第25話 可能性を探る
二
きっかり十五分後。
三ツ橋咲工から連絡を受けた俺たちは、三ツ橋楓貴の車に乗せてもらい、彼の住居に向かった。
鉄筋コンクリート製と思われる二階建てアパートの一階、中央付近。一〇五号室の呼び鈴を押せば、ピンポーンと軽やかな電子音が鳴る。すぐに短髪の男が玄関から顔を出した。
「早かったな」
「車だからね」
「……やっぱり、おまえらも部屋に入るのか」
ややジト目になる咲工の横をすり抜けて、「お邪魔するわ」と理桜が部屋に入る。その後ろをちゃっかりと楓貴が続き、「はぁ……」と、咲工はため息を吐く。
ポリポリと黒髪を掻いた彼は、右手の親指をクイッと中に向け、玄関前に立つ俺たちに「上がってくれ」と言った。
廊下に備え付けられたキッチンを通り抜けると、畳六畳ほどの部屋が俺たちを出迎えた。
入ってすぐの右端には、本棚のようなベッドボードがくっついた寝具と食器棚。
部屋の真ん中にはノートパソコンが置かれた座卓と座椅子。左壁にはカラーボックスが二つと、非常にシンプルで無駄のない一室だった。
洋服類は、押し入れに収納されているのだろう。タンスやチェストは見当たらない。
焦げ茶色のカラーボックスには教科書や漫画が並び、ベッドボードには知恵の輪やルービックキューブが飾ってあった。
「随分とさっぱりしているね」
「男の部屋なんて、こんなもんだろ」
六畳一間に五人も入れば飽和状態とは言わないまでも、なかなかに自由度が低くなる。
「部屋を検分しても構わないかい?」
「テキトーにしてくれ」
「じゃあ、私も」と動こうとした理桜の肩を咲工がつかむ。
「理桜は楓貴と座ってお喋りでもしてろ」
「何よ。私だって、見て回りたいわ」
「おまえだけ返しても良いんだぞ?」
圧を掛けて見下ろす男に、女はふくれっ面になりながら大人しく座椅子に収まる。楓貴が理桜の隣に座ると、すぐに二人は仲良くおしゃべりを始めた。
ヘーゼル色の瞳が、1Kの部屋を見渡す。
「音が聞こえるのは、この部屋だけだろうか? それとも、キッチンやお風呂場、トイレと言ったところでも?」
「いや、風呂に入ってるときや、トイレの時に聞こえた記憶はあんまりないな」
「ふむ」
天神は後ろ手を組み、ベッドの足側にある掃出し窓に近付く。
足下から天井まで。
一メートル九十を超える天神よりも僅かに高い窓には、白いレースカーテンが掛かっていた。ダークブルーのカーテンは両端に寄せられ、同布でくくられている。
天神がレースを軽く上げると、畑が見えた。個人でしているものだろうか。さして大きいわけではないその土壌には、ネギのような細長い葉や人参の葉っぱ、小松菜のようなものが見える。
奥の雑木林は、深い緑から暖かな赤へ。グラーデションになって、色付いていた。
「見晴らしの良い場所だね。道路も細いのが一本通っているだけだ」
「外灯は少ねーけどな。月に数回くらいは、学生が馬鹿騒ぎをしてるけど、まあ基本的には静かで居心地は悪くねぇよ」
「住みやすいのは良いことさ」
上から下まで。時折、天神はカーテンを捲りながら窓の周辺を確認する。窓側の壁と本棚の置いてある壁とが直角に交わる隅には、二口コンセントがあった。一メートルほどの延長ケーブルを束ねたものが一本、差し込んである。
「ここ意外にコンセントは?」
「枕側のとこだな。スマホはそこで充電してる」
「見せてもらっても?」
「ああ」
食器棚と寝具を隔てるように立っている、二段の棚のようになったベッドボード。その下段には、木目模様の二個口タイプの電源タップが置かれていた。左側からケーブルが伸びていることから、延長コードなのが分かる。
スマホの充電に使用するのだろう。電源タップにはUSBボートが刺さり、そこから黒い充電ケーブルが端子丸出しで無造作にベッドに置かれていた。
天神がベッド側の白い壁をコンコンと叩いていく。
窓、本棚、押し入れ。
四方、全て同様に。狂うことなく、一定のリズムで同じ音が響く。最後に床を叩き、天井を見上げた。
鍋の蓋のようなシーリングライトは暗く、静まり返っている。
「キッチンを見たいのだけれども」
「良いぜ」
思いのほか台所は綺麗だった。流しにはなにもなく、ガスコンロには油汚れ一つない。さらに、一人用の冷蔵庫には時間割やゴミ出しカレンダーが貼ってあった。
荒々しい言動からは想像が付かない、咲工の几帳面な性格を垣間見た気がした。
「料理中以外に換気扇をつけることは?」
「ないな。俺はタバコを吸わねーから。まあ、自炊もあんまりしねぇけど」
「換気扇をつけてもらえるかい?」
咲工は無言で換気扇の強を押した。ブォーという音が広がる。
「ありがとう、結構だ。貴殿が寝るときは、キッチンとリビングの引き戸を閉めているのだろうか?」
「あー、まちまちだな。特には、気にしてねぇけど、閉めてないことの方が多いと思う」
「ふむ。今、僕の耳にはキーンという音は聞こえないのだが、貴殿はどうかだろうか?」
「今は聞こえてねぇな」
「早川は?」
「俺も別に」
天神は満足したようにリビングに戻る。
楓貴と理桜は俺たちの邪魔にならないように部屋の隅に移動していた。
「貴殿方は、どうかな? 妙な音は聞こえるかい?」
「私にも聞こえていないわ」
「同じく、僕も」
天神は精悍な顎に触れながら、首をぐるりと回して部屋を一望した。
「三ツ橋咲工くん。音が聞こえる状況下と今を比較して、何か違うところはあるかな?」
「違う?」
「何でも良い。パソコンを点けていたり、食器を出していたり、電気が点いていたり。些細なことで構わない」
「電気が点いてるときに、鳴ることは多いかもな」
「他には?」
「他かぁ」
咲工は短髪に手をやる。
目をキョロキョロと動かしながら、記憶を探っているようだった。
「パソコンを点けてないのと、スマホの充電をしてないことくらいか? 正直、気が付いたら聞こえるから、寝るとき以外はあんまり分かんねぇんだよ」
「ふむ。今、貴殿が言ったこと全てを試してもらっても良いだろうか?」
「ああ」
咲工が天井の明かりを点け、パソコンを開いて電源ボタンを押した。部屋が明るくなり、ブンとパソコンが起動する。
だが、それだけ。
俺には何の音も聞こえてこない。天神は、咲工の動きを目で追い続けている。
ジーパンのポケットからスマートフォンを取り出した咲工が、ベッドのマットレスに片膝を付いて充電ケーブルを差し込んだ。
「これで、思いつくのは終わりだ」
「では、この状況で寝てもらっても?」
「良いぜ」
ギィッとベッドが軋む。
無音。ひたすらに、無音。
やはり彼が聞いたのは本物の『耳鐘』、怪異なのか。
俺の背筋が冷たくなり、体が緊張し始める。「本物なの?」と気丈な理桜の怯えた声が恐怖を誘う。
風がそよぐ音すら、不気味に感じ始めた頃。キーンという高周波が俺の耳に届いた。




