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第19話 独特な報酬

 パチパチと小さな音が鳴る。遠野の拍手だった。


「なるほどね。助かった一羽は早い段階で適切な処置をされたか、軽度の症状だったか。あるいはそのどちらだったのかも知れないねぇ。うん! 実に綺麗な推理、考察だったよぉ。まあボクも今日、天神くんのSOSで調べてるときに、バードストライクかなぁとは思ったんだけどさぁ。理由や明確な対策までは思いつかなかったからねぇ」

「あの、バードストライクって、鳥が飛行機の窓にぶつかったり、エンジンに吸い込まれたりするやつですよね?」

「そうそう。飛行場では良く問題になってるみたいだねぇ。でも、鳥が窓なんかにぶつかることもバードストライクというんだよぉ。それで、小鳥はどうなったの?」


 遠野は不安そうに天神を見上げる。


「遠野先輩のご助力のおかげで、無事に小講義室から離れた場所で放すことが出来ました」

「そっかぁ、救えたんだねぇ。良かったぁ……」


 ふにゃ、と笑った先輩の華奢な背がソファにくっついた。心からホッとしているようだった。


 一拍の間をおいて、半身を起こした遠野は、「ありがとう。天神くんと早川くん」と頭を下げる。だが、柔らかな猫毛の旋毛つむじが見えたのは一瞬で、すぐに彼は天を仰いだ。


「んー、誰に相談するのが一番早いかなぁ。うちの教授から、小島教授にでも声を掛けてもらおうかなぁ。

 でも、あんまり借りを作りたくないんだよねぇ。まぁ、命の方が大事だから仕方ないかぁ。事務を通すはずだから、力は強い方が良いしねぇ。

 あとは、カーテンを調達する間の天気を確認して。間違いなく時間が掛かるだろうなぁ。空と窓の見分けさえ出来れば良いのなら、ステッカーも有効なのかなぁ。どう屁理屈をこねて……」


 遠野の小さな口は止まらない。両人差し指はリズミカルに紙コップを叩き、眼鏡の奥の目は、一点を見続けていた。


「おい、天神。どうするんだ、これ」

「この現象自体は良くあることさ。いつもなら、遠野先輩が戻ってくるまで待つのだけれども。早川、今、何時だい?」

「五時三十七分」

「仕方がないね」


 天神は、遠野の顔の前でパンと手を叩いた。

 俺の心臓は跳ね、シンとした廊下に音が反響する。驚いていると甘ったるい声が「んー」と鳴いた。見れば、遠野はキョトンとしていた。


「あれぇ? 二人とも、なんでまだいるの?」


 不思議とばかりに言われて唖然あぜんとする。

 身勝手を通り越して、もはや傍若無人。呆れるのを通り越して、一層感心してしまう。


 こんな変わり者と表面上だけでも上手くやろうとしていたのか。悩んでいた自分が馬鹿馬鹿しく見えて、がっくりと肩が落ちた。

 ククッと喉を鳴らした天神は、表情を切り替える。


「この後のご予定があるとお伺いしていましたので、開けたのですよ。遠野先輩」

「そうだったよぉ! え、今は何時? まさか、十八時を過ぎているなんてことは……」

「五時四十分頃かと」

「助かったぁ。教授はともかく、後輩クンが怖いからさぁ」

「遠野先輩でも、怖いものがあるんだ……」


 思った言葉は口をついて出ていたらしい。遠野が「えー!」と声を上げる。


「怖いものいっぱいだよぉ。洗ってない実験器具とか、いつの間にか出来た虫歯とか、データを吹き飛ばす雷とか。他にも勝手に上書きされたデータとか、リジェクトされる論文とか……」

「すみませんでした」


 俺は慌てて謝る。ぱっちりとした目が虚ろになっていく様は、ちょっとした恐怖だった。


「別に良いよぉ。あ、そうだ。二人とも、手を出してくれるぅ?」


 腰を上げた遠野は開いている方の手を白衣の胸ポケットに突っ込んだ。


「はい、お礼」


 名刺らしきものが俺たちの手のひらに乗った。それを尋ねる間もなく、「またねぇ。二人とも」と駆け足で遠ざかる、ちょっとだけ丸くなった華奢な背。俺はその背に声を投げた。


「遠野先輩! 汚名は、そそげそうですか?」


 先輩の足が止まる。

 くるりと振り返った彼は、晴れやかで頼もしい顔付きをしていた。


「汚名はそそいでみせるよぉ。ただでさえボクたちの犠牲になってくれたのに、亡くなってからもしきに言われるなんて、あんまりだからねぇ!」


 遠野は再び俺たちに背を向けると、パタパタと白衣をはためかせて階段の奥へ消えた。


 俺と天神以外に誰もいなくなった廊下は、妙に静かで。清潔感よりも冷たさを感じる真っ白な空間で、俺は唇を噛んだ。妙に甘い、鉄の味。

 俺は、なんて浅慮せんりょだったのだろう。

 強く握りしめた拳には、爪が刺さっていた。


「早川? どうしたんだい?」

「なんでもない」


 恥ずかしさから、天神と顔を合わせないように、手のひらを見る。名前と連絡先が書かれた一見名刺にも見えるそれをひっくり返すと、手書きの文字が書いてあった。


「『便利券 竹』?」

「『竹』までの範囲なら、遠野先輩が願いを叶えてくれるらしいね」

「願いって。いや、竹?」


 ツッコミどころが多くて困惑する俺に、天神は淡々と喋る。


「松竹梅の竹さ! 連絡先も書いてあるのだろう?」

「あ、ああ」

「やはり遠野先輩も君のことを気に入ったのだね。嬉しい限りだよ! それで、彼女からの返事はあったのかな?」

「ああ」


 油断をすると、すぐに会話が成立しなくなる。思考回路は整列しない。

 俺は天神に求められるまま、くたびれたジーパンからスマートフォンを取り出してロックを解除した。

 

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