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長し夜に、ひらく窓<天神一の日常推理 呪われた女>  作者: ユト
君想う、心は開かずの箱のなか
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第22話 可愛い抵抗

 そうだった。

 名字が三人とも同じであることをすっかり忘れていた。男女の双子と従兄弟が揃って同じ苗字とは、なんとも面倒くさい。

 俺はやすい作り笑いを浮かべて、言い直す。


「三ツ橋楓貴(ふうき)くんの箱に付いている南京錠の鍵は、三ツ橋咲工(さく)くんが持っていたというので、あっているんだよね?」

「ああ」


 短い髪の咲工がぶっきらぼうに答える。

 キリッとした目に、整えられた細めの眉が似合っていた。


「その鍵は、いつ、誰に渡されたのか。もう一回聞かせてもらえる?」

「鍵は今年の正月に、この木箱と一緒に渡されたんだよ。理桜りおや楓貴も一緒にいたから、嘘は吐いてないのは知ってるはずだぜ。なあ?」

「その言い方は分かりにくいよ、咲工。三ッ橋家は毎年、お正月に親族で集まることになっているんです。今年は僕たちが成人する年だからと言うことで、祖父がこの三つの箱を僕たちにくれたのですが、条件が二つありまして」


「条件?」


「はい。一つは、箱を開けるのは全員が成人になってからにすること。もう一つは、僕たち三人と渡された三つの箱が必ず揃っている状態で開けること。その二つを必ず守って開けなさいと」


 なるほど。

 それで理桜は、咲工が一人で開けるのを反対していたのか。


「三つの箱自体は誰のものか、決まっているの?」

「はい。僕のは、この鎌倉かまくらぼり牡丹ぼたん彫刻がされたもので」

「俺のは、この小さい寄木よせぎ細工ざいくの箱だ。で、」

「桜の描かれている会津あいづ(ぬり)が、私の箱よ」


 それぞれ自分の箱には愛着があるようで、乱暴に扱うものは誰一人としておらず、全員が大切そうに触れた。


「鎌倉彫に、会津塗りか。寄木細工は分からないんだけど、もしかして全部、伝統工芸品だったりするのかな?」


「そうみたいです。とは言っても、僕たちは渡されたときに、そう告げられただけなので、詳しくは分からないんですけど。ただ祖父は、日本の文化や伝統を感じるものが大好きなので、本物なんだろうなとは思います」


「とても良いご趣味だね。見た感じ、鍵が必要なのは理桜さんの箱と、楓貴くんのだけみたいだけど。咲工くんのも、開かないんだよね?」


「ああ。俺のは鍵どころか、ふたもねぇんだよ。妙に重いしよー、軽く揺らすと音もするから中身があるのは間違いねーと思うんだけどな」

「ちょっと! 丁重に扱うようにとお祖父様に言われたのに、なに揺らしているのよ!」

「はぁ? ギャンギャン、うるせーなー。

 軽くって言っただろ? 

