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ある物語のはじまり
“子ぎつねは、ちょっと小高くなったあたりへきて、いきなり、花の中にもぐったと思うと、それっきりすがたを消しました。〔中略〕
うまいぐあいに、はぐらかされたと思いました。
このとき。
うしろで、
「いらっしゃいまし。」
と、変な声がしました。おどろいてふりむくと、そこには、小さな店があるのでした。入口に、
"そめもの ききょう屋”
と青い字のかんばんが見えました。そして、そのかんばんの下に紺のまえかけをした子どもの店員がひとり、ちょこんと立っていました。〔中略〕
「ねえ、お客さま、ゆびをそめるのはとてもすてきなことなんですよ。」
というと、自分の両手をぼくの目のまえに広げました。
小さい白い両手の、親ゆびと、ひとさしゆびだけが、青くそまっています。きつねは、その両手をよせると、青くそめられた四本のゆびで、ひしがたの窓を作って見せました。
〔中略〕
「ねえ、ちょっと、のぞいてごらんなさい。」”
(文・安房直子『きつねの窓』ポプラ社,1977,6-7頁,14頁)