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第12話 発見と対処

     三


 十月は四度目の木曜日、朝七時四十五分。天気は久しぶりの晴天。

 ひやりとした風が首を撫で、思わず首をパーカーに引っ込める。

 葉のさえずりを耳にしながら、俺はのっぺらぼうが出ると噂の小講義室に向かっていた。


 結局、週末から続くモヤモヤとした感情はまだ消えていない。意外と気にするタイプだったらしく、自分の狭量きょうりょう具合にも呆れてしまう。


 小講義室付近には、誰も見えない。いつもよりも十五分も早く来たのだから当然とは言え、少しホッとする。ぐるりと一周して、二人に会う前に帰ろう。そう思っていたのに、気付けば俺の目は、窓の近くにふくらんだ緑っぽいものを捕らえていた。

 葉っぱにしては、やけにこんもりとしている。自然と歩く速度も上がる。


 それが鳥だと気が付くのに、時間は掛からなかった。

 舗装ほそうされたコンクリートの道から外れた、サンドベージュの地面。

 体長は十センチほどのオリーブ色をした小鳥は、目を開けたまま足を曲げてひっくり返っていた。くちばしは黒く、羽の所々には黒と橙黄色とうおうしょくが交じっている。


 生きているのか、死んでいるのか。判断が付かない。いずれにしても、このままにしておくのは可哀想だと思った。

 近付いて小鳥に触れようとしたところで、聞き慣れた声が耳に入る。


「待ちたまえ、早川!」


 顔を上げると、スリーピースに身を包んだ男が大きなストロークで駆け寄ってくるのが見えた。その後ろには、ベージュのコートとワインレッドのスカートをはためかせる藤枝もいる。


 すぐに、俺のそばに影が落ち、藤枝のコートが隣でふわりと広がった。彼女の横長の黒革ショルダーバッグが地面につく。

 華奢きゃしゃな両手が躊躇ためらいがちに鳥に伸びるも、天神の呼びかけでピタリと止まる。


「待ちたまえ」


 地面に膝をついた天神は、ジャケットの内側から薄手のゴム手袋を一双いっそう、取り出していた。


「野生動物には、どんな病原体が付着しているかも分からない。触れるのであれば、これを使うと良い」

「……ありがとうございます」

「君も使うかい? 早川」

「藤枝さんがするなら、俺は良い」


 ぎこちなく手袋をはめた藤枝は、悲しそうな瞳で優しく小鳥をすくう。小鳥の重さで、手袋に小さく皺が寄った。


「待ってください……! まだ、あたたかいです! この子は、生きているかも知れません!」


 予想外の言葉。

 驚く俺とは違い、天神は素早く尋ねる。


「硬直は?」

「まだ、柔らかいです!」

「ちょっと、見せてくれるかな?」


 彼女は小鳥を持った手を天神に向ける。ヘーゼルの両眼が小鳥に集中して、数十秒。


「出血も無さそうだね。わずかだが、腹部が動いているようにも見えなくはない。僕は遠野先輩に連絡して、この小鳥の対処について指示をあおいでみよう。早川たちはどうする?」


 俺は小鳥をジッと見て、天秤に掛ける。

 また、あの声を聞くのかと思うと、うんざりする気持ちは否めない。だが、ここで引っ込むのは無責任な気がしてならない。それに、鳥の行く末も見守りたい気持ちもあった。


「……二限が始まるまでなら、付き合える」

「感謝するよ、早川」


 口角を少しだけ上げた天神は、表情を穏やかな笑みに変えて、藤枝に視線を移した。


「私も、まだ手伝えます。この小鳥に出来る限りのことをしてあげたいですし、もしも亡くなってしまったとしても、誰かがいた方がきっと寂しくないと思いますから」


 はっきりとした口調。意志の強さを感じさせる大きな目は、しっかりと天神を見ていた。


「ありがとう」


 天神は悠然ゆうぜんと微笑み、立ち上がる。覚束おぼつかない手で操作されたスマートフォンからプププッとコール音が鳴り、数秒程度で「はい、遠野です」と小さく男の声が聞こえた。


「おはようございます、遠野先輩……ええ、そうです。さすがですね。ただ、」


 音がくぐもって、相手の声が良く聞こえない。会話を聞きたいわけではないが、このまま指示を受けるのであれば、やや効率が悪い。


「天神、ハンズフリーに出来るか?」


 と聞けば、天神は無言で耳からスマホを外して、俺に画面を見せた。

 勝手に触れということなのだろう。

 トンとスピーカーボタンを押すと、クセのある甘ったるい声が流れてきた。


 ――天神くーん? 聞こえてるぅ?

「失礼しました、遠野先輩。小鳥は、まだ生きているようなのです。それで、先輩の指示を仰ぎたくご連絡しました」


 ――えぇ? 指示って言われても、ボクは分子生物学専攻であって、動物は門外漢もんがいかんなんだよぉ?


 ねっとりと文句を言いながらも、スピーカーからはカタカタとタイピング音とマウスのクリック音が聞こえてくる。


 ――出血や骨折はありそう?

「骨折は分かりかねますが、出血はないように見えます」


 ――眼球やくちばしからも?

「はい」


 ――んー。じゃあ、とりあえずは小鳥に適した小さな紙箱を用意かなぁ。ラットの箱みたいに通気穴を開けるのを忘れずにね。

 それから、あればタオルを敷いて、二十五度から三十度に保つ。これは、ホッカイロかホットドリンクを包んで入れるので良いかもねぇ。あとは、蓋をして安静。

 もしも脳震盪とかで気絶してるだけなら、数時間以内で回復するっぽいけどぉ。あっ、エサや水は与えちゃダメだよぉ。数時間後に蓋を開けて、生きていれば野に放す。天に還ったなら大学の事務局に連絡。

 それでキミたちのミッションは終了ってとこかなぁ。

「ありがとうございます、遠野先輩」


 ――どういたしまして。天神くんのお役に立てるのは、ボクの幸せでもあるからねぇ。でも、今調べられる範囲でのベターは伝えたけど、正解かは分からないんだよね。なにか妙だと感じたら、すぐに責任を分散してボクに相談するんだよぉ?

「ええ。わかりました」


 ――ねえ、ねえ。

「はい」


 ――ボクには片鱗へんりんが見えたんだけどさぁ、もちろん天神くんもだよねぇ?

「さて。それは、どうでしょう? 先輩のご想像にお任せいたしますよ」


 ――相変わらず、連れないなぁ。まあ、いっか。どうせ分かることだからねぇ。今は、君たちとその小鳥に幸あれと願って、ボクは実験に戻るとするよぉ。またね、天神くんとその相棒くん。


 プープーッと通話を知らせる音が鳴る。

 束の間の静寂。

 糖蜜とうみつがくっついた気がして、俺は耳を掻く。スマートフォンを閉まった天神は、ピースをするように人差し指と中指を伸ばした。

 

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