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長し夜に、ひらく窓<天神一の日常推理 呪われた女>  作者: ユト
君想う、心は開かずの箱のなか
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第29話 祖父の仕掛け

「これは、おそらくメイプルリーフ金貨だね」

「メイプルリーフ金貨?」


 天神を除いた、四人の声が揃う。


「カナダの王室造幣(ぞうへい)局が発行している金貨さ。純度は九十九・九九パーセント。一オンスとあるから、約二十八グラムの金ということになる。金貨に傷が付くと価値が下がるとも言われているから、緩衝材を入れたのだろう」


 あっさりとした説明。天神は、ごく当たり前のように喋っているが、俺と三ツ橋たちは硬直していた。それも当然だろう。コインチョコだと思っていたものが、本物の金貨だったのだから。


「金貨って、物語の世界だけかと思ってた……」

「俺もだわ……」

「私も……。ねえ、何枚入っているの?」


 咲工が落ち着きのない手つきで、コインの入った袋を一つずつ取り出していく。一体、いくらになるのか。

 俺は今ほど、この喫茶店が閑散としていることに感謝したことはなかった。


「合計九枚か。おじいちゃんのことだから、平等に一人三枚ってことだろうね」

「同感だわ。それにしても、どれくらいの価値になるのかしら」

「考えたくもねえ。てか、これが俺に預けられてたのかよ……! じじいめ」


 テーブルに肘をつき、手の甲で頭を抑える咲工は小刻みに震え、笑っていた。楓貴と理桜は夢見心地で、コインを眺めている。


「ねえ、咲工。入っていたのは、これだけ?」

「これだけって。十分だろ?」

「そうじゃないわ。お祖父様からの贈り物には、いつもお祝いのメッセージカードが付いていたでしょう? 私たちのには、なかったから」

「そういうことか。なら、この袋の下にでもあるんじゃねぇの?」


 麻袋を引っ張り上げ、咲工は底を見た。


「ねぇな?」

「本当に?」

「見てみろよ、ほら」

「本当だわ、何もない……」

「じじいも、耄碌もうろくしたんだろ」


 さして気にもしない咲工と違い、楓貴は頬に手を当てて首を傾げる。


「おじいちゃんに限って、それはないと思うなぁ。だって、咲工は毎年、暗号文のメッセージを貰っていたんだろう?」

「何が書いてあんのか、さっぱり分かんねぇやつな。ったく、なんで俺だけ暗号なんだか」

「呆れた! あなたが幼稚園生のときにお願いしたからじゃない」

「俺がお願いした?」

「そうよ。『俺のだけ、暗号にしてくれ!』って。覚えてないの?」

「全然、覚えてねぇわ」


 目をぱちくりとさせる双子の片割れに、理桜は深いため息を吐いた。「んだよ。じゃあ、どっかに紛れ込んでんじゃねぇの?」と箱を持ち上げて、寄木細工の板を一枚ずついじる咲工。

 天神の白い人差し指が、追いやられるようにして置かれた、唯一箱から外れた板に伸びた。


「その蓋を上下左右に傾けてもらえないかな?」

「蓋?」


 咲工が天神の指示通りに動かすと、中からコンと音が鳴った。


「は?」


 天神は満足そうに、ただ微笑む。もちろん俺はさっぱり分からない。

 それは他の三人も同様だった。俺は隣の偉丈夫に軽くひじを当てて「説明」とだけ言うと、彼は一瞬キョトンとした後、理解したようにうなずいた。


「彼が秘密箱を開けているとき、カコンカコンと音がしていたのを覚えているかい?」


 一同一様に、首を縦に振る。


「緩衝材に埋もれていた金貨が音源になったとは考えにくい。そもそも、金貨に傷が付かないように工夫されていたわけだから、音が鳴るようなことがあってはならない。

 では、どこで何が鳴ったのか。

 ここまで精巧に作られた箱だ。当然、何かが入る場所は限られてくる。しかも、音が鳴るということは、ある程度の隙間のある空間。つまり、どこかに隠し部屋があると考えるのが普通さ」


 そう説明されてから蓋を見ると、たしかに出っ張りの部分が怪しい気がしてくるのだから奇妙なものだ。


「それが、この蓋の裏にある出っ張りってわけか?」

「一カ所だけ、木の色が違うところがあるだろう? そこをスライドしてみてもらえるかな?」


 言われるがままに咲工が端を動かすと、音もなく木が外れ、鈍い銀色のコインが落下した。


「百円玉?」


 突然登場した、よく知る通貨に戸惑いを覚える楓貴と理桜。咲工の視線は、今し方開けた場所に集中していた。


「紙が入ってるぜ」


 ぴっちりと収まっているのだろう。咲工が爪で引っかけようにも、出てくる気配はない。

 天神は、ジャケットの内側から巻物のようなツールケースを取り出すと、そこからピンセットを引き抜いて見せた。一輪の花でも渡すかのように、ピンセットを咲工に向けて、男は微笑む。


「良ければ使ってくれたまえ」

「……助かるわ」


 もはや、突っ込むことは誰もしない。

 銀の細い先端が引っ張り出したのは、折りたたまれた美しい和紙だった。

 広げてみると、達筆な文字が顔を出す。


 しらじをのらきく のらみのもを じのにのきを


 頭を抱えた咲工の隣で、楓貴と理桜が「暗号ね」、「暗号だね」と呟いた。


「……解かなくても良いよな?」

「駄目に決まっているでしょう? お祖父様からのメッセージはこれだけなんだから」

「じゃあ、おまえが解けよ」

「バカ言わないで。私が解けるはずがないじゃない」

「なんで、そんなに偉そうなんだよ。じゃあ、」

「僕も戦力外かな。ごめんね、咲工」


「まじかよ」と頭を抱える咲工は、ふと名案を思いついたように俺たちを見た。


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