 大体、おまえらのと違って、俺のは片手で持てるくらい小さいんだから、運ぶときに嫌でも揺れるんだよ。

 じじいだって、俺の性格ぐらい分かってんだから、やばいものは入れてねーよ。多分」

「本当に信じられない。どうして、この男と兄妹なのかしら」

「残念だったな、一卵性の妹さんよ」


 意地悪く言う咲工に理桜が噛みつく前に、俺が二人の意識を遮る。

 なんとなく、揉める客を相手しているみたいだ。もっとも口が裂けても、そんなことは言わないが。


「今年の正月に、お祖父さんから鍵をもらったわけだね。そのときは、鍵だけを受け取ったの? それとも、南京錠と一緒に?」

「鍵だけよ。お祖父様は私たちの目の前で楓貴の箱に南京錠を掛けて、鍵を咲工にだけ渡したの」

「それで、その鍵をなくしたと。咲工くんは受け取った鍵をどこにしまったかは、覚えてる?」

「財布の小銭入れだよ。そこが一番なくしにくいからな」

「そんなこと言って、結局なくしているのだから、本当に世話ないわよね」


 ため息交じりに言う彼女は、双子の片割れを呆れたように見る。


「うっせーな」


 すぐにでも険悪化しそうな雰囲気。

 相変わらず天神は、白濁した紅茶を優雅に味わいながら、ニコニコしている。俺は自分を平滑へいかつコンデンサだと思い込んで、努めて和やかな声を装う。


「鍵の紛失に気が付いたのは最近?」

「覚えてねえ」


 咲工は頬杖をついて、顔を背けた。

 初めて訪れた静寂。

 幕間。暗転。


 しかしそれも天神のあっけらかんとした言葉と両腕を大きく開く動きで、強制的に幕は上げられる。


「気にすることはないさ。鍵をなくしたところで、何の問題もないのだから!」


 俺を含めた全員の目が天神に集まる。

 咲工が「は?」と小さく呟いたのが聞こえた。ワンテンポ遅れて、「どうしてですか?」と楓貴が尋ねる。


「簡単だよ、僕がピッキングをすれば良いのさ!」


 厚い胸板に左手を置いた男は、堂々と言い放った。




 シンと静まり返る、レトロ・アヴェ。

 当然のように出てきた不穏な言葉に、俺は思わず額を抑える。


 天神一という男は、本当に謎が多い。

 それでも、いや、それゆえに。

 彼がピッキングのスキルを保持していると言われても、驚くどころか納得すらしてしまうから不思議だ。


 それだけ自分は、天神一という男に毒されてきているということなのだろう。

 しかし、天神と初対面の彼らはどう思うだろうか。


 俺は慎重に手の隙間から様子をうかがう。三人とも呆気に取られたまま、沈黙を貫いていた。

 体感時間十秒足らず。最初に声を上げたのは、楓貴だった。


「すみません。こんなことを言うのは失礼だと思うんですが、ピッキングって犯罪行為なんじゃ……?」


 複雑な表情を浮かべる俺たちを一蹴するように、天神は一笑する。


「貴殿の言う通り、たしかにピッキング防止法というのは存在している。

 ただし、それは正当な理由なくピッキング道具を所持、携帯することを禁止する法であって、ピッキング自体を禁止しているわけではないのだよ。

 ゆえに、現行法において解錠すること自体は、犯罪行為ではないと僕は解釈している。もちろん、専門職ではない僕は道具を所持していない。

 南京錠ならば、ピンで十分だからね。とはいえ、僕も好き好んでピッキングをしたいわけではない。あくまで貴殿方の希望に添うまでさ!」


「いらねえ!」


 天神が言い終わるのと同時の拒絶。目をつり上げた咲工は叫ぶ。


「あと一週間もしないうちに、じじいは退院する! そうすれば全てが分かるんだから、それで良いだろう?! わざわざピッキングなんて必要ねえ!」


 大きな声が店内に響く。だが、もちろん天神が動揺することなどない。ただ、艶然えんぜんと微笑むのみ。真ん中に挟まれた楓貴は苦笑し、理桜はこめかみに手を当てる。

 アプリコットに塗られた唇から、ふぅっと大きな息が漏れた。


「どうして、咲工はそんなに偉そうに言えるのかしら? そもそも、あなたが鍵をなくさなければ、なにも問題はなかったのよ? いい加減、私はお祖父様からの贈り物を受け取りたいの」

「箱は受け取ったんだから、良いじゃねーか」

「開かない箱で我慢しろと? それなら私は、天神くんに解錠してもらうことを選ぶわ」


 理桜の目がジロリと動く。


「別に今開けなくても、いずれ分かる! それでじゃねーか!」

「いずれ?」

「そうだよ! じじいのガンの手術も、この前の金曜日に終わったって親父が言ってた。何もなければ、今度の木曜日には退院するってな。それなら今月中、今年中にもスペアキーはもらえるはずだ。それで、良い」


 これ以上話すことはないと言わんばかりに、咲工は顔を背ける。だが、その表情はどうにも晴れない。


「咲工の考えは分かったよ。でも僕も、天神くんにピッキングをしてもらうことに賛成」

「なんでだよ、楓貴!」

「おじいちゃんに万が一のことがあったとき、お礼も言えないなんて、僕は嫌だ」

「ふざけんじゃねぇ! 万が一なんてねぇんだよ! 一番危ねえ手術は終わったんだ!」


 顔を赤くした咲工は、今にも噛みつきそうな剣幕だった。誰も何も言わない。ただ、ピリピリとした緊張感が漂う。


 最適解が分からないなかで、突如、手を叩く音がした。驚いて隣を見れば、この場にもっとも不似合いな満面の笑みを浮かべた天神が拍手を送っていた。


「なんて美しいのだろう! 

 素晴らしい! もう少し観劇したいところではあるけれども、しかし、結論は出た。多数決とは、なんと便利なのだろう。どんな問題もすぐに解決してくれる。さあ、南京錠の解除をしよう!」

「ちょっと待てよ!」


 慌てる咲工を無視して、ジャケットの内側からワインレッドのツールロールを取り出した天神は、意味深長に口角を持ち上げる。


「何か不満でも?」

「俺は賛成してねえ!」


 目をつり上げて、唾でも飛ばしかねない勢いで咲工が叫ぶ。


 当然の如く、天神が気にする様子はない。むしろ楽しそうに、両肘をテーブルにつけて空中で指を組んだ。


「三ツ橋咲工くんは、多数決に反対だと?」

「ああ」

「では、貴殿の真意を問おう。数の正義を覆したいのならば、三ツ橋咲工の正義を示してみたまえよ」


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