かつては温かかった缶コーヒー
なろラジ大賞に間に合わなかった上に大幅に文字数オーバーしました
今日もハンドルを握るのは私だった。
英幸は無言で窓の外を見ている。
夜の町はまだ賑やかで、私たちのいる車内とは別の世界のようだ。
ほんの一年前までは、私たちはあっちの賑やかな世界にいた。
「あ……」
ふいに英幸が声をだした。
私は声を出すのも面倒臭く、ただ顔を助手席へ向けた。
「缶コーヒー買ってたんだった」
「大分前だね」
皮肉を言ってあげるためなら声が出た。
「コンビニ寄った時だから、一時間ぐらい前? そんなに長いこと忘れてたって、どうなの?」
「……ごめん」
「私に謝る必要ないんじゃない?」
「俺がこんなだから……おまえがそんなに冷たくなってしまった」
確かに英幸はグズだ。ボケ成人だ。アホの子だ。
でも私の心が冷めてしまったのはそのせいじゃない。
こんなつまらない男に熱くなっていた自分の見る目のなさに絶望しているのだ。
「すっかり冷めちゃった」
缶コーヒーを開けもせず手に持ったまま、英幸が言う。
「帰って湯煎で温め直すよ」
私は言った。
「そんな面倒臭いこと……。電子レンジでチンすればいいんじゃない?」
「え」
英幸がびっくりしたような声を出す。
「そんなことしたら爆発するんじゃ……?」
「タマゴじゃないんだから。しないわよ」
まったく、この男は。何も知らない。
車の運転だって、任せたら何度も事故しかけたから、私が運転手をすることになった。
まったく……このクズ男ときたら……。
アパートに帰ると、英幸のポケットに入っていた缶コーヒーを掴み出した。
無言でわざと不機嫌な動作で電子レンジに入れてやり、『あたため』ボタンを押す。
「爆発するって……。危ないよ」
「するかっつーの! 見て……」
電子レンジの中で雷みたいな音が鳴りはじめた。
バチバチ! バッチィっ!
「ひゃひゃ……! な、なになになになに!?」
思わず英幸に抱きついた。
「なに!? 本当に爆発すんの!?」
「言った通りだろうが!」
躊躇わず、素速い動きで電子レンジの扉を開けた英幸が、とても頼もしく見えた。
「……ごめん」
私には珍しく、謝った。
「これから英幸のこと、信じる」
「そうだよ。ちょっとは見直してくれた?」
英幸は鍋に沸かしたお湯に缶コーヒーを立て、そのままぐつぐつと煮立てながら、私を横目で見た。
「うん……あっ」
「なんだよ?」
「ちょっ……! それ!」
火にかけられた缶が、熱湯の中で、どんどん膨らんで行く。
急いで英幸がコンロの火を止め、素手で缶コーヒーを掴み、救出する。
「ぎゃー! あちちちちち!」
「水! 早く水で手を冷やして!」
救出したての缶コーヒーは熱くなりすぎていた。とても熱すぎて飲めないので、冷まして飲むことに。
私たち、似た者同士だからこそうまく行くんだろうか?
それとも付き合ってはいけないカップルなのだろうか?
かつては温かかった缶コーヒーのように、うまく温め直すことは出来るんだろうか?