表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/45

第34話 彼の後悔

「なんで、って言われてもなー。ただ、あ、嫌われたんだなって」

「悠斗くんは、その女の子と付き合ってたんじゃなくて?」

「全然。そんなんじゃないです」


 悠斗が手をあおぐように横に振る。「あら、そうなの? なら、不思議ね。悠斗くんって、あんまり女の子から嫌われるようなことをするタイプには、あまり思えないのに」


 美和はクスクスと笑う。

 圧倒的な経験値の差は感じるものの、俺も同意見だった。少なくとも友人として付き合う分には、そつがなく、当たりも悪くない。


「藤枝さんの態度があからさまに変わったときのことって、覚えているか?」

「えぇー。まだ、この話すんの? 嫌われた理由を思い出すとか、さすがのオレも嫌なんだけど」

「いや、なんか誤解があったのかも知れないだろ?」

「そうだとしても、今更どうしようもなくない? 向こうもオレに関わりたくないだろうし」


 心底嫌なのだろう。悠斗が顔をゆがめて、そっぽを向いた。

 こじれた糸を解く。

 なんていうのをやりたいわけじゃない。わざわざ面倒事に首を突っ込みたいわけでもない。ただ、何かが引っ掛かってならなかった。


「関わりたくないなら、なんで藤枝さんはおまえの紹介だと言ったんだ?」


 返答はない。


「それに、なんで、おまえは嫌われている相手の事を覚えてたんだ?」


 沈黙が重たい。

 隣で、りんごジュースをストローで飲む美和は、たおやかに微笑んでいる。


 ここで引き下がるべきか。

 頭は、停止をうながす。だが心のどこかで、もう一人の俺が問いかけてくる。


 本当に? 後悔はしない? と。


「嫌われた理由があるって言ったよな? 本当に、藤枝さんはおまえを嫌ってるのか?」

「なんで、そんなことが翔太に分かるんだよ」

「彼女は誰かを陥れようとするタイプには見えなかったし、嫌いな相手の名前を語ってやってきた割には、おまえの話も出なかった。そもそも『嫌っている相手から紹介されました』なんて、おかしいだろ? 不自然すぎるんだよ、おまえらの関係性が」


 面倒くさそうに、悠斗が髪をボリボリと引っ掻いた。


「翔太って、そんな感じだったっけ? もっと付かず離れずだと思ってたんだけど」

「俺もそう思ってた」


 にらめっこするように見合う。

 綺麗な二重の目が白黒と点滅したかと思えば、悠斗はプッと吹き出すように笑った。


「なんだ、それ」

「さあな」

「天神の影響か? 結構、良い関係を築いてるじゃん」

「どうだか」


 少しだけ、自分の耳が熱を持った気もしたが無視する。


「誰にも話せないって、それはそれでストレスなんだよね」


 苦笑。否、自嘲じちょうめいた声。

 海溝かいこう悔恨かいこんを思わせる深いため息が、悠斗の口から吐き出された。


「……ずっと謝りたかったんだよね」

「謝りたかったって、藤枝さんに、か?」

「そう。オレさ、藤枝の飼っている犬がりんごで喉を詰まらせたって聞いたとき、笑っちゃったんだよ。食いしん坊かって」


 背もたれに体を預けた悠斗は天井を向く。


「その時は、藤枝も笑ってくれたんだけどさ。でも、あれはただ合わせてくれただけなんだなって。まあ、それに気が付いたのは、高校も終わる頃だったけど。

 結構危ない状況だったらしくてさ、犬。失言してから段々会話がなくなって。まあ、自然消滅みたいな? だから、嫌われて当然だと思ってるんだよね」


 苦痛に歪む顔。口調の端々に、深い懺悔ざんげにじみ出ていた。


「謝らないのか?」

「今更、なんて言って謝るんだよ。あのときは、ごめんって? 最近、その犬も亡くなったって聞いたのに? 大体謝ったところで、所詮自己満足じゃん。俺が関わらない方のが、双方にとっての幸せってやつだよ」

「……おまえ、思ったよりもヘタレなんだな」

「やだなー。引き際を見極めていると言って欲しいね」 


 へらへらと笑う悠斗は、いつもの顔に戻っていた。


「んー。でも、それって、女の子の方も似たような気持ちを持っているのかもよぉ?」


 俺と悠斗の目が美和に向く。


「悪気があって言った言葉じゃないんでしょう? 嫌いな人からの紹介ですって、普通は言わないし。それこそ、嫌がらせをするなら、別だけど。なんか案外、その藤枝さんって子も、悠斗くんと話したがっていたりしてね」

「それは、ないと思います」

「そうかしら? 他人の心なんて分からないものよぉ」


 頬に手を当てて、美和はあでやかに微笑む。百戦錬磨という言葉さえ浮かんでくるその様からは、とてもそう見えなかった。


「美和さんも分からないんですか?」

「全っ然。大人になればなるほど、本音で話さなくなるし。若いってそれだけで宝なのよぉ。失敗しても挽回も出来るし、本音で話し合えるし。

 年を取れば取るほど、失敗も関係性の修復も謝罪することすら難しくなるんだもの。あたしも、若い頃に戻りたいわぁ。やり直したいことばっかり。……なんてね」


 茶目っ気たっぷりに笑う美和。笑顔の裏を見せないのが、大人なのか。それとも、彼女の矜持プライドなのか。りんごジュースで濡れた唇が、きらめいていた。


「まあ、後悔しないのが一番よ。ダメだったら、その人との縁はそこまでだったと思えば良いわけだし。そしたらウチに来て、飲んでいけば良いわ。おねえさんが、一杯(おご)ってあげる」


 見覚えのある名刺を悠斗の前に置いた彼女は、やってきたパウンドケーキに舌鼓したづつみを打ち始める。

 目の前の悠斗は、ぼんやりと名刺を見ながら何かを考えているようだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