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第18話 現象を紐解く推理

     四


 小講義室が斜め下に見える。

 オレンジを呑み込む深い青に染まる日没直後の空は、美しくて妖しい。


 思わず見入っていると、眉尻を下げた遠野からコーヒーの入った紙コップを手渡された。

 じんわりと感じる温かさが、少しだけ有り難い。


「ごめんねぇ、こんなところで。十八時からゼミでさぁ、その前に後輩クンの面倒も見ないといけなくて、あんまり時間が取れないんだよぉ」


 理工学部総合研究棟、四階。

 自販機とくたびれたコバルトブルーの三人掛けソファが置かれた廊下の隅。「まぁまぁ、座ってよぉ」と言われて座ったソファは思いのほか座り心地が良くて、体の力が抜けていく。


「そのソファ、結構、座り心地が良いでしょぉ? 家に帰れないときは、ボクたちもここで寝るんだぁ」


 白衣を着た先輩はにこにこと無邪気に笑っているが、ちょっとしたブラック企業みたいで、俺は引きった笑みが出た。

 一人分の間を開けて、ソファがわずかに沈む。両手で紙コップを包んだ遠野が「天神くんも座ろうよぉ?」と声を掛けるも、男は首を横に振った。


「貴重なお時間をいただいているのです。本題に入りましょう」

「それも、そうだねぇ。じゃあ、聞かせてもらおうかなぁ? 天神くんの推理を」

「その前に、先輩にお願いがあります」

「うん? 天神くんからのお願いかぁ! ボクに出来ることなら何でも叶えてあげたいねぇ」

「至急、小講義室のカーテンを変更してもらうか、カーテンレースを取り付けてもらえるよう、どなたかと掛け合っていただけますか? それで、先輩のご依頼は解決する可能性が上がります」

「ふーん? 良いよぉ。一両日中に、掛け合ってみるよぉ」


 迷いのない返事。それだけ、天神を信頼しているということなのだろう。


「ありがとうございます、遠野先輩」

「うん。でも、もちろん理由は教えてくれるんだよねぇ?」

「はい。ただ、あくまで推理の域は出ないことをご了承いただけますか?」

「もちろん。ボクはキミの推理が好きなんだから」


 遠野は、屈託のない笑みを浮かべた。

 俺たちに向けて右腕を伸ばした天神は、手首だけをグッと起こす。親指と小指を残し、白く長い指が三本。まっすぐに天井を向いた。


「解決への糸口は、三つ。天気と時刻、それに小鳥が発見された場所でした」


 紙芝居でも見ている子どものように、期待と好奇心に満ちた遠野の目は、キラキラと輝いている。


「一つ目の天気から、お話しましょう。その前に遠野先輩、日曜日から今日までの空模様を覚えていらっしゃいますか?」

「んー? 今日は、晴れてたよねぇ? 昨日は曇りだったような? いや、雨だったかなぁ? ごめんねぇ、思い出せないや。興味と研究に関すること以外の些末な記憶って、曖昧になるんだよねぇ」


 ごめんと言った割には、遠野は悪びれることもなく笑う。


「『小鳥を発見した今日の天気は晴れだった』。このことが最も肝心なところなので、構いません。今週の日曜日からの昨日までで、朝から晴れたのは今日だけなのです、遠野先輩」

「つまり晴れの日だと、鳥が落ちるってことぉ? 本当に? 曇りの日は? 雨の日なら、鳥が飛ばないから分かるけど」

 

 コテンと首を傾げる遠野に、拍手送る天神。


「さすがは遠野先輩! おそらく、曇りの日にも同様の自体が起きる可能性はあると考えられます。ただし」

「ただし?」

「鳥の発見が朝に集中することには、変わりがないでしょう」

「ふーん? それが二つ目の糸口、時刻ってわけかなぁ?」

「ええ。三つ目の場所と合わせて、お聞き願えますか?」

「もちろんだよぉ」

「では、早川。よろしく頼むよ」


 天神の呼びかけに、俺は素直にうなずいた。


 遠野馨。

 彼岸花のように、毒を内在ないざいさせるこの人と対峙たいじするのは、まだ緊張で体が強張こわばる。それでも、直感で分かる。ここで逃げてはいけないと。好かれなくても良い。ちゃんと話すことが重要だと、天神は言っていた。


 信じてみたい。


 頼りない背筋を精一杯伸ばして、コーヒーを一口飲む。喉の滑りをよくした俺は、くっつきたがる唇をがした。


「遠野先輩。生物学講義実習棟と鳥が発見された場所、それから小講義室は一直線上に並んでいました。そして太陽は、実習棟よりも東にある小講義室側から昇る。これに間違いはありませんよね?」

「うん、ないよぉ」

「昇り始めの太陽から生じた光線は、白い建物の生物学講義実習棟に反射し、間接光へと変化します。

 間接光と直接光が合わさった結果、室内が暗い小講義室の窓は鏡(よう)になり、空を移す。

 結果として、窓に映った偽物の空を本物と間違えて鳥がぶつかり、脳震盪のうしんとうを起こして亡くなったのだと天神は、いや、天神と俺は考えました」

「鏡様、ねぇ」

「もしも暗幕カーテンが閉じていたとしても、黒は光を吸収するので状況に変わりがありません。

 例えるなら、スマートフォンの背景を真っ暗にしたときに、自分の顔が映るような現象なので、」


 ウンウンと頷く遠野の体が、こちらに乗り出してきた。反射的に体を仰け反るも、その目に悪意や敵意は見られない。むしろ、愉快そうに目を細めている。


「続けないのぉ?」

「……なので対策としては、カーテンを明るいものに変えるか、白のカーテンレースを付けることだと思います。

 窓ガラスを透過した光線は白い布によって拡散反射を起こし、映し出される風景の像は相対的に弱くなると思うので」


 俺の説明を天神が補足する。


「彼が説明したほかにも、建物の一部に掛かる木も要因と僕たちは考えています。

 空と窓の境を見分けにくくしたばかりか、止まり木にしていた鳥もいたことでしょう。それゆえに、鳥たちは誤って窓にぶつかることとなりました。

 遠野先輩のレポートにも記載されてありましたが、まだ上手く飛べない幼鳥だったからこそ、この悲劇が起きてしまったのだと僕たちは推理します」

 

 言い切った天神は、にこやかに微笑んでいた。

 

 

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