだな」
論破されてしまった。
反論の余地はない。スノーの言うことが最もだと思ってしまった。
ため息を吐き、スノーの意見に賛同する。しかしそれは現段階において材料が無さすぎるからという意味での保留だ。きっとどこかに答えにつながる情報があるはずなのだ。
ひそかにこの世界の闇を暴いてやろうと意気込む。
そして十数分が経過した。
「―――準備完了!」
「おつかれ」
窓からの風景から目を離し、オレは部屋の中心へと歩み寄る。
スノーが仰向けになって寝転がる。傍には大型のトランクが二つと大きな肩掛けバッグが一つあった。
「・・・多くね?」
「女の子は荷物が多いんですよ! 特に私となるとね!」
「重そうだな・・・。あ、オレは持たんぞ。一人でに空気中を移動するバッグとか怪奇現象だしな」
「えぇ~~~!」
叫ぶスノーを見下ろしてオレはバッグを持つことを事前に拒否する。両手でバッテンを作るオレにスノーは残念そうな顔をする。
「仕方がない。私が運ぶよ・・・」
「なんでオレが運ぶことが前提で、それをオレがやむを得ずやらないって言ったような発言なんだよ。最初からスノーが運ぶんだろが」
「うぅぅぅ・・・、アストラの鬼! 悪魔! 鬼畜大明神!」
「悪魔だけどな」
地団太を踏むスノーにオレは冷静に告げる。オレの見立てではスノーならこの程度の荷物なら大丈夫だ。乙女のフリした怪力淑女のスノーならこの程度の荷物は楽々だろう。
「持っていく荷物の準備終わったら寝る準備をしろよ。明日は早いんだから」
「ふぁぁえぇぁぁい」
うへぇ、と情けない声を上げて起き上がるスノー。ぶつぶつとオレに恨み言を呟きながら荷物を部屋の扉近くに置いていく。
明日は学校への旅立ち、実家との別れだ。
☆★☆ ☆★☆ ☆★☆
「それじゃぁ行ってきます」
「行ってらっしゃい。あっちでお姉ちゃんに会ったらよろしく言っといてね」
馬車に荷物を載せ、別れの挨拶をするスノー。給仕の人一人一人に頭を下げるその姿は天使そのもので、給仕の皆さんも笑顔で送ってくれた。
そして現在、スノーにパタパタと手を振るのはスノーの姉であるイルニア=テレジアだ。おっとりぽわぽわお姉さん系の美女という表現がしっくりくる茶髪の女性はテレジア家の次女であり、家の後継ぎだ。
お姉さん、もとい長女は教会で働くシスターらしく、忙しくて家には全然帰れないらしい。
その次女、イルニアは大体大学生くらいの年齢だろうか。それにしてはスノーよりも明らかにデカいメロンを二つ携えている。ラノベのヒロインかよとも思う圧倒的弾力は歩くだけでそのハリの良さがうかがえる。これで天然なお姉さんなのだ。オレが悪魔でなければ確実に犬になりに行っただろう。
しかし、デカいな・・・・。
他者から見えないことを良いことにオレがじっくりと見ていると、脇腹をスノーに小突かれた。
「何ぼーっとしてるの?」
「あぁ、いや・・・別れる時になって初めて、感じるものがあるなぁって・・・」
今までの十年間、イルニアを見る機会は沢山あったが、ぶっちゃけおっとりお姉さんくらいしか印象が無かった。おそらく着痩せするタイプなのだろう。
今まで厚みがかった服装だったからか、今のように薄い私服らしい私服の上から見ると確かにこれは素晴らしい景色だ。
長女を見たことが無いため断定的なことは言えないが、テレジア家の代々の家族写真を見るとある結論が導き出せる。
「今はまぁまぁだけど、成長していくにつれてお姉さんみたいになるんだろうな。まだまだ時間はあるぜスノー」
「・・・? うん、そうだね。私も頑張ってお姉ちゃんみたく大きくなるよ!」
「ちょっと言葉の伝わり方がずれた気がする。いや、ずれたままでいいだろう。言及するようなことではない。大事なことだが」
ぐっと拳をつくるスノーにオレは少し目を背ける。あんなキラキラした瞳を前に劣情を出すのは気が引けたのだ。
オレは軽く咳払いをして、聞こえなくともイルニアとエルディオに深く頭を下げる。
