第21話 三つの箱
一
十一月最初の日曜日。
相も変わらず閑散としているレトロ・アヴェで、俺と天神は依頼人を含む、顔の作りの似た三人と相対していた。
茶色の猫足テーブルには、見た目もサイズも全く異なる三つの箱が並んでいる。
一つは、多色かつ多様な幾何学模様が全面に施された長方形の木箱。
大きさは、三つの中では最も小さく、大雑把に見ても幅十五×奥行き十×高さ六センチメートルほどしかない。
一つは、艶やかな黒塗りに金の枝垂れ桜が美しい、鍵穴のある箱。
サイズは、小さいもののおおよそ二・五倍。持ち上げるのに両手が必要なほどには大きい。
一つは、臙脂色に黒を混ぜたような色の箱。前面のみ刀痕と華やかな牡丹模様の彫刻がされており、蓋部分には持ち運ぶための取っ手が付いている。
三つの中で最も大きく、一番小さな箱が四つは入るだろう。
蓋と本体を留める赤銅の金具はトランプのクローバーを上下逆さまにしたような形をしており、その隙間には金色の南京錠のツルが通っていた。
「だーかーらー、じじいが退院するまで待てば良いだけの話だろ? どうせ、じじいがスペアキーを持ってんだから。それまで俺は一人で自分の箱を開けてみたいって言ってるだけだっつーのに。なんで、そいつらを呼んだんだよ!」
「あなたが鍵をなくしたと言うからでしょう? 天神くんを呼んだのは、楓貴くんが『大学に事件解決の神がいるんだ。理桜ちゃんと仲の良かった中学の同級生も、依頼しているらしいよ』って教えてくれたからよ」
「噂の『神』って、そいつのことだったのかよ……。天神だから、神ってか? 安直すぎるだろ。しかし、おまえと仲良かった同級生ねぇ? そんなやつ、いたか?」
不躾な言い様に、ボブヘアの女の眉がぴくり動く。先ほどまでとは少し違う、ピリッとした緊張感。アプリコットの唇が大きく開きかけて、ピタリと止まった。
「藤枝さんだよ」
穏やかな声が割って入る。
彼らに挟まれて座る楓貴は、慣れているのか。それとも、勝手が分かっているのか。
柔和な表情を咲工に向けた。
「覚えてない? 藤枝穂乃香さん。ほら、お嬢様っぽい雰囲気の」
「藤枝ぁ? ああ、あの胡散臭さそうなやつか」
「ちょっと! 穂乃香ちゃんに対してなんてことを言うのよ!」
「ああ? なんで、大学の違うおまえが……ああ、そうか。おまえも中学まで同じだったからか」
「私と穂乃香ちゃんは元クラスメイトで、友人よ」
「友人? その割には、あんまり話を聞かねーけど。おまえの勘違い、独りよがりなんじゃねーの?」
男は悪びれることもなく、短い黒髪をポリポリと掻く。女の目がカッと見開いた。
「失礼ね! 高校が違ったから、今は連絡を取っていないだけよ!」
「ふーん。でも、最近の藤枝には会ってないだろ?」
「それが何よ?」
「昔は覚えてねーけど、今のあいつは、なんかお人形さんみたいだぜ? いつも薄ら笑いしていて。正直、気味が悪ぃ」
悪辣な言い様。
アイシャドウに彩られた女の目がつり上がり、男は面倒くさそうに手を振った。
「んなことは、どーでも良い。とりあえず、俺はじじいの退院を待って箱を開ける」
「そんなことって、あなたね……」
女は赤茶色の髪を軽く掻き上げて、大きなため息を吐く。
「とにかく、ダメよ。認められないわ。大体お祖父様がスペアキーを持っているかも、分からないのに」
「じじいなら持ってるに、決まってる」
彼らは互いの主張は平行線を辿ったまま、スタート地点に戻る。この繰り返しを聞くのも、もうかれこれ十分。
ホットコーヒーには白いモヤがかかり、もうぬるくなった。天神は変わらず背筋を伸ばして優雅に座っているが、ワイヤーと揶揄される俺の背中は曲がり、今はもう背もたれに寄りかかっている。
天神が何のアクションも出さないので黙っているが、そろそろ退屈になってきた。
「はあ……。もしも、お祖父様がスペアキーを持っていたとしても、あなたの要望は聞けないわ、咲工。
それは、あなただってよく分かっているはずでしょう?
それとも、お祖父様のお気持ちを無視してまで、あなたは一人で自分の箱を開けたいと言うの?」
「んなことは、言ってねーだろ! 俺はただ、この箱が開かねーのが気に食わないだけであって」
「あら、それなら私たちだって一緒よ?
私は箱の鍵を渡されていないし、楓貴くんの箱だって、南京錠の鍵を咲工がなくしてしまったせいで開けられないもの。ね、楓貴くん?」
「そうだね、理桜ちゃん」
楓貴と呼ばれた、左側だけ長い前髪をした男は、手元にある大きな箱の南京錠に触れた。
「そんなに気になるなら、南京錠をハンマーかペンチで壊せば良いじゃねーか」
「信じられないっ! そんなことをして、美しい箱に傷が付いたらどうするのよ⁈ 本当に粗暴なんだから!」
咲工と呼ばれた男は、鬱陶しそうに耳を塞ぐ。
「はあー? 俺は親切な提案をしてあげただけですけどー?」
「それが親切だというのなら、もう一度保育園から通い直すことをおすすめするわ」
キッと理桜が咲工を睨む。
二人に挟まれつつも、「まあまあ」と宥めるのは楓貴だ。どうやら彼は、調整役と緩衝材も兼ねているらしい。
「二人とも、落ち着こうよ。せっかく僕たち全員がちゃんと二十歳を迎えて、箱と一緒にこうやって集まっているんだから。ね?」
「そうは言うけどよー、楓貴。一昨日の金曜日にも集まったじゃん」
「そうね、あなたはイヤイヤだったけど」
「でも、ちゃんと行っただろ? なんか文句あんの?」
「別にぃ?」
そっくりの顔が互いを睨み合い、フンと鼻を鳴らしてそっぽを向く。
常時、この調子。
おしゃれなジャズも注文した飲み物も、彼らの耳と目には入っていないのだろう。
俺の鍛え上げられた作り笑いはとうに疲弊の色が隠せなくなってきているというのに、天神は演劇でも鑑賞しているかのように、ニコニコと楽しんでいる。
このままでは埒があかない。誰かが進行、否、舵を取らない限り、堂々巡りは終わらないだろう。
時間は有限。
好奇心はあれども、人間関係のいざこざに興味はない。
しびれを切らした俺が「三ツ橋くん」と呼ぶと、男二人がこちらを見た。




