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長し夜に、ひらく窓<天神一の日常推理 呪われた女>  作者: ユト
君想う、心は開かずの箱のなか
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第23話 それぞれの思い

 コテンと傾いた首。

 妖しく輝くヘーゼルの瞳。

 冷淡な声。


 グッと唇を引き結ぶ咲工に、一歩。詰め寄るように、天神の顔と上半身が前に出る。


「動物には、耳と口がある。我々人間には、意志を伝える言語がある。成人を迎えた貴殿の言動は果たして、他を納得させられるものなのかな?」


 天神の薄唇にのる三日月は、美しい。

 咲工の眉間に出来た皺はほどけ、肩がなだらかな水平線を描く。

 ああ、落ちた。

 俺は、そう思った。




 真一文字だった咲工の口元が緩んで、溢れたのは意外な言葉だった。


「……願掛けしたんだよ」

「願掛け?」


 幼子おさなごのようにコクンと短髪の頭が振れる。

 閉め損ねた蛇口から水滴がぽたりと落ちるように、咲工の口から言葉が零れはじめた。


「じじいが退院するまで箱を開けなければ、じじいは無事に戻ってくるって。

 もちろん普通の願掛けもしてる。神社にも行ったし、物断ちも有効だからって見てからは、ガチャの課金もやめた。

 それでも不安でよ。じじいとの繋がりが一番強いものに願掛けたら良いんじゃねぇかって思ったんだよ。そしたら、箱しか思い浮かばなくて。

 勝手をして悪いとは思ってるけど、今、箱を開けたら形見になりそうで不安なんだよ。じじいがガンになるのは、これで二回目だろ? それに、」


 咲工の口が一旦閉じる。

 視線は揺らぎ、唇は小さく動く。明らかに何かを言い淀む仕草。

 天神が優しく包み込むように、あるいは誘導するように尋ねる。


「他にも、貴殿を不安にさせることがあるのだね?」


 もう一度、彼の頭が縦に上下した。


「……妙な音が聞こえるんだよ」

「妙な音? それは、どんな音かな?」

「キーンみたいな高い音だよ。耳鳴りかと思って耳を塞いでみたら消えるんだけど、なんか気持ち悪くてな。それで調べてみたら、『耳鐘みみがね』っていうのが出てくるし」

「ふむ。それは、いつから聞こえるようになったか、覚えているかい?」

「きっかり、十日前からだ」


 その言葉に、天神は思うところがあるようだった。男は何かを考えるように、精悍な顎を手で包んでいる。


「なあ天神、『耳鐘』って何だ?」

「ん? ああ、俗信の一つさ。『しるまし』と呼ばれる、不吉な前兆を教えるものの一種だね。そのなかでも『耳鐘』は、特に同年齢の人間が死ぬときに聞こえる音と言われている」


 同年齢と聞いて、思わず楓貴と理桜を見る。どうやら、二人には思い当たる節があったらしい。


「それで、ここ最近、咲工は僕たちにやたらと安否確認をしてきたんだね」

「なるほどねぇ。そう言えば咲工って昔から怖がりで、お化け屋敷も私の影に隠れていたものね。今でも、ホラー映画を一人では見られないんじゃない?」

「……うっせーな」


 咲工は顔を伏せ、赤く染まる耳を塞ぐ。


「あなた、私たちだけじゃなくて、お父さんとお母さんにも連絡していたでしょう? 

 心配していたわよ? 一人暮らししてから滅多に電話なんてしてこなかったのに、急にどうしたのかしらって。

 第一、咲工が聞いたのが本当に『耳鐘』だったとしても、お母さんたちやお祖父様とは全く関係ないじゃない。だって『耳鐘』が教えるのは、同い年だけなのでしょう?」


 諭すように話す彼女の口調は柔らかく優しい。けれども下を向く咲工の目は、まだ不安に満ちていた。


「俺さ。ガキの頃、ばぁちゃんに言われたんだよ。『友人や家族の死期が近付くと、不思議な音が聞こえるのよ』って。もちろん信じてなかったし、何なら最近まで忘れてたんだ。

 けどさ、キーンって音が聞こえた次の日に、じじいのガンが見付かったって連絡が来たんだよ。

 それで急に怖くなってさ。これがそうなんだって思ったら、どうしようもなくて。ずっと音は鳴り止まねぇし……」


 次第に丸まっていく背中。どこか濡れた犬を彷彿とさせる咲工の肩に楓貴が、背中に理桜が手を置いた。


「つらかったね、咲工」

「どうして、相談くらいしてくれなかったのよ……」

「言えるかよ。変な音が聞こえたから、身内が死ぬかもしれないなんて。あまりにバカバカしいだろ。俺だって、そんなこと思いたくないのに」

「……咲工のバカ。見栄っ張りの意地っ張り」

「はいはい、俺はバカで意地っ張りですよーだ」


 わざとらしく耳をほじる咲工を理桜が睨んでいた。

 双子の片割れとは視線を合わせないように、咲工は天神を見る。


「正義かどうかは知らねーし、分からねーけど、俺が箱を開けたくねえ理由は話した。おまえはどうする? 箱を開けるのか?」

「それを決めるのは、僕じゃない。貴殿方さ! しかしその前に、タネ明かしはしておこう。僕が依頼されたのは、『南京錠の鍵を開けること』でもなければ、『三つの箱を開けること』でもない」

「は?」


 咲工の目が瞬き、いたずらに成功した子どものように、天神はにんまりと笑う。


「僕が依頼されたのは、たった一つ。『三ツ橋咲工が南京錠の鍵をなくしたと嘘を吐く理由を、探り出して欲しい』さ!」


 鳩が豆鉄砲を食ったような間抜け面で、「え? は?」と溢した咲工だったが、理桜と楓貴が温かい眼差しを向けているのに気が付くと、がっくりとテーブルに肘をついた。

 両手で頭を抱え、「嘘だって分かってたのかよ」と弱々しく吐く。


「おじいちゃんから渡された大切なものを、咲工がなくすとは思えないからね」

「そうよ。見かけによらずマメで慎重な性格をしているあなたが、鍵をなくした上に、謝罪の一言もないなんておかしいと思ったのよ。何か理由があって、嘘を吐いているって考えるに決まっているでしょう?」


 あっけらかんとした二人の反応に、咲工の耳は再び赤く色付いていく。


「咲工が箱を開けたくない理由は分かったわ。分かった上で、天神くんに追加の依頼をお願いしたいのだけど、聞いてもらえるかしら?」

「もちろん、良いとも!」


 相変わらずのノータイムリプライ。

 天神の思考回路に抵抗やコンデンサといったものは、最低限しか存在しないのかも知れない。


「咲工が聞こえている『耳鐘』が本物かどうか。調べてもらいたいの」


 理桜の表情は、真剣そのものだった。

 天神は目を瞑り、優雅にティーカップを傾ける。カチャリと小さく陶磁器の当たる音がして、彼は口を開いた。


「その依頼、天神一が承ろう!」

 

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