「スノーのことはお任せください。必ず護り、立派な聖女にします」
これは己への誓い。聞こえなくとも宣言する事が大事なのだ。
オレの宣言を聞き、スノーも慌てて頭を下げる。
「私も勉強を頑張って立派な聖女になります!」
オレと同じく、聖女になることを宣言するスノー。
数秒の静寂。
そして終わり―――、
「あぁ、しっかりと励みなさい」
「頑張ってね。お姉ちゃん、応援してるから」
エルディオは目を伏せて腕を組み、イルニアは微笑んでスノーを送り出す。そして、
「・・・私には見えないが、スノーをよろしく頼む」
「「!?」」
顔を上げたオレに向かって、エルディオが視線を飛ばす。見えていないはずなのに、まるで見られているような気がしてしまう。スノーの真隣のオレ、その目を見る。
驚き、息を飲むオレにそんなことは初耳だとびっくりするイルニア。
イルニアがエルディオの肩を揺すって問い詰める。自分だけが仲間外れにされたとでも思っているのか目をぐるぐるさせている。
「ちょっと、父さんどういうこと!? スノーにもう天使が憑いてるの?」
「いやいや、私はもう見えないぞ。ただ感じるだけ・・・」
「えぇ!? 私は何も感じないのに・・・スノーは!? スノーはどうなの!?」
「えぇと、・・・私は見えるけど・・・」
あ、とスノーが慌てて口を両手で隠す。オレはため息を吐いて頭に手を当てる。
疑問が膨れ上がったイルニアはエルディオから離れ、失言をしたスノーの肩を揺する。
「いったいどんな天使なの!? 男? 男なのね!? 身体は? 人型で羽が生えてる!? 筋肉の付き方h」
「まだ何も言って無いのにっ!?」
まるで心を読んでいるかのように、オレの見てくれを的確に当てていく。スノーは肩を揺らされて上手く言葉を発せないでいる中、イルニアは何をどうやって情報を読み取っているのか本当に分からない。おっとり系お姉さんとは想像を絶する勢いにオレも思わず後ずさりしてしまう程だ。
「ふぇえ、怖いよぉ・・・」
いまさらになってなんでストーカーが怖いのかというのが分かった気がする。
いっそこのまま尻尾を捲いて逃げたくなるが、スノーが助けてほしそうな目でこちらを見てきたのでやむなし。助ける他無くなった。
どうにかしてスノーからイルニアを引き剥がそうとすると、イルニアの後ろから声が浴びせられた。
「こら、イルニア。スノーを引き留めてはいけない。質問なら帰省した時にでもしなさい」
「父さん・・・でも・・・」
「別にずっと帰らないわけじゃない。一年に一回は帰ってくるのだから」
「ん~、仕方ないなぁ・・・」
エルディオに諭されつつも、不服そうに頬を膨らませるイルニアだったがスノーからは離れてくれた。
「父さん、後で説明してね?」
睨みつける視線にエルディオは目を瞑りうんうんと頷く。あとで上手く躱そうと考えているようにも見える。
イルニアは膨れ面を直し、スノーを見る。
「スノー」
「は、はい」
「改めて、いってらっしゃい。悪魔と不審者には気を付けて」
「はい!」
柔和な笑みを浮かべ、大きく手を振るイルニアにひときわ大きな声でスノーが応えた。そしてそのスノーから少し離れたところに目を向けて、
「天使さんもよろしくね」
「―――あぁ、任された」
こちらが見えていないので声を掛ける先は全くずれている。が、その瞳に込められた意思の強さは暗に妹のスノーの身を誰よりも心配していると捉えられる。
これに応えられるかどうかは分からない。しかしスノーを想う心はオレも同じこと。返答はスノーへの絶対的信頼を証明する声であったと自負している。
馬車にスノーが、続いてオレが乗り込み、鞭打たれる音が響く。
窓の向こうからは離れていく日常と、手を振る女性の姿があった。
「またー!」
窓から上半身を乗り出し、腕を振るスノーに「危ない」と伝えるもスノーには届いていない様子。同時にスノーの声もあちらには届いていないようだった。
日常が去り、非日常が日常となる。
そんな音が聞こえてきた。




