第26話 正体見たり
「この音だ……!」
苦悶するように耳を押さえる咲工。真っ先に反応したのは、天神だった。
シーリングライトを消す。高周波音は消えない。
パソコンの蓋を閉める。消えない。
最後に、枕元。咲工に覆い被さるようにして、ベッドボードに顔を近付けた天神は、満足そうに微笑んでいた。
彼が充電ケーブルのコンセントを抜いて、数秒。静寂がよみがえる。
「原因は、これだね。おそらく、『コイル鳴き』だろう」
呆気に取られた顔をする面々。恐る恐る口を開いたのは、ベッドで横たわる咲工だ。
「『コイル』って、あのコイルか?」
「電気導線を巻いた『コイル』であっているとも!」
「コイルが鳴くってどういうことだ? 意味がわからねぇ」
とっくにベッドから離れた天神は、両手を広げて悠然と笑う。
「可愛い表現だとは思わないかい? 他にも、『コンデンサ鳴き』と言うものもあるけれど、いずれにしても通電中に起こる振動が原因と言われている。つまらない言い方をするならば、一種のノイズ音だね」
「ノイズ音……」
俺を含めた四人が狐につままれたように、ポカンとする。タネを明かしてしまえば、なんとも呆気ない。
起き上がった咲工は間の抜けた表情で、自問するように言葉を吐いた。
「じゃあ、俺が聞いたのは『耳鐘』じゃなくて、『コイル鳴き』だったってことか?」
「あくまでも、その可能性が高いことに過ぎないけれどね」
咲工は勢いよくベッドに身を投げ出した。腕で顔を隠しているせいで、表情は見えない。だが、脱力しているのは分かる。
「すげーな、天神。なあ、せっかくだから推理を聞かせてくれよ?」
グンと上半身を起こし、ベッドの上であぐらを掻いた咲工は、笑っていた。
天神は彼の声に応えるように、胸に手を当ててお辞儀をする。まるで、ショーの始まるかのように。
「糸口は三つ。耳を塞いでしまえば、聞こえなくなる高周波音。特定の状況下、この場合は自宅でのみ発生すること。眠るときに、充電するスマートフォン」
白くて長い三本の指は、誇らしく上に伸びている。
「発生源は外部にあることは貴殿の話から分かっていた。それも、自宅でしか聞こえないのであれば、問題は家にあると考えるのが至って自然。普通の感覚だろう。
おおまかに高周波音が聞こえる要因は、ざっと考えて三つ。害獣対策か、いたずらか、電気系統さ」
「害獣対策?」
「ねずみや狐、猫や鳥と言った動物を近寄らせないために、高周波音発生装置を使うことが多い。このアパートの前には畑があるからね。
ただ、その場合は彼だけではなく、アパートの住人全員の問題になり、管理会社に連絡が入っていてもおかしくはない。しかも、彼は十日間、音が聞こえ続けていると言っていた。それだけの期間、対応なしというのは考えにくい」
中指が折りたたまれて、ピースをつくる。
「次点で、いたずらの可能性だね。けれども、この部屋に音を入れる方法は換気扇を通すくらいしかない。もしも換気扇から高周波音を入れられていたと仮定すれば、相当な音量になる。なにせ、眠るときにも聞こえているのだから。それならば、とても幻聴とは思わないだろう」
真実を表わすように、人差し指だけが残る。
「最後に、『耳鐘』と似たような音を発生させる可能性が一番高いのは、電気系統によるものだと僕は考えていた。この部屋で電気を必要とするものは、天井のシーリングライトとパソコンと充電器のみ。
一つずつ可能性を潰して、残った事象が事実と言うわけさ! ご満足いただけたかな?」
楓貴が「凄いなあ」と感嘆の声を上げる。だが、あとの二人。双子は揃って、複雑そうな表情を浮かべていた。
「なんで自分で気が付かなかったのよ」
「んなこと言っても、最初は鳴ってなかったんだから仕方ねえだろ?」
「あなたが鈍かったんじゃなくて?」
「違えって。本当に失礼だよな、おまえってやつは」
「失礼ね! 咲工に比べたらマシよ!」
怯えていた様子はどこへやら。再び言い争いを始めた二人に、天神は拍手を送る。
「君たちは実に愉快だね! しかし、彼の言うとおり、使用数ヶ月後に発生する例はたしかにある。それに、耳鐘だと思い込んでいたのならば、気が付かずとも無理はないさ」
「ほら見ろ」と満足そうに笑う咲工を、理桜が無言で睨んだ。
天神の凜とした声が部屋に響く。
「さて! これにて、一件落着で構わないかな? 三ツ橋くん」
「え? ええ、十分だわ。ありがとう、天神くん」
「ありがとうございました」
理桜と楓貴の顔は、安堵と達成感が入り混じっていた。
やっと帰宅か。
家に帰ったら、レポートの続きをしよう。そんなことを考えていた俺の横で、スリーピースの美丈夫は所作美しく正座をした。
「では、依頼の報酬をいただこうか!」
*
最近知ったことだが、天神は受けた依頼に対して金銭の要求はしない。と言うよりも、基本的に自分からは報酬を求めない。
ただし、対価は求める。それは一杯の紅茶だったり、協力要請だったり、情報だったり。様々だ。
今回は、あらかじめ「彼らの知る、藤枝穂乃香の情報」を彼らの依頼達成報酬として要求していた。
その事をすっかり失念していた俺は、慌ててあぐらを掻いて、背筋を伸ばす。一瞬だけ、天神を真似て正座をすることも考えたが、五分もすれば足が痺れて無様になるのは予測出来た。最初から無理はしないに限る。
最初に口を開いたのは、姿勢を正した理桜だった。




