第42話 答えは、あなたの中に
天神はいたずらっぽく、妖艶に笑う。
「まさか、依頼を受けたのか?」
「良い勘をしているじゃないか、早川! 今日、君たちにこのタルトをご馳走したのには訳があったのだよ。
さて、ここで問題といこう!
果たして僕は如何にして、この閑散とした店内を取り戻したか。二人には、ぜひ考えて欲しい!」
鳥が羽ばたくように、彼の長い両腕がバッと俺たちに向かって伸びた。
にこにことしている天神には悪いが、正直に言って、食べ物を前にして別のことを考えろというのはナンセンスだと思う。
数学の問題を解いているときに、世界史や倫理の問題を持って来られるようなものだ。
藤枝なんて律儀にフォークを置いて、考え始めてしまっているものだから、可哀想でならない。
美味いものは味わって食べる。
それが礼儀だろう。
だから、俺は天神にこう言った。
「とりあえず、食べ終わってからで良いか? 藤枝さんも、その方が良いよね?」
「あ、はい。そうですね」
「これは、失礼! どうぞ召し上がってくれたまえ!」
天神に全く悪びれる気配はないが、もう、そういうものだろうと慣れてきた。
俺は心置きなく、タルトを堪能する。なめらかな食感。一歩間違えばくどくなりそうなところを、絶妙なバランスで余韻を感じさせるものに変えていた。
まったく、これが趣味だと言うのだから、恐れ入る。
たっぷりじっくり時間を掛けて、最後の一口が消えた。ぬるくなったホットコーヒーが、口腔内の幸せに苦味を付け加える。
「ただでさえこんなに美味いのに、噂まで立ったら、そりゃ人は集まるよな」
「リピーターの方もいらっしゃいそうですよね」
「うん」
今食べ終わったばかりなのに、また食べたくなるくらいなのだ。間違いなく、リピーターはいただろう。
「こちらのタルトをお出しにならないことは、なんと説明していらしたのでしょうか?」
「こだわりの食材が手に入らなくなったと言っておりました」
無難な回答だ。
でも、それなら材料が手に入るのを待てば良いと考える人もいるだろう。
俺と藤枝は考える。
天神は、優雅に紅茶だったものを飲んでいる。
店主はカウンターの奥に戻っていた。
いつしか俺の思考は、『何故、天神はこの問題を俺たちに解かせようとしているのか』にスライドされていった。
天神の性格からして、鍵は出しているのは間違いない。
藤枝穂乃香が、鍵の一つなのは予想出来る。あとは、『幸せのタルト』。
何故、そんな呼称がついたのか。
そう言えば人間には、物事が繰り返されると何かと結びつけようとする心理があると言っていたな。
三ツ橋咲工もある意味ではそうだった。もっとも、あれは俗信を信じたゆえのネガティブな方向だったが。
待てよ。
俗信や怪談も、噂に入るのか。
思えば、遠野先輩の依頼も噂から始まったんだった。最近は、『呪われた生物学科』の噂を聞かなくなったから、すっかり忘れていた。人の噂も七十五日。ゴシップや噂も時間を掛ければ消えていく。
……消える?
「天神」
「なんだい、早川?」
「もしかして、『幸せを呼ぶ』という噂を消したのか?」
ヘーゼル色の瞳がキラリと輝く。正解か。否、部分点か。何も言ってこないところを見ると、まだ先があるということだ。
「もしかして、『願いが叶うパフェ』が関係しているのでは、ないでしょうか?」
「どういうこと、藤枝さん?」
「たしかに、数週間前まではレトロ・アヴェの『幸せのタルト』を私も耳にしたことがあったのですが、最近はもっぱら別のお店の『願いが叶うパフェ』のお話を聞くのです。
天神さんは新しい噂を流すことによって、前の噂を消し、お店を以前の状態に戻したのでは、ないでしょうか?」
「素晴らしいね! そのとおりだよ!」
天神が惜しみない拍手を送る。
「噂を消す方法は、大きく三つあると言われていてね。もちろん、規模や伝達経路を考慮する必要はあるけれども、新しい噂を流すというのは有効な手段なのさ。情報は鮮度も重要だからね。君たちも、覚えがあるのではないかな?」
「たしかに、過去問も新しい方が役に立つからな」
「そうですね。他にも、ニュースや時事問題も新しいものを追いがちではあります」
納得する俺たちに、天神は優しく笑った。
「そうだね。もちろん噂の中には、俗信のように千年以上に渡り消えないものもある。美談や注意喚起、希望や願いが含まれていたりすると余計にね」
一呼吸置いた天神は、藤枝の目を真っ直ぐに見る。
「さて、藤枝穂乃香くん。これにて、『藤枝穂乃香に掛けられた呪いを教える』という依頼は解決とみて、構わないかな?」
「はい。ありがとうございました。それで報酬は、」
言い掛ける藤枝を大きな手が制止した。
「貴女は、もう一つの『きつねの窓』をご存じかな?」
「もう一つの?」
「絵本に『きつねの窓』という物語があってね。それを一人で調べていただくことを、今回の報酬としたいのだが、どうだろうか?」
「それで良いのですか?」
「それが良いのだよ!」
不思議そうな表情をしたものの、すぐに藤枝は「わかりました」と承諾した。
天神は満足そうにうなずいて、「ご馳走様」と手を合わせる。ついで、俺に差し出された手は、舞台袖に向かう合図。
俺は大人しく席を立ち、彼の手に伝票を乗せた。
姿勢正しく、美しく。
優美に一礼した天神は、闊達に笑う。
「それでは、また会おう!」
*
一週間後。
大学のラウンジで藤枝と悠斗が、ぎこちなく挨拶をしているのを見掛けた。すれ違いは解消できたのかと聞くのも無粋だと思っているので、詳細は知らない。ただ、悠斗は相変わらずなので、悪いようにはなっていないのだろう。
あれ以来、爪を桔梗に似た青紫色に染めるようになった藤枝は、カメラの構図を見るように両手の親指と人差し指で窓をつくるようになった。
それを見て、「魔女みたいで不気味」「藤枝さんのイメージと違う」「がっかり」なんていう声もあったらしいが、思いのほか彼女が気にしている様子はなかった。
そのうち、「ミステリアスで素敵」「個性的でカッコイイ」と言われているのも耳に入るようになり、人の評価や噂は意外と単純でテキトーなんだなと思った。
もちろん、と言っていいのか分からないが、雨宮は変わらずに藤枝と良い友人関係を築いているようだった。
少しずつ、少しずつ。わだかまりは解けていく。
俺は、歩く。
カサカサと、楽しそうに落ち葉を踏み鳴らす天神と共に。
白いフリルの傘は、意外にも晩秋の青空に映えていた。
「なあ、天神。今年は、どんな冬になると思う?」
「さてね。けれども、どんな冬でも美しいことには変わりがないさ。そして、普通の謎に満ち溢れていることにもね!」
ヘーゼルの瞳は、キラキラと輝く。
寒い冬はもう間近。
「そうだな」
と同意した言葉は、偉丈夫の耳に届いたのか。それとも、頬を撫ぜる風に溶けたのか。
ただ、屈託なく笑う天神を見て、俺は少しだけ次の季節が楽しみになった。
了
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